102.老婆の処世術
「お久しぶりですねシーヴ婆。お元気そうで何よりです」
彼女の名前はシーヴ・メルベリ。通称シーヴ婆。各地のスラム街を転々とする宿無し魔法使いです。
……シーヴ婆を魔法使いと称するのは少々語弊が出てきますね。
彼女は正式な魔法使いではありません。もっと詳しくいうと彼女は数年前に魔法統率協会から破門された身です。
後にも先にも協会から追放された人間は彼女一人。魔法使いの破門は魔法統率協会が設立されて以来初めての出来事でした。
「『しぶとく生きていてなにより』かい? 随分な物言いじゃないか」
「だってあなたもう年でしょう? そろそろ引退を考えたらどうです?」
協会から破門されるという事。それは魔法使いにとって死に等しい宣告です。
なにせ、顔の広い大組織から追放というそんな後ろめたい経歴が一度ついてしまえば、どこに行ってもまともな職に就ける筈がありません。
国に所属する事も出来ず、個人としても信用されません。
このババアはどうするのかと思えば、元々協会に所属するまではスラム街で便利屋を営んでいたので、それに戻っていたようでした。
(お陰で探すのに苦労しましたよ。時期によって拠点が変わりますから)
シーヴ婆が何をして破門されたのかは知りませんが、禁忌に触れたと師匠は話していました。
その事を今直接聞いてもはぐらかされるだけでしょう。ま、そこまで他人に興味がないので聞きたいとは思わないんですけど。
「ティルラ。乙女に年の話を振るもんじゃないよ。シャルティアから習わなかったのかい?」
「あなたは乙女なんていう年じゃないでしょうに……」
少なくとも、わたしが初めて会った時からこんな感じのしわくちゃさんでした。
シーヴ婆を見ていると、人生、最初と最後はしわくちゃで終わるんだなとしみじみ思いますね。
今はピチピチのわたしやリベアも数十年後にはこんな風になっちゃうんですねー。うんうん。
「あたしゃ、心はいつまでも乙女のままだよ」
そう言ってけたけたと笑う老婆。なんで魔法使いってこういう人が多いんでしょうね。まったくもってめんどくさい。
「さて……」
ババアは目を細めて、掛けていた片眼鏡の縁に触れます。
いつもやる癖ですね。
「久しぶりに身体の調整をしてやろうか? 暫くやってなかったろう? 強大すぎる力を押さえるのは大変だからね」
協会にいた頃はかなり腕の良い調整士だったと聞いています。実際、婆の調整を受けていたわたしも彼女以上の調整士には出会った事がありません。
調整士とは人の身体に流れる魔力の調節を行う人達の事を言います。
わたしがシーヴ婆と出会ったのは師匠の紹介でした。
当時のわたしは魔力が強すぎ多すぎ問題があって、それこそ出会った時のリベアのように魔力が高まりまくって爆発する――なんて事は日常茶飯事でしたから。
自分の魔力をコントロール出来る様になるまでは婆のお世話になっていました。
コントロール出来るようになってからも、師匠が生きていた頃は年に一度シーヴ婆の定期検診を受けていたくらいです。
それくらいシーヴ婆は調整士として有能なんですよね。
まあ肝心の人柄は終わっていますが。なにせ追放されちゃうくらいです。あ、でもそこはわたしと同じ。理由は全く違いますけど。
「遠慮しておきます。もう……自分で出来ますから」
「そうかい。つれないねぇ〜――ん?」
婆の申し出をやんわり断り、こちらの要件を伝えようとした所、ババアが後ろで縮こまっているリベアを見て、ぺろりと下唇を舐めました。
こんにゃろ! 人の弟子を色目で見んな!!
「むっ」
殆ど反射的にリベアを庇います。
ババアがしわくちゃの指を伸ばして不気味に笑いました。
「ひひひっ。あたしゃ元気だけが取り柄でねぇー。生涯で一度も酒や煙草を経験していないのさ。ああ、もちろん男もだね。女は若い頃いっぱい食ったけどねー。おや? シャルティアの奴はどうしたんだい? まさかそこにいるちっこいのがあいつかい? ははっ、これはまた可愛くなったねぇー。今度あたしの家に来ないかい? 忘れられない夜にしてやるよ」
師匠と親交のあったこの人が、師匠の死を知らないわけがありません。わたしが調整に来なくなったのも師匠が亡くなってからだと把握している筈です。
――つまりこの人は師匠を冒涜している。そういう事になります。ならばわたしの敵です。
「師匠!?」
わたしは杖をシーヴ婆に向けて構えていました。弟子が驚いて肩を跳ね上がらせます。
「シーヴ。口を慎んで下さい。師匠の事に関してこれ以上触れるつもりならぶっとばしますよ? あと弟子に干渉するのも禁止です」
大賢者の弟子であるわたしに杖を向けられても、老婆は平然とした顔をしていました。それどころか煙管を袖から取り出して吸い始める始末。
さっき煙草はしてないって言ってたのに。この様子じゃ酒もやってますね。絶対!
「…………」
「けほっ、けほっ!」
老婆はプハーとけむたい息を吐いて、後ろにいたリベアがゴホゴホとむせます。
「煙草。吸わないんじゃなかったんですか? 弟子が苦手なのでやめてください」
「これでもかい?」
弟子の背中をさすり介抱しつつ、語尾を強くして注意すると、老婆は煙管をわたしの目の前に突きつけ、それを杖に変化させました。
「えっ、うそ!? 煙管が杖に? 杖が煙管になってた?」
「違いますね」
おそらく煙管と杖の位置を魔法で入れ替えたのでしょう。恐ろしく速い。魔法発動前の微細な魔力の動きを読めませんでした。
という事はこの人にとって、入れ替えの魔法は息を吐くように出来るということです。
「師匠を侮辱するようでしたら、いくらお世話になったあなたとて見逃すつもりはありません」
「ほう。ガキが言うようになったじゃないか! シャルティアの陰に隠れてめそめそしていた子がねぇ。あたしが怖いからシャルティアが死んで以来来なくなったんだろう? 今そうやってあたしに向き合えてるのは新しく出来た弟子がいるから。隠したって無駄さ。あんたを調整していたあたしには全部分かる」
魔力は人の心と連動しています。分かりやすく言えば魔力にその人の心が体現されているのです。
「弟子にはカッコつけたいようだね。あいつと同じだ。あたしをぶっ飛ばす? なら試してみるかい? やれるもんならね」
シーヴ婆の杖の先に光が灯ります。ゼロ距離の撃ち合いで負けるつもりは毛頭ありませんが、側には可愛い弟子がいます。
わたし相手に真っ向勝負で勝てるとはシーヴ婆も思っていないでしょう。
「…………」
「……師匠。そんな事しないですよね?」
老婆のあからさまな挑発に心配するリベア。安心してください。わたしは冷静です。
この人のペースには乗せられませんから!
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