ツーショット11
僕は、住宅地から少しばかり離れた山の斜面に作られた墓地に来ていた
櫻井裕子の言う、「あの人」に会う為だ
何故、彼がこの日ここにいるのかは知らない
櫻井裕子の命日は2ヶ月前だし、誰か親戚の墓参りだろうか
「あの人」はすぐ見つかった
他に人影などいないし、そこは僕が見たことのある場所だったからだ
彼は一つの墓石の前で手を合わせていた
「こんばんわ」
僕の声に彼は此方を向く
眉間に寄った深い皺
鋭い目つき、威圧感のある図体
彼は、僕の怯えを隠した声に、虚勢に、気づいただろうか
一度も会ったことがなく、しかし、1番にその存在を感じていた人物
「向井の一人息子か」
男は言った
僕はそれには触れない
「櫻井さんが、持っているものを頂きたいんです
それだけ、済んだら直ぐに居なくなります」
僕は一刻も早く逃げ出したいと思うと同時に、何故かこの男の事を知りたいとも思った
不思議な感覚だ
男は僕の言葉に微動だにしなかった
「君も、手を合わせろ」
僕は嫌だった
だが、そうでもしないと、彼は聞く耳を持たなそうだったので、渋々、隣に立って形だけ手を合わせた
「でかくなったな、いくつだ?」
「27になりました」
「そうか」
男はそこまで言うと、一切言葉を発しなかった
彼には人を制する雰囲気があって、僕は要求を繰り返すことができず、只々、男を待った
「これだろ」
何十分経ったのだろう
実際には5分程度だったのかもしれないが、それぐらいして男は僕にそれを渡した
そいつは、僕の手の上でころんと鎮座して、沈みかけた夕陽に反射して微かな煌めきを放っていた
「さっさと行け」
「え?」
「それの持ち主に返してやれ」
男が初めて僕と目をしっかり合わせた
その中に彼女を感じる
あぁ、この人の中にも確かに櫻井裕子がいる
「ありがとうございます」
言葉は微かに震える
僕はそこを後にした
彼が一体、何を思っているのか、何を知っているのか、全てを知ることはできない
何故、彼らは向井家の僕を差別しないのか、何故彼らは僕に向き合ってくれたのか、そして、何故、彼は向井家の墓前に立っていたのか
全ては分からない
しかし、全てを解る必要もない
僕は足を進めた
彼女のお願いはこうだ
私が昔、預かった物を正しい持ち主の元に返して欲しいの
ポケットに突っ込んだ拳の中で存在を主張する冷たい金属の塊を見た時、僕は僕の必要なことの全てを思い出した
僕は指輪の持ち主の下へと向かった