177.一人の親として
176話の続きから今回は別視点です。
◇◆◇◆◇
「……こんにちは。学長さん」
廊下を下るとそこには当然のように彼女がいた。彼女の身分を考えればこの場所に立っているのがおかしい筈なのに誰も不思議がる事はない。まるで催眠術にでも掛けられているかのようだった。
(彼女の事を強く認識しなければ、その違和感に気付けない。むしろ今は私に向けられている力が弱いからか、かろうじて操られていないだけだ)
大賢者ティルラ・イスティル様と直接対峙するのは避けているのだろう。彼女は決して大賢者の前には現れない。
彼女と直接会った事のある弟子のリベア君でさえ違和感に気付いていない。完全に彼女の術中にハマってしまっている。
「なんだ? 私は何も喋ってないぞ?」
「……違う。何故、毒を盛らなかった? 自決用に渡しておいただろう? 魔素から生み出した強力な毒だ。大賢者でも解毒は難しい。彼女が動けなくなれば実質私たちの勝ちになる」
口調が変わる。否、恐らく変わっているように聞こえているだけで実際の所は同じなのだろう。
認識阻害魔法のような系統の魔法だろう。私も彼女に魔法で何かされている事は分かっている。しかし対処法が見つからなかった。それに……もう手遅れだ。
「そんな事してもやる前に気付かれて終わりだよ。第一、酒に毒を混ぜたら不味くなるだろう? むしろ常に感知魔法をビンビンにさせている彼女から信頼を得る方が今後動きやすくなると判断したんだ。君もそう思っているから大賢者様が眠った後も手を出したりしなかったんだろ? いや、恐れているのかな?」
おどけたように言って見せると、彼女の眉が少し上がった。
「口の聞き方には気をつけてくださいね。学長」
「いーだろ。私は学長なんだし、絶対にお前たちを裏切れないんだから。もう一度聞くが、私は何か間違った事をしたか?」
再度問うと、彼女は一つ溜息をついて答えた。
「いいえ、間違っていませんよ。学長さん。だけどこちら側には人質がいる事をゆめゆめ忘れるな。大事な生徒だろう?」
「っ――分かっている。その代わり、全てが終わった暁には無事に返してくれるんだろうな?」
そういう契約だった筈だと問えば、彼女はニコリと笑った。
歯痒い。拳に力が入るのが分かる。目の前に学長として力を振るうべき相手がいるのにそれが出来ない。彼女の魔力量はそこまで高くない。むしろ少ない方だ。それ故に直接的な戦闘は得意としていないのだろう。これまでの行動からそういう分析はできる。
小細工はあるだろうが確実に勝てる相手だ。しかし人質を取られていては何も出来ない。人質があの子なら尚更。
「ええ、もちろんです。学長さんが余計な事をしなければ五体満足でお返ししますわ。だからバカな真似は考えないでくださいね。ふふっ、そんなに怖い顔をなさらないで。ネウロの事はありがとうございました。この調子で次も頼みましたよ? ロベルタ・フィリッツ学長」
彼女はそれだけ言うと私の横を通り過ぎていった。
「くそっ」
思わず悪態をつくが、私は黙って彼女の背を見送る事しか出来なかった。
ルフニアが無事。それが聞けただけでも十分だ。しかし私が下手な事をすればその命は間違いなく失われる。
「そんな事できる筈がないだろう!」
当たり前だが、この事を他者に話す事は許されていない。それをした時点で裏切った事が彼女に伝わり、人質にされている生徒は即座に殺される。なにせ私を監視しているのは彼女だけではないのだ。
「日によって監視者が違う。今日は食堂の料理人か……下手を打てば監視者に秘密を打ち明ける事になる。大賢者様なら安心だが、監視の目が厳しい。それに監視者の法則性がまるで掴めん」
昨日は用務員。その前は備品の搬入業者。それより前はよく挨拶を交わしていた生徒だったり、教師だったりした。
事件の後、彼女は私にあの子の事で話があると近付いて来た。その時初めて気付いた。彼女がここにいるのはおかしいと。
それからずっと監視の目は続いている。
学長という学院を管理できる立場の人間。
その人物を脅す事で、自分達が行動しやすくなる環境を作りあげる事が狙いで私に近付いてきたのだろう。
(私のせいでルフニアは……こんな情けない母親ですまない。私が必ず助けてみせる!)
孤児から冒険者。それから国お抱えの魔法使いとなり、貴族に見初められ式を挙げた。思い返せば成り上がりの人生だ。現役を引退し、学長となった今でも夫との仲は良好でこの間も家族でピクニックに行ったりした。そんな彼との間に授かったのがルフニアだ。
ルフニアは私の宝物。大切な娘だ。それは大きくなり一人前の魔法使いになった今でも変わらない。
(私はどうしたらいい。彼女の言う通り従い続ければいずれこの国は……)
私は目を閉じて、胸に手をやった。そして学長ではなく母親としての覚悟を決める。
必ず娘を救い出すと。それが例え国を裏切り、命を捨てる事になったとしても。
「姫殿下……国に仕える身でありながら、このような事に手を染める事をお許しください。しかし、どうかルフニアだけは……」
娘にはなんと言われようが私はあの子を諦めない。私は学長である前に、ルフニアの母親なのだから。
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