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『ツーショット』  作者: 倉科洸
4/13

ツーショット4


僕が、写真で飯を食っていく事となった発端は、そもそもは彼女のお節介とでも言うべき行動である


           X


「ねぇ、この前の写真、コンクールに出しといたから」


僕はまさに今、コロッケを口に運ぼうとしている途中でその動きが止められる事はなかったが、彼女の言葉の意味を反芻したが為に、全く味が分からなかった


ーー妹が知ったら怒るだろう、昨日の夜の残りとは言え、それを作るのに大分手間を掛けていたから


「え?コンクール?僕の写真を??」


言われた内容に疑問符をつけて投げ返した僕はさぞ間抜けに見えただろう

しかし、次の瞬間、押し止められた血が巡るかのように自己の意識が脳内に駆け回る


「な、勝手に何してくれたんだよっ!!」


この前の写真、というのはつい1ヶ月も経たない頃のことだ

彼女が余りにも強請ねだるので、僕は若干の羞恥と興奮を抱きながら、彼女にならと見せたのだ


例の空き教室で僕らは昼飯を食べていたのだが、彼女は一足先に食べ終わっていた


カメラに内蔵されたデータを眺める彼女を横目に僕はまだ終わっていない食事の続きをした

彼女は特に反応をするわけでは無かったが、僕はそれが嬉しかった

変に褒められたらしたら、彼女が僕に何か気を遣っているんじゃ無いかと勘繰かんぐりそうだし、それは僕らの居心地の良い関係を破綻させかねないからだ


ーーでも、まさかそんな事をするなんて


顔に血が上っていくのが分かる


だって、それは酷く個人的な事だ

僕にとってはカメラを手にするのは、自分自身の事柄から離れてただ、シャッター越しに見る外側の世界を切り取るいわば、フラストレーションの解消だ


それは、他人の目に見られる事を考慮していない

自分の為だけの物なのだ

それを大っぴらに赤の他人に見られ、難癖つけられるなんて堪らない


彼女だから、僕はそれを渡したと言うのに


僕の中でどうすれば、涼しげな顔で事の重大性を理解していない彼女の感情を害する事ができるか激しく問答した


しかし、それも次の彼女の言葉の前では霧散してしまった


「入賞してたよ、特別賞」


「ほんとに?」


「ほんと」


意識せずに言葉が出た

そして、僕は黙ってしまった

なんて言えば良いのか分からない

そんな事言われても衝撃が2度も重ねてやって来た物だから、まだ何の感情も感慨も浮かばない


「向井くん」


それを言ったのは彼女だった


「写真家になりなよ」


僕は彼女の瞳を見ていた

僕に向けられた視線に込められた意味を模索していた

僕らはお互いをじっと見つめていた


「とりあえず」


また彼女が沈黙を破った


「賞金が出たから、新しいカメラ買おう

で、残ったお金で私にご飯をおごりなさい」


僕はつい笑ってしまった

本当は彼女なら欲しいと思えば、いくらでも叶うだろうし、食べたい物を前にして、財布が寂しいからと肩を落とすことなんてないんだ


彼女は笑い出した僕をキョトンとした顔で見つめていた


カメラで生きていくなんて、ほんの一握りの人間だ

僕にはそこに自分が含まれているとは到底思えない

それだけでやっていこうなんて危険すぎる

だったら、安定した職業について安定した収入を得て暮らした方がずっと堅実に決まっている

元々、漠然と僕が抱いていたビジョンだ

幸い、僕は成績は悪くはない



でも、僕は彼女とのにらめっこに負けてしまったようなので、彼女に従う事にした



           X

カメラを構えると

酷く孤独で

しかし、それは誰かに救いを懇願などしてはいけなくて

映る世界が全て歪んでいるような、時折、視界に薄い靄がかかったようなそんな感情に襲われた


それは、全てをあの青白い月光の色に染めてゆらゆらと揺れて実態を得ない

ちょうど白昼夢を見ているような、いや、事実そうだったのかもしれない

突如として、それらは消え、現実が飛び込んでくるのだ

車の唸り、誰かの話す声、日常に蔓延はびこる些細な音達が聴こえ、その時になって僕は先程まで無音の世界にいた事に気づく


そして、その手に握られてたそれは、知らぬ間に僕が居なかった時の世界の情景を記録している


ふと、僕は気づくと、久しく帰っていなかった生まれ故郷にいた

そこで、彼女に声を掛けられたのだ

昔と変わらない姿で僕に微笑み掛ける彼女に



僕が自分の意思でシャッターを切ったのはここ数年の間で2ヶ月前のあの桜並木が初めてだ


僕は、ちゃんとフィルター越しの世界を見つめていた

現実と共に見つめていた


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