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29.お迎え

ソフィーにも可愛い頃があったんですね。

 朝起きてグラトリア家の皆さんと食卓を囲み、午前中は申し訳程度に家のお手伝いなんかをして、午後はソフィーとたくさん遊びました。


 同じ年頃の友達と遊ぶなんて、初めての経験でしたから、何をして遊べばいいのか最初は戸惑いました。けれどソフィーに連れられて、色んな遊びをする内に、友達と遊ぶのは何をしても楽しいのだという事に気が付きました。


 それに気付いてからは、メイドさん達と一緒に、かくれんぼや鬼ごっこをしました。我ながら子供みたいです。


 他にもグラトリア家の人達に感謝を込めて、秘蔵の魔法をたくさん見せてあげました。魔法を間近で見た事がなかったソフィーは特に喜んでいました。


 それだけでも、魔法を実演した甲斐があるというものです。


 降りしきる雨の中、迷子の子猫のように、ただ雨に打たれ続けていたわたしを拾ってくれたソフィーには感謝しているのです。


 間違いなくあの時のわたしには、生きる気力というものがありませんでしたから。



「ティルラ〜。もう分からないわー」



「あーはいはい。この問題はですね――」


 

 今は臨時で、ソフィーの家庭教師なんかもやっています。


 彼女は「なんで、別荘にまできてお勉強しなきゃならないのー」と嘆いておりましたが、教師役のわたしは案外楽しかったです。


 人に何かを教えるというのは、やりがいがあります。何よりソフィーもわたし程ではありませんが、物覚えが良かったので、教え甲斐があるというものでした。


 特に難しい問題を出して、頭を抱えるソフィーを見てるのは、なんだか良い気分になりました。


 これが愉悦感というものなのかもしれません。


(師匠もこんな気持ちだったんでしょうか?)


 もう数週間会ってない師匠に思いを馳せます。すっかり師匠に対する苛立ちも落ち着いて、今ならもう一度会ってあげても良いとさえ思っていました。


「ま、当然の事ですが、師匠の方から来て謝ってもらわないと絶対に許しません!!」


 バンっと机を叩いたわたしに、居眠りをこいていたソフィーがガバッと起き上がります。


 教育の賜物ですね。


「ティルラ。急にどうしたのよ?」


 怒りの対象が自分ではないと気付くと、ソフィーはほっと胸を撫で下ろします。


「いえ独り言です。ソフィーは居眠りなんかしてないで、早く続きをやって下さい。さっきからまったく進んでませんよ」


「分かってるわよ。ちょっと難しくて……手こずってるだけだから!」


「はいはい。分かりました。でも解けるまで夕飯は食べられませんよ?」


「ううっ〜、それも分かってるわよ、もう!!」


 それからもグラトリア家での生活は続き、わたしがソフィーに拾われてから、早くも1ヶ月半が経ちました。


 そしてとうとうその日はやって来てしまいました。


「みんな明日には本邸に帰るぞ。忘れ物がないよう準備はしっかりしておくんだ」


 家主であるソフィー父のよく通る声が、廊下に響きます。


 そうです。ここはグラトリア家の別荘。つまり本邸ではないのです。彼等は夏の間だけここで過ごし、秋が近づけば首都にある本邸に帰ってしまうのです。


 お別れの時でした。


 ソフィーも今日は帰り支度の準備で忙しく、カルラさんと一緒に荷物の整理をしておりました。


「……ふむ。忙しそうですね。今日は遊べなそうです」


 なのでわたしは彼女の邪魔にならないように、ふらふらと無駄に広い庭を散策する事にしました。


「ふぅ。なんだか疲れましたね。特に心の方が……」


 ソフィーとは住んでいる世界が違うので、お別れする事になるとは分かっていましたが、案外くるものです。


「結末が分かっていたのに、なんでわたしはソフィーと友達になったんでしょうね」


 でもソフィーと友達になった事は、後悔していませんでした。


 わたしはこれまで師匠以外の人との接触を避けてきました。孤児院でもそうです。いずれは離れ離れになると分かっていましたから。


 それなのにソフィーとは友達になりました。不思議ですね。


「少し休みますか」


 暫く歩いた後、大きな木の木陰に入り、その太い幹に背中を預けます。


「んぅ。いい天気です……ね」


 心地良い風に吹かれながら、わたしはこっくりこっくりと船を漕ぎ始め、そうして眠りにつきました。


「すぅ……すぅ……」


◇◇◇


 わたしが目を覚ましたのは、それから数時間後の事でした。


――ティルラちゃん! ティルラちゃん!


 誰かがわたしを呼んでる。起きないと……。


「ん、んぅ。寝過ごしました……あれ、リーナさん?」


 そこにはわたしを覗き込むリーナさんがおりました。


 両手を後ろに組んで、こちらに微笑みかけます。寝ぼけていたのもありますが、この時のリーナさんは少女にしか見えませんでした。


「ティルラちゃん。良かったら一緒に首都までこない? そこで一緒に暮らしましょう。大丈夫、お父さんが貴方を養女として迎えるために、色々手を回してくれるから。ソフィーもあなたなら大歓迎と言っていたわ」


「へ?」


 突然の事に頭が回りません。本気なのでしょうか? わたしのような、どこぞの馬の骨とも知らぬ女を養女にするとは。


「ちょっ、お母様! あたしはそんな事一言も――んっ」


 リーナさんに、めっと人差し指を口に当てられて静かになるソフィー。


 あ、いたんですね。ソフィーにしては静か過ぎて、存在に気づけませんでした。寝顔……見られたかもしれません。


「どうかな、ティルラちゃん?」


 いや? と再び問いかけてきます。


 それは反則です。


 リーナさんの方が年上の筈なのに、可愛いらしいお顔立ちをしているせいか、健気な少女に見えてしまいます。これでは断るに断れません! それに本気のようですし。


「わたしは……」


 リーナさんに外堀を埋められ、初めての友達であるソフィーまで出されては、わたしは決断するしかありませんでした。


(どうせここにいても、師匠は迎えに来ませんし、他に当てもありません。なら、彼女達の家のお世話になるのが一番いいんでしょう……ったく師匠はどこで何をしてるんでしょうか。一応、弟子である筈のわたしをこんなにもほっぽっとくなんて。いえ、こんな不肖な弟子は、もうとっくに見捨てられたのかもしれません。ならいいですよね?)


 ここにはいない師匠に、許可を求める自分がいます。結局わたしは自分では何も決められないのかもしれません。


 リーナさんの手を取って、一緒に連れて行って下さい! その一言でわたしの将来は安泰します。


 大人の事情というやつです。


 ソフィーを除いたグラトリア家の方々は、優秀な魔法使いを欲しがっていると一緒に暮らしていて分かりました。


 わたしは腐っても、大賢者シャルティア様の弟子です。

 きっと悪いようにはされないでしょう。


 でもグラトリア家の養女になったら、貴族と結婚しないといけなくなるかもしれません。それは嫌ですが、将来の為には仕方のない気もします。


「ティルラちゃん……?」


 中々答えを出せずにいるわたしを心配そうに見つめるソフィーとリーナさん。


――何をやってるのわたし! 早くその手を取ればいい。


――わたしはシャルティア様の後継者でしょう! 何が一番大切なのかしっかり考えて!!


 二人のわたしが、同時に囁いてきます。


 自分でも分かってるんです。この選択が自分の将来に大きく関わってくる事に。


 ですがわたしの脳裏には、師匠の影がチラチラとちらついて離れません。リーナさんの手を取りたくても、師匠の面影が邪魔して取れませんでした。


「ううっ、なんで師匠の事を……わたしは……」


「ティルラちゃん!? 私たちと来るのが、泣くほど嫌だった!?」


 泣き出したわたしに、慌てて駆け寄るリーナさん。彼女に抱き締められながら、わたしは必死に首を横に振ります。そうじゃない、違うんです! 嫌じゃないんですと。


 わたしはよく分からない感情に、押しつぶされそうになっていました。



「――ティルラ!! 迎えにきたぞ!!」



 咽び泣くわたしの耳に、女性にしては低いアルトが響きます。


 口調は男性のようだし声もハスキーですが、間違いなく女性のそれです。


(え、この女性にしては低い声は……もしかして師匠?)


 わたしが顔を上げると、そこにはいつの間にか師匠が、大賢者シャルティア様が立っておられました。


「あ。し、師匠……」


 師匠との突然の再会に、わたしは口をパクパクさせてみますが、何を喋ればいいのか分からず声が出ません。


 どうやらわたしは、この短い間にコミュニケーション能力を失ってしまったようです。



「……この、バカ弟子が。人様に迷惑かけやがって」



 久しぶりに会った師匠はリーナさんに抱かれるわたしを見て、ちょっと不機嫌そうにして、懐かしい悪態をついてきました。

次回で過去(回想)編は終わりです。


リベアのいる現代に戻ってきます。

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