46. ぶっ飛ばすのは厳禁ですか?
今日は変態が出てきます。
「いったぁー。リベア、大丈夫ですか?」
「はい。師匠こそ大丈夫ですか?」
健気な弟子は我が身の事よりも、まず先に師匠である私の心配をしてくださいました。どこかのアホ師匠とは大違いです。
あの人、私が転んでも「はっ、運動音痴だな。もっと日頃から身体をよく動かせ」とか言ってきやがったんですから。自分だって普段まともに体を動かさない癖に、よく言えたもんだと思いましたよ。
だから私は言ってやったんです。「師匠は少し太ったんじゃないですか?」って。そしたら魔力の塊でぶん殴られました。理不尽過ぎます。
「私は大丈夫ですよ」
「それはよかったです。でしたら、その、どいて欲しいです。師匠を近くに感じてすごく嬉しいのですが、流石に苦しくて……」
「あ、すみません。すぐにどきますね」
忘れていました。私は転んだ拍子にリベアを下敷きにしてしまったのです。
リベアは私の下で苦しそうに呻いていました。
(ん? という事は、今私の背中に感じるこの二つの柔らかい感触の正体は……)
意識した途端、顔が熱くなるのを感じました。
「リベア。二つの意味ですみません……」
「へ?」
バッと身体を起こした私は、弟子に手を貸し、彼女を起き上がらせます。
「ありがとうございます――あっ!!」
「どうしたんですかリベアっ! まさか怪我を――」
立ち上がったリベアが、私の方を向いて何かを思い出したかのようにわなわなと震え出します。
「う、ううっ……えぐっ……」
そして声を上げたかと思えば、目尻に涙を浮かべて、今にも泣き出しそうな雰囲気を出してきました。
「リベア、どこか痛いんですか?」
彼女に優しく寄り添い、頭を撫でていると弟子はどうして泣きそうになっているのか語り出しました。
「違うんです師匠。わたし今のハプニングに乗じて、なんで師匠に後ろから抱きつかなかったんだろうって全力で後悔してるんです」
「えぇ……それは単に苦しくて、他の事に頭が回らなかっただけでは。というか頭が回っていたら私危なかったですね」
思わず呆れた声が出てしまいます。心配して損しました。これはいつもの愛弟子です。
「だって下敷きにされている最中に抱きつくのは、不可抗力じゃないですか」
「それ、全然不可抗力じゃないですよ。むしろ立派なセクハラです」
「え」
「え?」
そんな真面目な顔して、この子はどうしてこんなに軽はずみな発言をするのでしょう。師匠は不思議でたまりません。
「あの、師匠」
「はい」
「後ろから抱きつかせてくれませんか? もちろん逆でも大歓迎ですよ」
「やりませんし、抱きつかせません。ほら早く行きますよ」
彼女の手首を掴んで、前を歩いているであろうソフィーの元へ向かおうとすると、視界いっぱいに豚の顔が入り込んできました。
養豚場から抜け出してきたのでしょうか? いけませんね、あとで施設に連絡しておきましょう。おたくの豚が一匹脱走していますと。
「おい貴様。さっきから僕を無視しやがって、このアイスクリームで汚れた服をどうしてくれるんだ?」
「…………申し訳ございません。うちの弟子がご迷惑をお掛けしました」
そういえばもう一つ忘れていました。リベアはこの白豚貴族とぶつかって転んだのです。そしてその拍子にリベアのアイスクリームが豚の服に付着したのです。
ん? よく考えたら豚が人間の服を着るのっておかしくないですか? いえ、よくよく考えなくてもおかしいですね。
「お前の弟子だかなんだか知らないが、旦那様のお召し物はお高いのだぞ。庶民のお前らが1ヶ月働いても払えないくらいにはな」
「はあ、それくらいは私だって分かりますが」
傍にいた豚の従者らしき青年の一人が、上から目線で物を言ってきたので、思わず私の口調もぶっきらぼうになってしまいました。
「なっ、親切心で教えてやったというのに。旦那様、彼女達は貴族の事を軽くみています。今後こういう事がないように、きつくお灸を据えてあげるべきです」
「ふむ、そうだな。帽子のお前とその後ろに隠れてる村娘。汚れた僕の服をこの場で舐めて綺麗にするなら今回の非礼は見逃してやる」
「おおっ、なんという寛大な処分。旦那様に感謝するんだな」
「……だからなんで貴方が偉そうな態度を取ってるんですか」
従者は仕える主人に似るという噂は、どうやら本当の事だったようです。
たしかに言われてみれば、フィアさんとソフィーは若干似てるような気がします。
「ほら何をしているさっさと舐めろ」
「ししょう……」
弟子が服の裾をきゅっと摘みます。
下唇を噛んで我慢しているようですが、白豚に怖がっているのは明白です。
(リベアには怖い思いをさせたくなかったんですがね……)
憧れていた王都に着いた途端に、こんな最低な大人に絡まれるなんて……彼女の夢を奪った白豚野郎は許せませんね。
「ん? 魔女みたいな格好をしたお前、どこかで見たことあるような。どこだったか……」
こいつもなんとなく記憶が蘇りかけてますし、全くもってめんどくさいですね。
「分かりました。でも弟子は勘弁してください。私がその分もサービスしますから、とっとと終わらせましょう」
「ダメだな。服を汚したのはそいつの責任だ。周囲の目が気になるのなら個室に移ってもいいぞ。サービスしてくれるんだろう?」
彼がジロリと私の後ろに隠れるリベアを見ました。
「ひっ!!」
弟子が私の腕を取って抱きついてきます。
(この豚が……私の愛弟子になんて不埒な目を向けてやがりますか)
私と弟子を値踏みするかのように、全身を見てくる豚に生理的嫌悪を覚えました。
気がつくと右手は、外套の中にある杖に伸びかけていました。
「丸焼きに……いえ、ここは水責めの方が……」
弟子を傷つけた上に、私や弟子との肉体関係を所望するこの白豚さんをどう調理してやろうか考えていると、そこにソフィーが割って入ってきました。
「ケビス子爵、そこまでよ。彼女達は私の連れなの。だからここは私に免じて許してもらえないかしら?」
「グラトリア伯爵家のご令嬢……」
普段は見せない妖艶の笑みを浮かべ、ソフィーは白豚に近づきます。
彼の従者二人にはフィアさんが対処に向かっており、私が気付いた時には籠絡済みでした。
彼女達は巧みな話術と相手を安心させる微笑みで、するりと相手の心の内に入り込み懐柔させます。
ソフィーは利益の為なら手段を選びません。伯爵令嬢という立場や自分が美少女だという事も利用します。
リベアや私のプロマイドとかもそうですね。
「しかしこれは僕と彼女達のもんだ……」
「お家同士の争いには貴方だってしたくないでしょう? 汚した服の代金はあとで遣いの者を送るから、ね? 貴族なんだから、こんな小さな事で腹を立てるのは良くないわよ」
交渉ごとに強いお二人です。
即断即決即行動という彼女達の座右の銘は尊敬に値します。私の場合は熟考逡巡低迷ですから。
「……そういう事なら今回はそれで手を打とう。貴族たるもの寛大な心を持たなければな」
ふんすと鼻を鳴らす豚は、何かをやり遂げたような顔をしやがります。
「し、しかし旦那様っ――」
不服というように、白豚に何か申し上げようとした青年の口元をフィアさんが人差し指を押し当てます。
「めっ、ですよ」
年頃の男性が、それはそれは可愛らしい女性に笑顔を向けられたら、大抵はいちころですよね。
「あ、はい。そうですよね」
顔を赤らめ、納得した納得したと青年は何度も首を縦に振ります。
なんだか私には魅力がない、って言われてような気がしてなりませんでした。
「あ、あの。今度、是非一緒にお茶でも」
「機会があればフィアは大歓迎ですよ」
「ほ、ほんとうですか!? では是非――」
「――ええ、今度あった時、是非」
「はい!」
フィアさんは彼等が見えなくなるまで、小さく控えめに手を振り続けました。役者ですね。
◇◇◇
彼等が去った後、ソフィーが深いため息をつきます。
「ふぅ……一時はどうなる事かと思ったわ。特にティルラ。お願いだから暴走しないでちょうだい」
「失礼しました。私は何を言われても良かったんですが、奴の矛先が弟子に向かってしまって、つい」
「師匠ありがとうございました! すっごく頼もしかったですよ!!」
「そう言って貰えると嬉しいですね」
「フィアも頑張りましたよ!」
「ええ、貴方も自分の役割をよくこなしたわ」
四人で和気あいあいと話をしていると、狙ったようなタイミングで紳士服の男性が、片眼鏡をした執事らしき初老の男性を連れてやってきました。
「遅かったから心配して迎えにきたんだが、面白いものを見せてもらった。少し見ない間に、うちの娘はずいぶんと強かになったね」
「じいやも嬉しゅうございます」
「お父様、じいや……」
私達の前に現れたのは、ソフィー父とグラトリア家に昔から仕えるじいやさんでした。
ここまで読んで頂きありがとうございました。
リベアを意識しちゃうティルラちゃん可愛いですね。
「面白い」
「続きが気になる」
「リベア可愛い!」
と思ったら、広告下↓の【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にしていただけると嬉しいです。
感想、評価のほど宜しくお願いします!! レビューも大歓迎です!




