51. やっぱり愛情表現がすごかったソフィー母
リーナさんが部屋に突撃してきた後、額にキスマークを付けられたソフィーが少し遅れてやってきました。
「ううっ、お母様。ティルラが嫌がってるから、その辺にしといてあげて」
――母と娘は仲直りした。
普通の人から見ればそう見えますが、彼女のご家庭は少し特殊です。おそらくご家庭の問題は一旦置いといて、リーナさんは久しぶりに会った娘を愛でたくなったんでしょう。
彼女の言葉を借りるなら、ソフィー成分なるものを補給したという事になりますね。
「えー、そんな事ないわよ。ねーティルラちゃん?」
リーナさんがずいっと顔を近づけ、上から覗くように見てきます。
ベッドに押し倒され、頬擦りされていた私は、必死に手足をバタバタさせて抵抗しました。
「お願いします。もう勘弁して下さい。でないと、弟子が魔法を……」
力尽くでリーナさんを引き剥がす事は不可能だと感じた弟子は、腰から杖を取り出そうとしていました。
――それはいけません。
魔法使いは無闇に杖を人に向けてはならないのです。同じ魔法使い相手や犯罪者ならまだしも、一般の人に、なんの理由もなく向けるのはいけない事です。
そう諭すと「師匠に触れたんですから、理由ならそれで十分です!」と言って、やめてくれそうにありませんでした。
すごく嬉しいのですが、それは今ではない気がします。
私は手元にあった枕を掴み、投げると、リーナさんはひょいっと躱し、後ろにいたリベアにぶべっと当たります。
「ししょうー、鼻に当たりました。痛いですよ〜」
最初からリーナさんに当てる気はありませんでしたが、弟子の動きは止まったので、これはこれでありだと思いました。
「ん? ああ、ごめんなさいね」
そうこうしている内に、リーナさんが顔を赤く染め、瞳を潤わせ、私の投げた枕をぎゅっーと胸に抱いた弟子に気が付きました。
「あなたティルラちゃんの弟子になったリベアちゃんね。一人だけハブったみたいで寂しかったのよね?」
「え、いや、私はちがっ……」
ぐいっとリーナさんに襟首を掴まれたかと思うと、リベアはそのまま彼女に襲われてしまいました。
「ひゃっ!?」
額にキスされたリベアが驚いて後ろに後退し、頭を押さえます。
それを受けてリーナさんは、中指と人差し指で自分の唇に触れ、リベアに向けてちゅっと投げキッスをします。
「ただのスキンシップ。ごめんねリベアちゃん。私こういう性格なの。慣れてね」
てへっと可愛らしく舌を出すリーナさんは、歳の差を感じさせないほど“可愛い”と思ってしまいました。
私たちと一回りも違う筈なのに、リーナさんは会う度に若返っている気がします。
彼女も歳は取っているのですが、永遠の20代と銘打っているため、実の娘ではない私からは何も言えません。
アラン様は順調に歳を取っているようですが……ソフィーとリーナさんは本当に姉妹のようでした。
「お母様はこういう性格だから、その、リベアちゃんごめん」
「え、だったら早く教えて欲しかったですよ!」
「ごめんなさい。言いづらくて」
ソフィーは素直に頭を下げます。
「私からも、リベアすみません。リーナさ、リーナ様は可愛い子に目がないので……逆にいえば、リーナ様に見染められるくらいリベアは可愛いんですよ。自信持って下さい!!」
「師匠に可愛いと褒めて頂けるのは嬉しいです。でも、師匠以外の人に見染められても、ぜんぜん嬉しくないですっ!!」
「私は師匠一筋です!」と、弟子はリーナさんに抗議しますが、彼女の前では言葉など無力でした。
「うりゃ!」
愛でる対象をソフィー、私ときて、リベアに変更したリーナさんが弟子を後ろから抱きすくめます。
ぐりぐりぐりぐり、とリーナさんは弟子と戯れます。
(私とソフィーは助かったのでいいんですが……なんでこんなにも、もやもやするのでしょう)
「リーナ様! やめて下さいっ!!」
「だめよぅ〜」
弟子が彼女の腕の中で踠きますが、がっちりホールドされて脱出できないようです。
「……あれ?」
今気づきましたが、リーナさんの身長、弟子と比べてあまり変わらないですね。
私とソフィーの方は、いつの間にかリーナさんの身長を越していました。
なるほど。ソフィーの身長はアラン様譲りなんですね。
「ししょう〜。助けてくらさ〜い」
ほっぺをふにふにさせられた弟子が、こちらに救いの手を求めてきます。
仕方ありません。そろそろ助けてあげましょう。
「リーナ様。そろそろソフィーを離してやってくれませんか……?」
ピクリと彼女の手が止まりました。
「様はやめて。昔のようにお義母様……リーナさんって呼んでくれたら考えてあげる」
昔は確かにそう呼んでいました。でも今はお貴族様相手に、おおっぴらにさん付けで呼ぶのはどうかと悩んでいます。
心の中で呼ぶ分には抵抗ないんですが……。
葛藤する私を見て、リーナさんはリベアの胸元に手をかけました。
「呼んでくれないと、大切なお弟子ちゃんの服、本当に脱がしちゃうぞ?」
「っ、分かりました。分かりましたから! リーナさん、やめてください!!」
「ん。それなら服を脱がすのはやめてあげる。でもスキンシップはやめなーい」
そう言って弟子のほっぺをぷにぷにとつつきます。
「ひゃい!」
ずるいです。弟子のほっぺを弄るのは師匠の特権だというのに。
「何故です? リーナさんと呼んだら、やめてくれると言ったじゃないですか?」
「だって考えるって言っただけで、やめるとは一言も言ってないでしょー!」
「ちょっ!?」
んふふふふーと笑って、リーナさんの顔が綻んだかと思うと、彼女の愛でる対象が再び私に切り替わり、たわわな胸が私の顔に押しつけられます。
(むぐぐっ、苦しい。この圧倒的な差……負けました)
無力感に苛まれた私は抵抗する気力を失います。
「あら、大人しくなった」
もはや抱き枕のように力の抜けた私を見て、これはもうダメだとソフィーがこっそり逃げ出そうとしますが、弟子に腕を掴まれてしまいます。
「ソフィーさん。一緒に師匠を助けましょう!!」
「え、ごめん無理。リベアちゃんも逃げた方がいいわよ」
「でも、師匠が……」
「ティルラなら大丈夫よ。それにあなたは自分の身を心配しなさい。その身体に傷でもついたら大変でしょ?」
「はっ、そうですね! 私は師匠の為にも純潔の身でなくてはなりませんから。師匠、聞いてましたよね、お一人で頑張って下さい!!」
「…………」
そのやり取りを聞いて私は決意しました。親友がピンチになっているのに助けようとせず、弟子も私を置いて逃げ出そうとしています。これは魔法を使ってもいい十分な理由です。相手は気心の知れた親友と弟子なんですから。
「……こうなったらリベアとソフィーも道連れです」
ぐぐぐっと力を振り絞って杖を出すと、彼女達に向けてひょいっと魔法を掛けます。
「ちょっティルラ何を、やめっ――」
「し、師匠!?」
魔法で彼女達を拘束し、私の隣に連れてきます。
「あらティルラちゃん。ありがとね、二人を捕まえてくれて。手間が省けるわ」
「いえ……では私は」
「親友と愛弟子を売る悪い子にも、しっかりお仕置きしないとねー」
「……やっぱりそうなりますか」
「ししょう! 恨みますよ!!」
「ほんとに取引してやんないわよ! これを解きなさい!!」
「いやです。二人も私と同じ目に遭って下さい」
「もう遭ったわよ!」
「もう遭いました!!」
「はーい。三人とも仲良くしましょうね〜」
彼女の腕が動けない二人に迫ります。
「「「ひいゃぁぁぁぁああ!?」」」
その後、私たち三人はリーナさんにたっぷり可愛がられるのでした。
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