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43.弟子との我慢比べ

 かけ湯をしてから岩々に囲まれた浴槽へと向かいます。


「あつっ!」


 外が寒かったので、一気に入ろうとしたのが悪手でした。


 爪先からゆっくりと身を沈めていき――やがて肩まで湯に浸かります。


「ああ、気持ちいですね……」


 そうして私は思わず溜息を漏らしてしまうのでした。


「そうねぇ……」


「ですねぇー……」


 二人も恍惚とした表情で、目を閉じ、頭を岩に預けていました。


(色々ありましたけど、なんか全部どーでもよくなっちゃいました……)


 弟子に襲われるというひと騒動の後、私たちは温泉に浸かっておりました。


 温泉に浸かりながら、リベアの事でゆっくりと文句を言ってやりたいと思っていましたが、もう、なんかどうでもいいやです。


 今はただ温泉を堪能して、今日の疲れを癒やしたい――ぬくぬくと身体の芯から温められ、数秒後には溶けてしまうのではないかと錯覚するくらい、私は気持ちが良くなっていました。


 そうして温泉に浸かっていると、パタパタと足音が聞こえてきます。

 

 ふむ、誰でしょう。


 片目を開けてそちらを見ます。


「ししょうー! お待たせしました」


 弟子でした。


 フィアさんの催眠から正気に戻った彼女は身体を洗い、少し遅れてやってきたのです。


「熱いので、爪先からゆっくり慣らして入って来て下さいね」


「はい!」


 元気のいいお返事の後、彼女はそうっーと爪先をちょっぴりお湯につけ、少しずつ湯船に浸かっていきます。


 足首、太腿、腰――そして上半身と順番に身を沈めていきます。


(湯気のせいで、肌が上気していますね)


 その様子を見ていてると、リベアが恥ずかしそうに頬を赤らめます。


「ししょう。そんなにまじまじと見ないで下さい。恥ずかしいです」


「どうやら、フィアさんの催眠が完全に溶けているようで安心しました」


「むっ。師匠は意地悪です。私、その時の記憶がないんですから」


「これは失礼しました。その時のリベアの印象があまりにも強すぎて」


 少しからかいますと、むすっーと眉根を顰めて、可愛らしく抗議してきます。


 そしてちょっと視線を斜め下に向けると、ちらちらとこちらを窺いながら、何かを期待するような目を向けてきます。


――そういえばご褒美を忘れていました。


 私はちょいちょいと弟子に向かって手招きをします。


「リベア。そんな端っこにいないで、こっちに来て一緒に温泉を満喫しよう?」


「――っ、はい!」


 私に呼ばれて背筋をピーンと伸ばした弟子は、じゃぶじゃぶと湯水を掻き分けながら、少し慌てた様子でこちらに駆け寄ってきます。


 そんなに急いで……私が逃げるとでも思っているのでしょうか? 


 催眠にかかった状態の弟子からは逃げますが、まともな状態の弟子に背を向けるわけありませんのに。


「慌てなくていいですよ。足を取られて転びますからっ――」


「あ」


 私が言い終える前に、湯水に足を取られたリベアがバランスを崩し、お湯の飛沫が上がります。


 ほら、言わんこっちゃない。こっちの方まで飛沫が飛んできました。


 お湯の飛沫がソフィーにかかって、「ちょっとリベアちゃーん〜っ!」と文句が飛び、リベアが「ごめんなさいー!」と謝ります。


 フィアさんは「いっぱいかかっちゃいましたね!」と笑顔です。彼女が言うと、なんだかいやらしい響きにも聞こえなくもありませんが、深く考えるとアウトな気がするので気にしない事にしました。


「やったー師匠の隣です〜」


 リベアが今度はゆっくりと、そろそろと近寄ってきて私の隣に座ります。


 二人きりではありませんが、まあいいでしょう。正直部屋に戻って夕食を済ませたら、リベアに構ってあげられる気がしませんから。


「師匠、天国ってこんな感じなんですかねー」


「どうでしょうね。私は天国に行った事がないので分かりません」


 上気した肌を滴が伝って流れていく。彼女の呼吸音がよく聞こえて、さっきから妙に弟子を意識してしまうのはきっと距離が近いせいでしょう。


「リベア。その、ちょっと近いで……近いよ」


「師匠。これくらい同性なら普通ですよっ」


「うーん。これが普通かー……」


 肩と肩が密着する。輝くような瞳で見つめられて思わずたじろいでしまう。


 それに肩だけではなく、腕と腕が触れ合っているし、太腿まで合わせてきてます。


 これを普通っていうのでしょうか?


「師匠。あっちを見て下さい」


 言われた方を見ると、浴槽の反対側で、ソフィーがフィアさんの肩に寄りかかっておりました。


「ね!!」


「いや、ね! じゃないんですよ。あれは主人と使用人が特別なだけ」


「弟子と師匠は特別じゃないんですか?」


「特別ですよ。師と弟子というのは……でもどんな関係も深入りしすぎるのはよくないんです、だ。逆に関係が悪化する事があるから」


 そう答えるとリベアは小首を傾げました。


「分かるような、分からないような感じです」


「リベアはまだそれでいいんですよ……あ、それでいいんだよ」


「ですねっ!」


 リベアが「えへー!!」と身体を密着させ、頭を寄せてきます。


「――っ、はぁ……仕方のない子」


 彼女の肩を抱き、私の肩を貸してあげます。


 私と一つしか違わない子ですが、中々の甘えん坊さん――甘えん坊の愛弟子でした。


「リベア。師匠は長湯するのが、昔から得意なんですよ」


「望むところですっ!」


 不敵な笑みを浮かべると、弟子もやる気満々のようでした。


 そうして私と弟子の我慢勝負が始まったのです。


◇◇◇


「うーん。完全にのぼせました……」


 足取りがおぼつかない私はソフィーに支えられて歩いています。


「もう、ムキになりすぎよ。リベアちゃんも」


「師匠に負けたくなかったんです〜……」


 その隣をフィアさんに支えられたリベアが歩いています。まだ目がくるくるしていました。


「あ、フィアが催眠でお二人を治してあげましょうか!」


「絶対にやめて下さいっ!」


 名案とばかりに手を叩くフィアさんに、私は本気で拒否するのでした。


 その後、夕飯を食べた私たちはそれぞれの床について就寝しました。全員、お布団に入ってから朝方までぐっすりでした。


◇◆◇◆◇


「ようやく着きました。ソフィーの実家がある王都フィルレスムに!」


 翌朝、特に大きな問題事に巻き込まれる事なく、目的地に到着します。


 ロフロス村の家を出発してから三日、トラブルに見舞われはしたものの、当初の予定通り、王都フィルレスムに到着したのでした。

ここまで読んで頂きありがとうございます!


実家に到着です。

2章もいよいよ終盤に迫ってきました。


感想、評価のほど宜しくお願いします!!

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― 新着の感想 ―
[一言] ここから冒頭の話にどうつながっていくのか楽しみです。
[一言] 毎話楽しく読ませてもらってます、今後も体調に気をつけて執筆がんばってください
2021/10/16 23:36 退会済み
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