45.アイスクリームと白豚貴族
それから少し歩いていると、街の人達にジロジロと見られてるような気がしてきました。
「…………ねぇ、ティルラ。あんたなんか見られてない?」
その視線に耐えられなくなったのか、ソフィーがこっそり耳打ちしてきます。
「あ、やっぱりそうですか……私の気のせいじゃありませんでした」
一体何をしたら、そんな奇異の目で見られるのでしょう。
「フィアさん、あのお店はなんですか?」
「あのお店はですねー……」
リベアは腰に杖を差している事と先程買ったアイスクリームをぺろぺろしている事を除けば、どこにでもいる普通の村娘ですし、私は魔女の格好をしているだけで、他はどこもおかしくはありません。
ソフィーやフィアさんは言わずもがなです。
奇異の目を向けられる原因がまったく分からないので、私は周囲に耳を澄ませてみることにしました。
「なあ、グラトリア家のお嬢様と一緒に歩いている方って魔法使いか?」
「あからさまに私は魔女です、って格好してるんだからそうなんだろうよ。それよりお嬢様のメイドと話してる女の子はこの辺の子じゃないよな?」
「ああ。それにお嬢様とあんなに楽しそうに喋ってる魔法使いなんて初めて見たぞ。あの人の魔法使い嫌いは有名だからな。まあ、亡きシャルティア様と比べられるのも無理はないが……」
ほうほう。街の人達の会話から面白いものが聞こえてきました。
「ソフィーは魔法使いが嫌いだったんですか」
「ええそうよ。唯一の例外である貴方とシャルティア様を抜いてね」
「それは嬉しい限りですね」
ふんっとそっぽを向いてしまいます。少しお耳の方が赤くなっておりました。
(昔から変わりませんね。貴方は……)
ソフィーが魔法使いを嫌いな理由は想像がつきます。
彼らは自分達が魔法使いだからって言うだけで、もっと値段を安くしろだの、新商品が入ったら一番に寄越せだの文句を言ってきやがる連中です。
彼女と会うたびに、(魔法使いが相手だった場合に限り)取引先の愚痴を聞かされていましたからよく覚えています。
『それでも羽振りはいいから、安易に無碍にはできないのよ』
私みたいなまともな魔法使いだって沢山いますが、そういう連中の方がどうにも世間では目立ってしまうようです。
王都の直轄であるこの街でも、それは同じということなのでしょう。
「お嬢様ー! ティルラ様〜!! もうすぐ着きますよー!」
「ええ、分かってるわ。どう、久しぶりに味わう上流階級の者が住まう街の空気は?」
「不味いったらありゃしませんね。空気がどんより腐ってます。私には庶民街がお似合いです」
いつの間にか市民区画を抜け、上流階級の人々が住む区画を私たちは歩いていました。
「それは同感ね。貴族の中にはいい人もいるけど悪い人、中でも腹黒い人が特に多いから。貴方も表面上は良い人を演じている奴には気をつける事ね」
「ソフィーみたいなですか?」
「ええそうよって、ふざけないで!」
「はいはい。すみませんすみません」
「貴方ねぇ……。ここから先はちゃんとしてよ」
「分かってますよ。リベア、街の見学はお終いです。私の隣を離れないで下さい」
「フィアもそろそろ私の後ろに控えてなさい」
「はい。お嬢様」
従者モードのフィアさんは静かに目を伏せて、ソフィーの一歩後ろを歩きます。
「は、はい師匠!」
素直な弟子は、呼んだらすぐにやって来ます。どこかの誰かさんとは大違いです。
どこかの誰かさんは前にこの区画を歩いていた時、言う事を聞かず、好き勝手にほっつき歩いていました。
そしたら見るからに肉ばっかり食ってそうな白豚貴族にぶち当たったのです。
脂肪だらけの腹に、弾かれた誰かさんはこう思いました「こういうのって、本の世界だけじゃないんですね」と。
その後、誰かさんの保護者が来るまでちょっとだけ揉めました。
だからここから先はおふさげ厳禁です。
どこで変な貴族に目をつけられるか、分かったもんじゃありませんから。
「ししょう」
彼女がぎゅっと私の手を握ったかと思うと、肩と肩がぶつかる距離まで寄せてきます。
「近すぎです。適切な距離を取ってください」
「はい」
そう言ったらスッと離れてくれました。
ちょっと淋しくも感じましたが、時と場合を考えているのでよしとしましょう。
通りを歩く人の流れも、徐々に気品のある方々が増えてきました。
私たちは彼らと出来るだけ目を合わせないようにしながら歩きます。
ソフィーは大丈夫にしても、私やリベア、フィアさんは貴族ではありません。
貴族の中には庶民と目を合わせただけで、「下民と目を合わせてしまった。今日は一日は不幸になるぞ!!」と騒ぎ立てる者もいますから。
そんな奴とぶつかったら即退散が上策でしょう。
「リベア。私に掴まって、目を閉じていて下さい。そうすれば目は合いませんから」
「はい師匠」
弟子が目を閉じ、服の裾をちょこんと摘みます。そこは手を握らないんですね……。
「先導お願いします」
「ええ、遅れないでよ」
「誰に言ってるんですか。私は大賢者シャルティア・イスティルの正統後継者ですよ」
私も帽子を目深に被り、視線を合わせないようにします。
しかしそれが仇となりました。
前を歩くソフィーとフィアさんの後をついていってたのですが、帽子を目深に被っていることで一部視界が遮られています。
(まずっ――)
フィアさんの陰に隠れて見えていなかった貴族が急に視界に移り込み、それを咄嗟に避けようとしたのが運の尽きでした。
「きゃっ」
「あ」
目を閉じていたリベアは、急な方向転換についていけず、当然のように真正面から貴族とぶつかってしまいます。
「ふぎゃっ!」
男性の巨体に弾かれ尻餅をつくリベアに引っ張られ、私も背中からダイブしました。
そしてその拍子に、弟子の手から離れたアイスクリームがお貴族様の服に付着してしまいます。
その光景を目の当たりにしたソフィーが「最悪……」と呟きます。
そして私もまた最悪な事実に気が付きました。
リベアのアイスクリームが付着した貴族は、昔誰かさんがぶつかったあの白豚貴族だったのです。
ここまで読んで頂きありがとうございました。
アイスクリームをぺろぺろするリベア、とっても可愛いです。
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