34.悪乗りリベア
「リベア。どうやらソフィーも私に膝枕されたがっているみたいなので、そこを代わってあげてはくれませんか?」
他の二人には見えないように、弟子に向けてパチリとウインクをかまします。察しのいい弟子は、それだけで事を理解し、私の茶番に乗ってくれました。
「はーい! ソフィーさん、ほら師匠のお膝が空きましたよ。さあどうぞっ!!」
「ちょっ、私はそんな事一言も望んでな――」
顔を真っ赤にして立ち上がり、矢継ぎ早に出された否定の言葉は、隣に座るフィアさんの驚愕の声に掻き消されました。
「え!? ソフィーお嬢様もリベアさんと同じで、ティルラ様の事がお好きなんですか!? フィア初耳です!!」
「あなたまで悪乗りしないでちょうだい!!」
キッと睨むと、フィアさんはあからさまに挑発していきます。
「きゃぁーこわいー! ソフィーお嬢様に食べられますー」
使用人に弄られ、雇用主である彼女の拳がぷるぷると震えておりました。
「フィアっ!!」
ソフィーが従者と取っ組み合いを始めます。
「きゃぁあー。ティルラ様助けてー」
フィアさん楽しそうですね。
助けを求められた私は、二人の間に割って入ります。そこにすかさず弟子が横槍を入れました。
「えー、ソフィーさんはほんとに望んでないんですかー? 私知ってるんですよー。ソフィーさんが師匠の生足をちらちら見ていたのを」
最後の方は妙に刺々しい言い方。でもグッジョブです。
「それは本当なのソフィー? ふーん、私の事をそんな風に見てたんだー」
「そ、そんなわけないでしょ! 確かにちょっとはそういう目で見てたかもしれないけど……」
彼女は気まずそうに下を向き、視線を合わせようとしません。目を凝らして見てみると、耳まで真っ赤になっていました。
なるほど。この様子だと本当に見ていたのかもしれませんね。
それにしても、見られていた当人は気付かなかったのに、その弟子が気付くとは……リベア、恐ろしい子です。
「否定するならちゃんと目をみて言って下さいよ。相手と目を合わせるのは商売の基本って、ソフィー言っていましたよね?」
「うぅっ」
瞳を潤ませ、今にも泣きだしそうです。少しからかい過ぎましたね。この辺でやめといてあげましょう。本気で嫌われちゃいそうですから。
二人に目配せして、終わりにしましょうと一つ手を叩きます。
「おふざけ終わりです。ソフィー、泣かないで下さい」
「誰のせいよ! それに泣いてなんかないわ!」
「ソフィーさん。うちの師匠がごめんなさい。弟子の私では師匠に逆らえなくて……」
自分の可愛さを上手く利用しながら、師匠に責任転換を図ろうとしている愛弟子。乗ってきたのはそっちなのに……。
「リベアちゃんは……まあしょうがないわよね」
あなたもなんでリベアにはそんなに甘いんですか……。
「フィアもごめんなさい。とても楽しそうだったので……これ、ハンカチです! どうぞお使い下さい!!」
フィアさんが花柄の模様が描かれたハンカチを渡します。
「ありがとうフィア。あなたも許すわ」
ん? 待って下さい。それ、私のハンカチではないですか。
「しーしょう? どうしたんですかー?」
隣に座る弟子がニヤニヤしておりました。このやろー。
「あなたの仕業ですか……」
先程膝枕をしてあげたときに、掠め取られていたようです。それをフィアさんに渡したのでしょう。
さて、こうなるとソフィーの制裁対象になるのは――。
「――ティルラ」
「はい」
ビシッと敬礼を決めます。身体が勝手に反応しました。
「フィアと席を代わってくれる?」
「分かりました」
言われるがまま席を交換し、私はソフィーの隣に腰を下ろします。すると私の膝の上に、ストンと彼女のふわふわで柔らかい頭が降りてきました。
「罰として、しばらく私の枕になりなさい」
やっぱりしたかったんですね、膝枕。
「ええ……まあいいですけど。ちょっとやり過ぎたのは事実ですし」
それから昼休憩までの間、ソフィーは私の膝を堪能するのでした。
( 弟子の視線が怖い。あとでご機嫌を取ってあげませんと……)
◇◆◇◆◇
「あの少し寄り道していいですか? 首都に向かうなら、ついでに行っておきたい所があったのです」
昼休憩を終え、みんなが出発の支度を始めた段階で私はそう切り出しました。
実際は観に行くというのが正しいでしょう。
「どこに行くんですか?」
「私の実家です」
「ああ、シャルティア様のお屋敷ね。別にいいけど、どうして行きたいの? もうあなたにあそこに立ち入る権利はない筈よ?」
「オルドスさんに、意地悪をしに行くんです!」
ドヤ顔で答えますと、三人にとても懐疑的な目を向けられました。
さっきの今で信じられない気持ちはあるのでしょうが、決して私は人として最低な行為をする気はありません。むしろ追い出された身としては当然の権利と言えます。
「ししょう……最低です」
「ティルラ様。フィアはティルラ様の事を見損ないました」
「あんた、今度は何企んでるのよ」
「えぇ……みなさん酷い。ただ事実確認をしに行くだけですよ。それでちょっぴり煽ります」
「事実確認って、何を?」
「そりゃもちろん。師匠の今までの研究内容、その成果が魔法統率協会には渡っていないという確認です」
とりあえず三人には屋敷に行く事を承諾してもらい、馬車を走らせます。
その道すがら、師匠が研究論文、研究日誌に施したある仕掛けについて解説しました。
「師匠は自分が死んだ後、第三者に自分の研究成果が見られる事を酷く嫌っていました。だから彼女は、全ての研究過程の内容を暗号にして記したのです。暗号の意味は師匠を除いて、正統後継者である私しか知りませんので、彼等には解読不可能なのです」
ぐふふ。私を追い出した事は間違っていたと思い知っているといいです。
「師匠。また悪い顔してます」
「おっと失礼。まあそういう事ですので、私を追い出した事でオルドスさんはとても困っていると思います。その様子をちょっと見てこようという次第です」
「やっぱり最低じゃない……とは言っても、あの人の気持ちも分かるわ。愛弟子のあなた以外には研究内容を見せたくなかったのね」
「そうかもしれませんね。師匠はどうしようもない人でしたが、最後まで私の師匠でしたから……」
少し遠回りにはなりますが、御者席に座るトミーさんは屋敷に行く事を快く承諾してくれました。
改めてお礼を言うために、私は席を立って小窓に近付きます。
「トミーさん。ありがとうございます」
「気にしねぇで下さい。これがあっしの仕事ですから」
白い歯を見せて、にかっと笑います。本当にグラトリア家に仕える方々は、人柄が良い方が多いです。
主人がいいと、自然と使用人も良い人が集まってくるのでしょうね。
「ずいぶん道が平坦になってきましたね」
「それだけ王都に近付いてきたという事よ」
「私、王都に来るのは初めてです!」
弟子が目を輝かせています。人も多いし、そんなに良い所だとは思えませんがね。
「今度フィアが街を案内してあげますね」
「やったー!」
リベアがフィアさんの手を握ってぶんぶん振るっています。ちょっと迷惑そうです。
「……戻ってきたって感じですね」
舗装されていない道路から、石で造られた道が増えてきました。建物も徐々に都会っぽい雰囲気が出てきています。
ロフロス村のような小さな民家だけでなく、大きな建物も立ち並び、道なりに佇む民家だというのによく賑わっています。
前より大きな建物が増えてますね。
こういう景色を見ていると実感します。古巣に戻ってきたのだと。
ですがこんなに早く首都、いえ王都に戻ってくるとは思っていませんでした。最低でも一年は来ないつもりでいましたので。
人生分からないものですね。この弟子も含めて。
「儚げにため息をつく師匠……素敵です! はわわっ、その蔑んだ目もいいっ!」
隣で息を荒くする弟子を見ると、思わずため息が出てしまいます。どうしてこんな子になってしまったんでしょう?
「今度はなんですか?」
「師匠。せっかく向かい席になったんですから、もう一度足を組み替えて下さい! 今度は私に見えるように」
「絶対嫌です」
ふざけた私も悪いですが、そろそろこの弟子にも、教育が必要な時期なのかもしれません。
「……自業自得よ、ばかティルラ」
うーんと頭を抱える私に、顔を赤らめながら小声で呟くソフィーでした。
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