47.素直じゃない女の子と素直すぎる女の子
「久しぶりだねティルラちゃん。いや、もうティルラ嬢と呼ぶべきか」
「こちらこそお久しぶりです。どうぞ呼び名はご自由に。アラン様とお会いするのは数年ぶりでしたっけ?」
「ああそうだね。娘が度々お世話になっていると妻から聞いているよ。ありがとう」
「いえ。面倒を掛けているのは私も同じですから」
差し出された手を取り、私はソフィー父と握手を交わします。
ご存知のない方もいるかもしれませんので、改めて紹介しますと、この男性はソフィーの父親であり、グラトリア伯爵家当主のアラン・グラトリア様です。
昔はグラトリア邸に遊びに行くたびに、アラン様の事を『お義父さま』と呼んで慕っていた時期もありましたが、今はもうそんなお子様じゃありません。
公私の区別をしっかりつけれる大人の女性になったのです。
「それにしてもアラン様……か。暫く会わないうちに、随分他人行儀な呼び方になってしまったものだね。ティルラちゃんなら、昔のように呼んでくれてもいいんだよ。私からすると、君は娘同然のようなものなんだから」
「そう言って頂けるのは光栄でございますが、今はどうぞアラン様とお呼びする事をお許しください」
そうして深々と頭を下げますと、ソフィー父は慌てて頭を上げるようおっしゃいました。
「ああ、ごめん。無理強いをするつもりはなかったんだ。私の事はティルラちゃんの好きなように呼んでいいから」
「ありがとうございます」
コミュ力の乏しい私ですが、ここまでは違和感なく喋れています。
相手が顔見知りという事もあるのでしょうが、わたし、グッジョブです!!
次にソフィー父は、じいやさんとフィアさん達の元へ向かいました。
「じいや、フィアから溜まっていた報告書は受け取ったかい?」
「はい。こちらに」
束になった用紙をじいやさんが受け取り、その報告書をまとめたであろうフィアさんが得意気に胸を張ります。
「フィア、今回も頑張って書きましたよ! でも中々出しに行く暇がなくて、今日直接手渡しという形になってしまいましたが……」
「いいや大丈夫だよ。うちの娘に付き合うのは本当に大変だったろう? お疲れ様。今月の給料には色をつけておくよ」
「わあっ! ありがとうございます旦那様!!」
やったーと大喜びするフィアさんとは反対に、ソフィーは怪訝な顔をしておられました。
「ちょっと、フィア。報告書ってどういう事?」
「あ、えっとー……」
フィアさんが横目でソフィー父の反応を伺うと、彼は小さく頷きました。
「実は家を出てからのお嬢様の様子や旅路、商人とのやり取りなどを文書にして送るようにと、旦那様から命じられていたんです。もしもの時、すぐに駆けつけられるようにと」
彼女の説明に思い当たる節があったのか、ソフィーが天を仰ぎます。
「……はぁ、なるほど。簡単に家出を許したのはそういう事だったのね」
自分の行動が全部実家に筒抜けだった事に、落胆した様子で溜息をつくソフィーの肩をアラン様が優しく抱きます。
「ソフィーには心配する親の気持ちを分かってもらいたくて、フィアに監視を命じたんだ。だから彼女の事は悪く思わないで欲しい。フィアはソフィーの事を一番に考えてくれる良いメイドだよ」
「そんなの……お父様に言われなくても分かってるわよっ!」
「おっと、ソフィー!」
アラン様の手を強引に払ったソフィーが、私たちを置いてずんずんと先に進んでいきます。
実家のある方向へと向かっているので、どこかへ行ってしまうという事はなさそうなので一安心です。
(まったく、素直じゃありませんね)
彼女は本当に昔から変わりません。ですが、そういう所が彼女の魅力なのでしょう。
そうでなければ、私は今彼女と一緒にいないでしょうから。
「お嬢様っ、お待ち下さい!! フィアもついていきます!」
「じいもお供いたします。旦那様はどうぞティルラ様達の事を……」
「ああ分かった。そっちは任せたよ」
「はい。では失礼致します。お嬢様〜! お待ち下さーい!」
主人の後を追って、フィアさんとじいやさんが駆け出します。
じいやさんは体力的に追いつくのは厳しいでしょう――などと思っていたら、遠目でソフィーが速度を落としたのが分かりました。
(あら、本当にソフィーはいい子ですね。私と違って)
アラン様もそれに気付いたのか、やれやれといった様子で首を横に振ります。
「そういえばティルラちゃん。後ろに隠れてる子は誰かな? 見ない顔だね?」
そうしてこちらに向き直ると、私の後ろに隠れるリベアに目を向けました。
「ああ、はい。この子は最近取った愛弟子ですね。リベア」
「は、はい。初めましてアラン・グラトリア様。ティルラ師匠に弟子入りしたリベア・アルシュンと申します。どうぞ宜しくお願い致します」
名前を呼ばれた弟子はスススッと前に出てくると、ちょっとカチコチになりながらも初々しい自己紹介をします。
緊張で視線を合わせられず、ちょっと下向きになりながらモジモジと挨拶をする様子はとっても可愛いですね。
昨夜、基本的な礼儀作法を教えた甲斐があります。
「そっか、よろしくねリベアちゃん。先に伝えておくと、グラトリア家に着いたら身分はあまり深く考えなくていいから。それにリベアちゃんみたいなタイプは……」
そのタイミングでアラン様がこちらを見ました。彼の言いたい事はよく分かります。
「はい。私も同じことを思っていました……」
「え、なんですか師匠。その表情は」
「まあ向こうに着けば分かりますよ。私も最初の頃は凄いすりすりされましたから。慣れるまでは大変でしょうけど、頑張りましょう!」
「それはどういう事です? グラトリア家では犬を飼っているという事でしょうか?」
「んー、まあ犬みたいな人ではありますね」
特に一緒にお風呂に入った時なんか、わふわふされそうでソフィーを盾にしていましたから。
「はははっ。ティルラちゃんも随分言うようになったね」
「はい。どうもあの人相手だとなんでしょう、いい子を演じるのが難しくて。お気を悪くされたら申し訳ありません」
「いやいいよ。私も妻が君に迷惑をかけているのは重々承知だから。それにそのくらい素直な方が、ティルラちゃんらしくていいんじゃないかな」
「師匠には拳骨を何発ももらいましたけどね」
「シャルティア様の場合はティルラちゃんの事を想ってだと思うけどな」
「それは……たぶんそうなんでしょうね」
「うん。立ち話もなんだし屋敷に行こうか。リベアちゃんも」
「は、はい」
「リベア、そろそろ腕を……」
「あ、はい師匠。すみませんでした」
やっぱりリベアはいい子です。私が言い終える前に察して、素直に言うことを……。
ぎゅっ!!
「なんでさらにキツく抱きつくんですか!?」
「え? そういう催促じゃなかったんですか?」
「違いますよ! 離して欲しいって事ですよ!!」
「ああ、すみません。つい、間違えました」
「つい、で間違えちゃわないで下さい!!」
前言撤回です。この子はダメでした。
「ふふっ。なんだか、昔のシャルティア様とティルラちゃんの会話を聞いているようだ」
そんなこんなで私たちは、ソフィー父と一緒にグラトリア邸に向かうのでした。
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