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『ツーショット』  作者: 倉科洸
5/13

ツーショット5

彼女には彼女の事情がある


それは、大人になって社会を知った今となってはよく分かる


しかし


「やあやあ、久しぶり」


彼女が僕の前に現れた

その表情はなんてことないように緩んでいて、

足元にはやっぱりあの赤いハイヒールを履いている


唐突に僕は彼女の事を抱きしめたいと思った

だが、すんでのところでやめる


「随分とじゃないか」


代わりに彼女に当てつけるように言葉を掛ける

2日も経たないうちに現れた彼女はこの1週間姿を見せなかった


「もう、会えないのかと思った」


出すつもりのなかった言葉が滑り落ちる


「そんなことはないよ」


「本当?本当に?

突然、いなくなったりしない?」


「うん、だって約束したからね」


約束…


「ねぇ、撮りにいかないの?

折角、綺麗にしてきたのに」

彼女が薄紅色のワンピースに僅かについた折り目を指先で弄りながら言う


「君は、いつだって綺麗だよ」


しまった


「わぁお」


彼女がいたずらっ子のような表情でこちらをにたにたと見つめてくる

その細く弧を描いた目が憎たらしい


「向井くんも、言うようになったね

いやー、大人になったなー」


僕は先ほどから言うことの聞かない唇の筋肉に力を入れる

今日のこいつは使い物にならなそうだ

思った事を押し留めて飲み込めやしない


彼女は、僕のそれをまるで社交辞令のように受け取ってひとしきり僕の成長を喜んでるような素振りをして僕を揶揄からかった


僕は子供の頃のように赤面する事は無かった

ただ、無感動そうにして、いいから、行くよと彼女を急き立てた


            X


彼女はどうやら、随分と疲れていたようで机に突っ伏してぐっすりと寝ていた

それは、いつもは僕の担当なのに彼女にとられてしまったので、僕も一緒に寝ようという気持ちにはなれず、ぼうとしていた


そして、いつになったら、彼女は起きてくれるのかと彼女の栄養の行き届いた黒髪の中にあるつむじを何の気無しに見つめていた


先程、廊下でたむろしていた女の子達の会話を思い出す

噂話が好きなのは、狭い排他的な共同体だけじゃない

彼女達のは、もっぱらロマンスに富んでいたが

新しく出来る総合病院の推進者である院長の息子と婚約者の話

彼女達は、2人をどこどこで見かけたとか、院長の息子が医学生で優秀な人材である事、そして、容姿の整った彼らが何ともお似合いだった事を一種の自虐を伴って話し続けている

それに夢中になって、直ぐ横で狸寝入りのようになってしまった僕の存在など目に入っていないらしい


目に浮かぶようだ

そいつは、気障ったらしく婚約者に手を差し出し、婚約者も何の不信も抱かないままそこに手を重ねるんだ

もしも、そのつややかな黒髪に花弁がひたりと止まったら、それを口実に彼女の髪に触れ、穏やかに笑みを見せながら、それを外して見せるのだろう



あぁ、そうか

遊園地はそいつと一緒に行ったんだ



ふと、その事に気づく

寧ろ何故、今までそう思わなかったのだろう

ずっと前から知っていた筈なのに


彼女は中々起きなかった

彼女が僕が起きてこないのを不満に思う気持ちの大部分に共感ができた

相手が居るのに、1人で待つ時間は何ともじれったい


しかし、僕と彼女とではそれは大きく異なる

彼女はただつまらないだけだろうが、僕はずっと見ないふりをしていた不穏な感情の兆しと真っ向から対話しないといけないのだから


       

指先が自然と伸びた

ずっと自分からは触らないと思っていた彼女の頭にそっと触れる

それは、まるで空中を漂う羽根に手を添えるようなそんなずっと繊細な動きだった


窓の外はずっと遠くの山が広がっていて、青みを失った木々達が外の寒さを物語っている

それがやけに室内の暖かさを強調させた


授業開始のチャイムがなる10分前になって彼女の正確な体内時計は作動した


伸びをする彼女に僕は一つの提案をする



再来年の春、高校を卒業したら、彼女は他の男の元に行く

封建的な彼女の家系は婚姻後、僕と彼女が会う事を許してくれるだろうか?


           X


彼女はそれを承諾し、約束してくれた


春になったら、その約束は実行される筈だった


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