魔王様は帰りたい
短いです!
春も終わり、もうすぐ夏が訪れようとしていたある日。
場所は日本の京都と呼ばれる森の奥で、二人の人影が森深くを目指すように足を進めていた。
「ほら、今日も頑張ってお仕事終わらせるわよ」
二人の内の一人、まだ成人は向かえていないだろうと言う姿の少女が焦るように口にし、もう一人の手を引く。
「うぇ~、今日も行くのかや……。昨日帰って来たばかりじゃろうに、たまには休まんかや?」
そして少女に手を引かれるように歩く、これまた成人は向かえていない―――いや、成人どころか、まだ成長途中ではないだろうかと言える姿の幼女がいた。
「何言ってんのよ。この仕事はもう受けちゃったんだから行くしかないの! ほら、今日中に解決しないと違約金取らちゃうんだから……」
「今日中じゃと!? んなもの無理に決まってるじゃろうが! なぁ、ワシもあまり口を煩く言うとうないのじゃが、もう少し考えて仕事は組めないのかのぅ……ワシ、もう三日もお菓子を食べとらのじゃが……」
手を引かれる幼女は、不満だという顔を浮かべながら抗議の言葉を口にする。そんな幼女に少女は、
「は、はははははは……一体誰のせいでこうなったと思ってるかしら、ねッ!!」
額に井形の文字を作りながら握り拳を作っていた。
「うひゃあああああ!! つ、潰れる、潰れるのじゃ!! 手を、手を放なしてくぅひゃああああ!! あ、謝るのじゃ、謝るからワシの手を!! ワシが悪かったのじゃあああああ!!」
幼女の謝罪の言葉にタメ息を吐くようにし、握り込むようにして手を引いていた力を緩める。
「まったく、元はと言えばあんたが前の仕事の途中で余計な事をしたせいでこんなにギリギリになったんでしょうが。賠償金いくらすると思ってるのよ……」
「わ、ワシは良かれと思って、良かれと思ってやっただけじゃのに……極当たり前の事をしたワシが何故怒られないといけないのじゃ……」
「……あれが極々当たり前でまかり通る、あんたの世界が私にはとても想像が出来ないよ……」
この仕事の前の事で発生した、仕事を成功した時の報酬金ではなく、賠償金と言う事実に頭を悩ませていた少女。よもや誰が報酬金を上回る多額の賠償金を請求されてしまう事を予見しただろうか。
その事実に愕然としていた少女に幼女は不思議そうに、
「そうかや? ワシのとこじゃと、割りと普通じゃったのじゃが……?」
「そんな普通の事で、何度も建物全焼させてたら私は借金で精神が普通じゃなくなるわよ。いくら《アレ》が相手でも、燃やしちゃ駄目って言ってるでしょうが……」
普通とは何だろうか。
この幼女のあまりにもズレた常識と頭を早く何とかしないといけないと思いつつ足を速めて行く。
それから二人は整備されていない森の奥へと進んで行き、足場の悪い地面に悪戦苦闘をしながらも目的地奥へとたどり着いた。
「さっそくなのじゃが、燃やしてもいいかや……?」
「……ダメ」
さっそく先程あんなに注意した事を反故にする幼女に、少女は苦い顔をしながら否定を口にする。
(まぁ、気持ちは物凄く分かるけど、分かるんだけど……)
「簡単じゃのに……」
「簡単でも駄目なの!」
「じゃって、臭いのに……」
「うぐっ、気持ちは分かるけど、駄目なものは駄目なのよ……」
そう言い争う二人の目の前には、軽く数百を超えんとする《アレ》が存在していた。
《アレ》と呼ばれる者は、何処か虚ろな目をしながらも、ゆっくりと引き摺るように行進している。
時折叫ぶその奇妙な呻き声をあげる《アレ》は、遅い歩みからも、確実に森の出口、住宅街を目指していた。
「くちゃい……」
「うん、腐ってるからね……」
「燃やしてもいいじゃろうか?」
「うん、駄目。こんな森のど真ん中で燃やしたら二次災害が起きるから絶対駄目」
肉が爛れ、周囲に強烈な悪臭を放つ二本足で進む《アレ》に、幼女は涙目ながら鼻を押さえ必至に我慢していた。
そんな時、森の奥へとたどり着いた二人の耳に、少し離れた住宅街からのアナウンスが入った。
『緊急連絡、緊急連絡!! 直ちにこの付近に残っている住民はここから避難して下さい。これは避難訓練ではごさいません、直ちに避難をお願いします!!』
それは何度も繰り返し流れる、緊急連絡の放送であった。
『残っている人は直ちにここから避難して下さい! 只今、ここら一帯の住宅街へと向かってアンデットの群れが押し寄せています! 直ちに避難をお願いします! 決して、決してアンデットの群れに近付かないようお願いします! これは現実です! アンデットにチェンソーを持って決して突っ込まないようお願いします!! お願いだから突っ込まないで!!』
アナウンスから繰り返し流れる必至の女性の声。普通ならば色々とツッコミが殺到する内容の放送なのだが、それはもう昔の事。
「いつから現実はファンタジーになったのか……」
目の前に広がるアンデットの群れ。それはゾンビ映画よろしく、人間の死体……ではなく、体長約二~三メートルはあろうかと思える位の大きな豚。二本足で歩く豚のような形をギリギリ留めたオーク擬きがいた。
「……ワシ、帰っていいかや?」
「うん、気持ちは分かるけど、逃げちゃダメ。あんなの私一人で対処するとか無理だから。……それに、元はと言えば全ての元凶はあんたでしょうが……」
今から約二ヶ月前の4月28日、平和な日本を襲ったファンタジーの襲撃事件。それはリアル世界が一気に崩壊することになった日の事であり、日本国に異世界への穴が空いた日。
その事件勃発時には二人の女性が関わっていた。
「……ワシ、帰りたい……」
「おい、どこに行くんだ元魔王様……」
魔王様襲来である。
リハビリがてらに久しぶりに書きました。