142.試験三日前〜前日
「う、うーん……」
朝日がベッドを照らす中、わたしは寝苦しさに目を覚ましました。
余裕を持って一週間前に行ったミーアさんによる魔力調整は成功したものの、久しぶりに調整をした為か身体がびっくりしたようで風邪気味のような状態になってしまい、数日間寝込んでいました。
(おかしい……昨日は大丈夫だったのに、今日はなんだか体が重いですね……)
それに……何だか良い匂いもしました。
「あ、師匠起きました?」
「え……?」
目を開くとわたしの体に乗っかるようにしてリベアがいました。
「そこで何してるんですか?」
「師匠の寝顔を見ていたんですよ?」
逆にそれ以外に何があるんですか? みたいな顔しないでくださいよ。
そんな平然とした顔で言われたらこっちが恥ずかしいじゃないですか……。
「面白いですか、それ? あと早く服を着替えてきなさい。風邪引きますよ? わたしみたいに」
今の彼女は薄いネグリジェを着ていて、正直目のやり場に困ります。
「師匠の顔を見ているのは結構楽しいですよ〜。そういう師匠の方こそ体調はどうですか?」
「リベアが退いてくれれば万全です」
嘘ですけどね。まだ少し怠さが残っています。
でも、調整が終わった直後の時よりかは幾分マシです。
それに昨日、安静にしててくださいという監視の目を欺いて、外で魔法を行使してみましたが、調整前より明らかに出力は上がっていましたし制御もしやすくなっていました。これも魔力の調整のお陰でしょうか?
そう考えると、ほぼ初対面で膨大すぎる魔力を持つわたしの調整を成功させるなんて……ミーアさんはとんだ天才少女ですね。
調整前にシーヴ婆の時は、どんな感じだったのかとかいくつか問診されましたけど、それだけで「大体分かりました……」とか凄すぎですよ。
それ故に残念な事が一つ。
調整士は地味な仕事の手前、表に出ることはありません。そのせいか世間ではあまり評価されていないようですが、わたしにとっては尊敬できる素晴らしい職業だと思っています。彼ら彼女らが居なければ、人知れず潰れていった魔法使いもいたでしょうから。
「それは良かったです! じゃあ後はフィアさんにお任せしますね。私はまだ準備が残ってるので。下でまた会いましょう!!」
わたしが元気だと分かると、リベアは安心したように笑いながらベッドを降りていきました。
「え?」
「さあティルラ様、起きてください! 今日はリベアさんが受ける王都の受験会場へ向けて出発する日ですよ」
弟子と入れ替わるようにして入って来たのは、すっかり身支度を済ませ、メイド服に着替えたフィアでした。
「あ、はい。お手伝いお願いします」
そのままわたしはフィアによってテキパキと服を着せられていくのでした。
◇◆◇◆◇
「ティルラ様、すみませんでした。私が至らぬばかりに身体の調子を崩させてしまいまして……」
馬車に乗ってすぐミーアさんに謝られました。どうやら結構気にしていたようです。
「え? いや全然平気ですよ。初めてシーヴ婆……貴方の叔母にやってもらった時は1ヶ月動けなくなった程です。わたしもシーヴ婆も……」
「そ、それは……叔母が大変失礼を……」
また頭を下げそうになったところで、わたしは慌てて止めに入ります。
「――それでも、その時はシーヴ婆が一番マシだったくらいなのでミーアさんは本当に凄いと思いますよ。リベアだけでなくわたしの調整も大きな問題もなく成功させたんですから。これならどんな魔法使いがやってきても大丈夫です! 自信を持ってください!」
これは本心からの言葉でした。調整に失敗して死んでしまった人も中にはいるのですから。
「ありがとうございます……!」
「むぅー」
そんなわたし達の様子を面白くなさそうな表情で見つめてくる人がいました。わたしの隣に座る愛弟子です。
「ど、どうかしましたか? リベア?」
「なんでもないですよーだ」
プイっとそっぽを向かれてしまいました。なんとも可愛らしい嫉妬ですね。
◇◇◇
王都に着いてからは、受験がひと段落するまでグラトリア家でご厄介になる事になりました。
「ティルラ、私は家には帰らないから」
「フィアもお供いたします」
ソフィーは実家には頼りたくないという事で近くの宿屋にフィアと泊まる事に。彼女には黙っていますが、ご両親は密かに護衛を付けたようです。まあ親の気持ちになれば当然でしょうね。
「お、お世話になります……」
「初めましてミーアちゃん、可愛いわねぇーうちの養子にならない〜!?」
「え、え? なんですか、この人……怖い」
ミーアさんはわたしとリベアの専属調整士なのでグラトリア家で一緒に過ごす事になりました。そしてすぐに可愛いものが大好きなリーナさんの餌食となりました。
「すみません。諦めてください」
「ミーアちゃん。慣れたら怖くないですよ。タノシイデスヨ」
「リベアちゃん、なんで片言……あうっ、ちょ、ちょっと、待ってくださ〜い……」
ミーアさんの悲鳴が響き渡る中、わたし達は彼女の部屋を後にして、最後の追い込みを始めるのでした。
◇◇◇
その夜、誰かが部屋のドアを叩きました。
「……ししょう、いますか?」
「リベアですか。どうしました? こんな夜中に。早く寝ないと身体に悪いですよ」
部屋に入るよう促すと、彼女はおずおずとした様子でわたしの元までやってきて言いました。
「…………今日一緒に寝てもいいですか? 明日の事が不安で眠れなくて」
不安そうに揺れる瞳を見て、わたしは優しく微笑みかけます。二人きりの時しか使わない言葉遣いで。
「――しょうがないな。いいよ、今日は特別だからね。ほら、こっちにおいで」
わたしはベッドの端へと寄り、隣をポンポンッと叩きます。
「――はいっ!!」
すると、パァッと明るくなった表情でリベアはわたしの隣に横になると、そのまま抱きついてきました。
「ししょうの体、あったかいです……」
「まったく。リベアは甘えん坊だね」
「師匠にだけですから安心してくださいね?」
「はいはいわかってるよ。だから今日だけはとことん甘えていいよ」
「えへへ、やったぁー」
ぎゅうっと抱きしめる力を強めて、嬉しさを全身で表すリベア。
「おやすみ、リベア」
「おやすみなさい、師匠」
大賢者の後継者といってもまだまだ14歳の女の子です。
だからでしょうか。わたしは自然とその頭を撫でていました。
(きっと大丈夫だよ。リベアなら)
そんな事を想いながら、わたしはゆっくりと目を閉じました。
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