53.条件は一つです!
中庭→個室に変更させて頂きました。
「ん? なんでみんな意外そうな顔をしているの?」
リーナさんは心底不思議そうに首をこてりと傾けます。
彼女の前髪がサラッと揺れ、その瞳にブロンド髪がかかります。
だってこんなにも簡単に、リーナさんが折れてくれるとは思わなかったからです。とは言えませんでした。
「い、いえ。ソフィーから聞いた話だと、だいぶ拗れているものだと思っていましたから」
「それは確かにそうね。家出する前までの母親と娘の関係はだいぶ拗れていたわ」
「だったらなぜ心変わりを?」
「んーとね。娘の前で恥ずかしいけど、ティルラちゃん達に正直に話すとね。ソフィーが家出した後、わたし寂しくなっちゃたのよ」
「え」
真っ先に声を上げたのはソフィーでした。
リーナさんは恥ずかしそうに頬を赤らめながら、ソフィーの手を優しく取ります。
「お母さんね、あなたが居なくなってからすごく寂しかったの。心にぽっかり穴が開いたようにね。ティルラちゃんがいるから、大丈夫だって思ってたんだけどずっと心配してたのよ。それにあなたが嫁いでしまったら、ずっとこんな気持ちを味わうのかって思うとお嫁に出すのが嫌になっちゃってね。お父さんともう一度よく相談したのよ」
心の内を曝け出すリーナさんに、ソフィーの心が揺れ動いているのがはっきりと見て分かります。
まあソフィーもそうですが、お二人とも大概互いの事が大好きですからね。
「お母様……じゃあ」
「ええ。あなたの好きなようにしなさい」
こちらからは後ろ姿なので、その表情までは分かりませんが、小刻みに震える肩から、きっとその言葉を聞いて、彼女はこれでもかというほどの、やる気に満ち溢れたとびっきりの表情を見せていたと思いました。
「良かったですねソフィ……」
声を掛けようとして、私はまだリーナさんが何か言おうとしているのに気が付きました。
(この感じは知ってます)
これでハッピーエンド。とはいかないのが、グラトリア家でした。
「――でもその代わり一つ条件があるわ」
「っ、条件……ですか?」
笑顔から一転、不安な表情を見せるソフィーの声音は微かに震えていました。
「そんなに怯えないで。条件といっても簡単な約束よ……――三年」
「三年?」
「ええ、三年間の時間をあげる。それまでに事業を立ち上げるなり、なにかしらの業績を挙げなさい。私たちの目に映るような大きなものを」
「……それができなければ?」
「大人しく家に戻って来て、家督を継ぎ、婿を取りなさい。もうお見合いの相手は決まってるから。なんならこの後会いに行ってもいいわよ? 相手はソフィーちゃんならいつでも大歓迎だって」
「……私がいなくなると、寂しんじゃなかったの?」
「寂しいわ。だから言ったじゃない。婿を取ると」
「あ」
何かに気付いたソフィーが、一声漏らします。私も遅れてその意味に気付きました。
「……なるほど。そういう事ですか」
「師匠、どういう事なんですか?」
黙って話の流れに耳を傾けていた弟子が、貴族風の言い回しに、「よく分かりません」と小首をかしげます。
自分で考える事も大切ですが、ここは少し解説してあげましょう。
「つまりですね。ソフィーはその人の家に嫁ぎに行くのではなく、ソフィーの結婚相手になる方が、グラトリア家にやって来るという事です」
「それってありなんですか?」
「相手が貴族の長男でない限りは、両者の合意で認められてる筈ですね」
「成る程です」
ふむふむとリベアが頷きます。私の説明を聞いていたフィアさんも、少し遅れてふむふむと頷きました。
リベアは何かメモを取っていますが、この知識が変な方向にだけは使われないようにお祈りしておきましょう。
私も本で読んだだけの知識でしたが、リーナさんが何も言わない所をみると間違ってはいないようです。
なんか解説してくれてありがとうって、目配せされましたし。
「…………」
黙ってしまったソフィーに、リーナさんは続けます。
「このまま家出を続けてもいいけれど、その場合はティルラちゃんのご迷惑になるから、住居は別の場所を探しなさい。あとグラトリア家からの援助は一切望まない事ね」
それは実質家から勘当するという事……ソフィーにその道を選ばせるのはあまりにも辛い。
「あの、リーナさん。別に迷惑は……」
雲行きが怪しい。
そう感じた私は咄嗟に口を開こうとして、リーナさんの有無を言わさぬ口調に止められました。
「――ティルラちゃん」
「は、はい。すみませんでした」
超凄まれました。超怖かったです。ごめんなさいソフィー。私では助けられないです。
なんと言葉をかければいいか分からず、視線でソフィーにごめんなさいと謝ると、彼女はフッと笑いました。
その毅然とした態度に、私はある種の安心感を覚えました。
「……分かったわ、それでいい。三年……いえもっと早くに私は、商業界を震撼させるような大きな事をしてみせる!」
確たる意思が込められたソフィーの力強い回答に、リーナさんは満足そうな表情を見せます。
「それは楽しみね。なら私から言うことはもうないわ。あなたのいない三年間、家の事は私とお父さんに全部任せてくれていいから。あなたは自分のやるべき事をしなさい」
「ありがとうございますお母様。でもお見合いの方には私から直接謝りに……」
「ああ、お見合いの話は嘘だから安心して」
「…………」
してやられましたね。
さしものソフィーもこの嘘には面食らったのか、てへっと舌を出す母親をただ見つめておりました。
「はい、これでソフィーちゃんとの話は終わり。次はティルラちゃんね! もうずっと心配してたのに連絡一つ寄越さないんだから」
これで話は終わったとばかりに娘の肩をバシバシ叩くと、ソフィーの事をちゃん呼びに戻したリーナさんは私の方へ歩いて来ました。
あれ? 私何かやりましたっけ?
「ティルラちゃん!」
「ひいっ!」
ガシッと肩を掴まれます。どうしましょう、リーナさんからすごく師匠っ気を感じます。
「シャルティア様の話、あとでじっくり聞かせてもらうからね。あなた、シャルティア様が亡くなった後に私が送った手紙何一つ読んでいないでしょう。家まで行ったのに無視したのは酷いんじゃないの?」
「す、すみません。あの時はまだ心の整理が済んでなくて……」
確かに師匠が亡くなってから、リーナさんから沢山のお手紙を頂いておりました。
でも、その時は師匠がいなくなってしまった事で頭がいっぱいになっており、手紙を見る余裕なんてありませんでした。たしか全部暖炉の火に放り込んでいたような気がします。
へこへこと謝る私にリーナさんは笑って許してくれました。天使ですね。娘さんとは大違いです。
「ねぇティルラちゃん。私に何か見せようとしていた物があるんじゃないの?」
「あ、分かってたんですか」
「私とお父さんは歴とした商人よ。ティルラちゃんの入れ知恵で、娘が手紙を出した事くらい気付いていたわ」
「……参りました。最初から全部分かってたんですね」
「ふふ、あんまり大人を舐めない事よ」
「なんでしょう。リーナさんに言われてもあまり説得力を感じませんね」
容姿と体型からでしょうか。大人の女性には見えませんでした。胸はすっごいありますけど。
ほへーと彼女の胸に見とれていると、もぐもぐ食事をしていた弟子の手がピクリと止まり、こちらにギギギッと首を向けます。
「っ、ししょーう〜?」
「リベア。なんでそんなジト目で睨んでくるんですか」
この子の感知能力も凄まじいものですね。私限定でしょうけど。
「さあティルラちゃん。私とお父さんを説得しようと持ってきた秘密兵器とやらを見せてもらえるかなー?」
ニコニコと笑顔ですが、目の奥は笑っていません。
(ああ、この目は仕事中のソフィーの目にそっくりです)
リーナさんは良い品を見極める商人の特有の目をしておられました。
「……ここでは出せません。人のいない場所へ移動しましょう」
「分かったわ」
そうして私たちは、リーナさんが用意してくれた個室へと向かうのでした。
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