167.学院混乱
師匠が学院を離れて程なくしてのこと。
昼下がりの中庭に、何の前触れもなくそれはやってきました。
『グルルルルルゥ!』
獣じみた唸り声をあげ、蛇の尻尾に、蜥蜴の頭を持ち、獅子のたてがみを持った怪物が。
――キメラ。
師匠から聞いたことがあります。
遥か昔、とある研究者が生み出し、制御ができなくなって失敗作として棄てられた生物兵器。今では独自のサイクルで繁殖している負の遺産だと。
しかし基本的には瘴気に侵された土地を好み、そこから離れないはず。
それが、なぜこんなところに……
「あれはなんですの?」
「え、魔物……?」
その場にいる誰もがあまり突然のことに反応できませんでした。なにせ勇者が魔王を倒してから、世界は平和そのもの。魔物の数も激減しています。彼らの中には魔物を見た事自体初めての人もいるでしょう。
私も師匠と模擬戦は何度もしました。でも命のやり取りを行う本当の意味での実戦はこれが初めてになるのです。
『グルッ』
キメラは何かを探すように中庭を歩き――ピタッと、一人の女生徒に視線を向けました。
「え」
その子は先刻まで師匠とイチャイチャ……もとい楽しそうにお喋りをしていたファンクラブ会員二番のルフニアさんでした。
え? 一番は誰かって? それは勿論、ファンクラブの創設者たる私に決まってるじゃないですか。師匠には内緒ですけど。
「なんで、私?」
キメラは彼女の事を獲物として認識したようです。
『グガァ!』
「あっ」
大きな口を開け、鋭利な牙を覗かせます。このままでは彼女は食べられてしまうと誰もが思いました。
そして、その時点で私の身体は動いていました。
「――危ないっ!!」
「きゃっ!?」
彼女に飛びつき、魔物の牙をすんでのところで回避します。
「みなさん逃げてください!! 学院が魔物に襲撃されています!!」
私の声掛けか、はたまた恐怖心に煽られてか生徒達の止まっていた時間が動き出しました。
「う、うわぁぁぁぁぁぁあー! こいつ以外にもいるぞー!!」
周りには似たようで、少し違う個体が複数体。
学院に魔物が侵入するなんて、一体何があったのでしょうか? 師匠がいればなんてことはないでしょうし、こんな事は起きなかったでしょう。
「きゃぁぁぁー!」
魔物の咆哮に悲鳴が上がります。
それから先はあっという間でした。
我に返った生徒達がそれぞれ行動に移します。逃げ惑う者、勇敢に戦う者、動けない者。私のように動けない人を助けたり、必死に庇う者もいました。
学院のあちらこちらから魔法が飛び交います。
気が付けば学院は戦場へと様変わりしていました。
(……狙いは、学院? なんのために?)
そこに人為的な意図を感じました。なにせ師匠の、大賢者の不在時をついてきたのですから。
「で、出れない……どうして」
「うそ、これ障壁? なんで内側に?」
最悪な事は続きます。
どうやら敵方にそこそこ優秀な魔法使いがいらっしゃるらしく、学院の外に出れなくなっていました。
まぁ普通に考えればそうですよね。魔物がこんな簡単に街に入ってくるなんて出来ませんから。手引きした者がいるのは当然です。
という訳で私たちは学院内に閉じ込められ、外部の助けも望めません。
生き残るには戦うしかありませんでした。
「こっちだ! 生徒を守れ!!」
学院に駐在する騎士と魔法使いも加わり、戦闘は過激さを増していきます。
私も杖を抜き、戦線に加わります。
「私に出来ることを精一杯やろう! 幸い、こういった時の対処法は師匠から教わっていることだし!!」
初めての実戦でしたが、師匠の修行のお陰かキメラに遅れを取るという事はありませんでした。むしろ私だけ突出して強いようにすら思えます。
「勇敢な生徒に続け! 我々は王国の騎士だ!!」
なんだかいつの間にか私が旗頭に。
騎士と協力して魔物を倒しますが……問題は、数です。
「ちょっと数が多すぎます……」
倒しても倒してもどこからか新しい個体が沸き上がってきます。まるで終わりを知りません。このままではジリ貧になるのは目に見えていました。
(師匠……早く帰ってきてください)
視界の端に追い詰められている一人の生徒が映りました。
「あれは……ドロシーさん!!」
大賢者に好きも嫌いもありません。
困っている人がいたら、誰であろうと助けに行く。それが大賢者です。
私は彼女を助けようと隊列から外れ、駆け出しました。
「ドロシーさん! 逃げてください!」
そしてそれは間違いでした。
『――かかった』
どこからか、私をあざ笑うような声が一瞬聞こえました。
「リベア・アルシュン! 避けなさいっ!! コイツは他のと違いますわ!!」
「え、あっ」
爛々としたキメラの赤い瞳が私を捉えます。
超速接近。防御を取る暇もありませんでした。
「しま――あぐっ!」
私の身体はその爪牙によって、軽く切り裂かれてしまいました。
(あ、こんな簡単に、やられちゃうんだ……)
傷口からドクドクと血が溢れ出すのを感じます。
(あつい、あついよ……師匠)
意識が朦朧とし、痛みすらまともに感じられなくなります。
『グォ!』
(あ……もう終わりか……)
魔物の爪が振り上げられるのを、他人事のように見つめていました。
(師匠……ごめんなさい。私は誰も守れませんでした)
そして――私は死を覚悟して目を閉じました。しかしその時はやってきませんでした。
「待たせましたね、リベア」
閃光がキメラを消し飛ばし、優しく私を抱き締める手を感じました。
(師匠……)
私が一番会いたかった人。
「よく頑張りましたね。後は任せてください。傷は……致命傷ではないようですね。良かった」
「お……遅いですよぅ……ぐすっ……」
私は涙を流しながら、師匠の胸の中に飛び込むのでした。
ここまで読んで頂きありがとうございます!
次回、師匠無双します。
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