24.弟子の家出
今日はティルラとソフィーの過去編となります。
しとしとと小雨が降る中、わたしはずぶ濡れになって、木陰にうずくまっておりました。
「うぅ、師匠のばかぁ〜」
その日のわたしは、師匠と喧嘩をして、師匠と住んでいた山小屋を飛び出したのです。
家出の理由は修行が辛すぎるのと、好きな事をさせてもらえない事が原因でした。他にも色々要因はありますが、日頃の鬱憤が溜まって、とうとう本日爆発した次第です。
帰る気はありませんでした。というかわたしのプライドがそれを許しませんでした。
家を出る時に、もう二度と帰ってこないと師匠に言ってきたからです。
「もう絶対帰ってきてやりませんから!」
「ああそうかい。なら勝手にしろ。こっちはうるさい弟子がいなくなって、せいせいするよ」
シュボっと煙草に火をつけ、師匠は久しぶりの煙草を噛み締めるように吸い始めます。
そして、こちらへぷはぁ〜と煙を吐いてきやがりました。
「んなっ!」
師匠の言葉と態度に、いくら心優しいわたしだって流石に腹が立ちました。
――この際、とことん抵抗してやろう!
そう固く決意していた筈の私でしたが、既に心が折れかけています。
「寒いし、お腹も空いてきました……うぅ、あったかいベッドで眠りたい」
当時9歳の私には、山の中での家出はちょっと無理があったようです。
修行途中のわたしでは、今の私のように、魔法も自由自在にというわけにはいきませんでしたから。
そんな時でした。彼女が声を掛けてきたのは。
「ねぇ、あなた。大賢者様の所に住んでるお弟子さんよね?」
ちらりと顔を上げると、わたしと同じくらいの金髪碧眼の少女が傘をさして立っておりました。
その隣には中年のメイドさんがいて、軽くお辞儀をしてきました。お貴族様でしょうか? こんな山奥に? 夏なので、避暑地にやって来たのかもしれませんね。
「わたしのこと知ってるんですか?」
「当然でしょ! あたしの家は、じょうほうつうなんだから!」
ふふんと胸を張る少女。なんだか偉そうです。
「お嬢様、ちゃんと傘をおさし下さい。服が汚れると奥様にまた怒られますよ」
「お母様に!? それは嫌だわ……」
彼女はそういうと、私の隣にしゃがみ込み、自分の傘の中にわたしを入れます。
「なに……してるんですか?」
「見て分からないの? あなたのために、傘をさしてあげてるのよ」
「誰も頼んでませんが?」
「だって、お洋服が濡れちゃうわよ? お師匠さんにも怒られるんじゃないの?」
見れば、師匠にねだって買って貰った夏用の外服は、中の下着が見えるほど、びちょびちょになっていました。
でも、師匠とはもう決別したので問題ないですね。
「別に……今のわたしは濡れたい気分なんです」
「なにそれ? 意味分かんないわ」
「子供には分かりません」
「あなたも子供じゃない」
ぐぬぬっと睨んでみますが、全然怯んでくれません。
「なによ、目尻に皺なんか寄せちゃって」
「……もうほっといて、どっか行ってくださいよ」
お腹も空いていたので、すぐにやめました。彼女に構って、無駄な体力を消費してる場合じゃありません。
わたしの素っ気ない態度に逆に関心を持ってしまったのか、彼女はなおも食い下がってきました。
「ねぇ、あなたはなんていう名前なの? あたし、あなたの名前までは知らなくて」
「だから人の話を……って、はぁ。名前を言ったらさっさとどっか行って下さいね。わたしの名前はティルラ・イスティルと言います。これでいいですか?」
私はしっしっと彼女の事を手で払いますが、てんで効果がありません。
「ティルラ。ティルラ・イスティルね、覚えたわ。ねぇ、ティルラ。あたしの名前はソフィー・グラトリア。今日からあたしと友達にならない?」
「へ? 友達?」
「そう。友達」
一体彼女は何を考えているのか。
このソフィーと名乗った貴族の少女は、初対面のわたしに、いきなり友達になろうと手を伸ばしてきたのです。
「なんで貴方なんかと……もういいです。貴方が行かないなら、わたしがどこかに行くので、ついて来ないで下さい」
その手を取る事なく、わたしが立ち上がろうとすると、ガシッと肩を掴まれました。その反動で、わたしは少しよろけます。
「――いたっ!」
「その足でどこにいくつもり? あんまり動かすと悪化するわよ」
「っ、気付いていたんですか……」
「だってあなた。話している間、ずっと右足をおさえていたじゃない」
彼女は能天気に見えて、その実、人の事をよく見ているようです。
ソフィーさんが指摘してきたのは、転んだ時に挫いてしまったわたしの右足です。この木陰で休んでいたのも、足が痛くて、もう一歩も動けなかったからです。
「ほら、あたしに見せてみなさい」
「っ……分かりました」
観念して押さえていた手を外すと、捻った部分がけっこう腫れていました。
「……ずいぶん腫れてるわね。ティルラ、これはちゃんと治療しないと治らないわよ」
「そんな事分かってますよ」
ぶっきらぼうにそう答えると、彼女は何故か満足気でした。
そのむふー顔。無性に腹が立ちます。
「むっ、なんですか? わたしの顔に何か?」
「いいえ。一つあなたにいい提案をしてあげようかと思って」
「わたしに?」
「ええ。今あたしと友達になるなら、怪我の治療もしてあげるし、雨風が凌げて、お風呂もある。さらには朝昼晩の食事まで付いてくる宿を提供できるわよ」
「なっ!」
「さぁどうする?」
流石は貴族です。やり方が汚い。大賢者の正統後継者であるわたしをそんな物で釣ろうなどとは……ぐぬぬっ。
「早く決めてくれるかしら。あたし、そんなに気が長い方ではないのよ」
「うぬぬっ……」
わたしの中で、家出少女のプライドと現実的なソフィーさんの提案がせめぎ合います。
このままいけば、わたしは間違いなく野垂れ死ぬでしょう。そうなれば、いつの日か師匠に目にものをみせてやる事も出来なくなります。
悩んだ末、結局わたしは、ソフィーさんの提案に乗る事にしました。
「わ、分かりました。わたし、ティルラ・イスティルは、ソフィーさんと友達になります」
「ほんと!? 嬉しいわ!! あたし、同い年の友達がいなくて……あ、友達になったんだから、あたしの事は呼び捨てで呼びなさい。いい、分かった?」
「分かりました。分かりましたから――ソフィー」
わたしが彼女の名前を呼んだ事が、あまりに嬉しかったのか、ソフィーがわたしの肩を掴んでガクガクと言わせてきます。
足に振動が伝わって痛いのです。
「ふふっ嬉しいわ。カルラ、ティルラの事を背負ってあげて」
「はい、お嬢様。ティルラ様、どうぞお乗り下さい」
「ご迷惑おかけします」
メイドのカルラさんが、歩けないわたしの為に、背負ってくれる事になりました。とても申し訳ないです。
怪我が治ったら、何かお礼をするべきでしょう。
「さぁ、カルラ。屋敷に帰るわよー」
宿というのは、どうやら彼女の家のようです。ある程度、そうなのだろうと予想はしていましたが。
「はい、お嬢様」
私を背負ったカルラさんが歩き出します。とても快適でした。あと、背負われた瞬間にお腹が鳴って、二人にくすくすと笑われてしまいました。
「あの、わたし重くないですか?」
「大丈夫ですよティルラ様。ソフィー様が今よりもっと幼い頃からお世話してきましたので、慣れておりますから」
「そうですか。ソフィーもありがとうございます」
「あら素直ね。最初からそんだけ素直なら、あたしも楽だったんだけどねー」
「すみません」
「いいわよ別に。友達なんだし」
「友達……そうですね、友達とはいいものです」
こうして私は、初めてのお友達であるソフィーの家で、暫くお世話になる事が決まりました。




