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『ツーショット』  作者: 倉科洸
10/13

ツーショット10

僕は櫻井家の門前にいた


過疎化の気配が訪れているこの地域でも、昔からの地主であった櫻井家の館は見事なものだった

四方に囲まれた高さのある木塀と立派な門が、僕らとの違いを区別しているかのようだ

直ぐにでも彼女の指示に従って駆け出したい僕を彼女は

「今日はもう遅いからダメだよ

明日の夕方頃に行ってきて」

と止めた

それでも、いてもたってもいられなくなってしまい、僕はお昼過ぎにはそこにいた


ーー正直、こことは関わりたくはなかった


逡巡しゅんじゅんする僕の背を押してくれる人はいない

覚悟を決めてインターホンさだめて指を伸ばす


「あら?お客様?」


後方から声が掛けられる

僕は僕の中の予定を狂わされた事によって酷く慌てていた

チャイムを押して、対応して、もしかしたら、そこで追い返されるかもしれない

でも、渋々中に通されたら、なるべくきちんとして不快感を与えないように……という一連のシュミレーションの事だ


「あ、どうも、こんにちわ

すいません、少々ご用がありまして」


このまま逃げ帰りたい

僕は外面ばかり上手くなって、中身は何にも変わってないんだ

臆病で内向的な子供


「あらあら」


女性は、僕を見てーー驚いた事に彼女は僕をあの特有の蔑むような目で見ることはなかった、


「あなた、向井くんでしょ

はじめまして、どうぞ中に入って」


僕は難なく、櫻井家に招かれた

 

           X


「門の前に誰かいるなぁと思ったから、驚いたわ

まさか、向井くんだったなんて」


櫻井明美はころころと響く聞こえの良い声で僕に声を掛ける

何かで表彰されたこともあるその美貌は、年齢を重ねて違った魅力を生み出しているようだ

櫻井裕子との血の繋がりを感じる


長い廊下を進む彼女の後を追いながら、僕は予想だにしない親しげな対応に混乱していた

それにまさか、初っ端から母親に出くわすとは


「あら、私、はじめましてなのに、図々しかったかしら

立派なカメラマンの方に、向井くんなんて」


「僕の事、知っているんですか?」


「もちろん、知っていますよ

あなたの写真のファンですからね」


彼女は愉快げにそう言った


ファン?

櫻井裕子の母親が、僕の写真のファンだって?


そんなはずが無い

そんなの何かおかしい

僕を嫌い憎しみを抱いているならそれはおかしくとも何とも無い

でも、何だ、彼女のそれは

まるで、僕に会うのを楽しみにしていたかのようなその態度は


「さぁ、着きましたよ」


彼女は一つの部屋の前に止まった

僕は目的地を聞かずにーー何か応接室のような所にでも通されるのかと思っていた、着いてきてた為、そこが何の部屋なのかさっぱりだった


「えっと……ここは?」


「ここは、裕子の部屋よ」


「え?」


「いいから、入って入って」


だ、大丈夫だろうか?

勝手に入って行っても

普通、こう言うのって気になるよな

僕だったら、知らぬ間に僕の部屋に櫻井裕子が居たら、もうかなり気になってしまう

掃除もしてないし


でも、この部屋の持ち主の許可を取るなんてことはできないし、何より、櫻井明美の押しが強かったので、僕は開けられた扉の中に入って行ってしまった


そこは、女の子の部屋だった

過剰な装飾は無いが、所々にあるぬいぐるみや柔らかい色合いのカーテンとベットがそれらを感じさせる

そこは、十分な広さがあったが、僕と妹の部屋よりも少し狭いぐらいの面積だった

ーーもっと広い部屋に住んでるかと思ってた



「さあさあ、そこら辺に座って」


櫻井明美は既に部屋の中央で床に腰を下ろしていてーー床に直に座り込む彼女には想像もつかなかったが、その佇まいには何処か品があった、僕も同じようにするよう催促してくる


「え?あ、し、失礼します」


よく分からないので、そのまま流されてしまう

僕はこういう人間だ


「ではでは」


彼女はガサガサと音を立てながら何かを取り出した

それはツヤツヤと照りを出している袋状のもので、彼女はそれの口をパンッと開けた


ーーーポテトチップス?


「さあさあ、遠慮しないで」


それをローテーブルに置くと、彼女は既にそこから一枚抜き取って口に含んでいた


「ポテトチップって、私、大人になってから初めて食べたのだけど、美味しいのね

元々、裕子が買ってきてくれてたんだけど、今じゃ私が率先して持ってきているの」


「…」


「スナック菓子はお嫌い?」


「あ、いえいえ!頂きます!!」


彼女が、これまた何処からか団子ーー3本入りパックに入ったみたらし団子を取り出そうとしたので慌ててチップスに手を伸ばす

そう言えば、彼女もこの味が好きだった


大人しく、菓子を口に入れる僕を櫻井裕子は何が嬉しいのかにこにこと見ていた


「向井くん」


「はい?」


「ふふ、本当にあの向井くんなのね」


「…あの、」


「うん?」


「僕の事、憎んで無いんですか?」



こんな事、言うつもりはなかった

でも、彼女の真意が見えない

居心地が悪くて、一息にそれを解消してしまおうと答えの分かっている質問をしてしまう

 

「憎んでなんかないわよ」


だから、それがとても嘘らしく聞こえた


「いいんです、言ってください

お前のせいなのに、訪ねてくるなんて何様だ

今すぐでてけって、そう言ってください」


実際、そうされたら困るくせに言葉が止まらなかった


「僕なんかに気を遣わないでください」


パリポリと音がする

「馬鹿な子ね」


彼女は呆れた目を此方に向けながら食べるのをやめない

この母あっての、あの娘だ


「向井くんは、裕子から聞いていた通りのお馬鹿さんだわ」


「彼女が?」


「まぁ、そこがいいのかもしれないけど、ところで、向井くん、何か用事があったんでしょ?」


「え?ぁあ」


櫻井明美は僕の疑問を全く意に介せず、勝手に先へ行ってしまう

僕は慌ててそれについていかなくてはならないのでおどおどしてしまう

母親と言うものはこういうものなのだろうか?

友人もいなければ、他人の家に行く事もなかった僕には判断がつかない


「その、娘さんに昔、取りに来るように言われたものがありまして」


「ふむふむ」


「掌に乗っかるほどの小さなものなんですけど、何か聞いてませんか?」


彼女の止まらなかった手がぴたりと止まった

そして、動き出す


「あぁ、あれは向井くんのだったんだ」


「え?」


「知ってる、知ってるよ

ただ、今ここには無いんだよね」


「何処にあるんです!?」


「んーー」


櫻井明美は何処か宙を見つめ、それから僕に向き直った


「まだ、教えない」

「はぁ?」


慌てて出た言葉を抑える

彼女は僕の素が出た事を面白そうに見てくる


「私達、私と裕子ね

よく、ここで女子会してたのね

知ってる?いくつになっても、女の集まりは女子会って言うのよ」


いいわよね〜、と言いながら新しく開いたポッキーを口にする

いつの間にでてきたのだろう


「ひさびさに若い子とおしゃべりしたいの

付き合って?」


強い口調なのに有無を言わせぬそれに、櫻井家の力を感じる


「え?あの…預かり物は」


パン


第二の袋が開く

一体、いくつ開ける気なんだ


「ねぇ、いいでしょ?」


僕は結局、彼女の勢いに押されてしまった

僕はこういう人間なのだ

彼女はそれから、僕に職種のことからかなりプライベートなことまで広範囲に渡って質問をしてきた

次第に僕は面接でも受けているように思えてきて、その頃には抵抗する事を忘れ、淡々と質問の山をこなしていった


彼女のお菓子の手が止まったーーつまり、ストックは尽きたようだ、頃には窓の外が夕暮れ色に染まっていた


「じゃあ、教えてあげるね」


櫻井明美がそう言った時、僕は度重なる質問ラッシュで疲弊していて一体何のことだと一瞬、思考を巡らした


「あ、よかった、教えてくれるんですね」


「当たり前でしょ、私がただただ、暇だから娘の友人をお茶に付き合わせるおばさんに見えた?」


「…」


「この時間にならないと何処にいるか分からないからなのよ、決して、私があなたのことを面白がって引き止めたんじゃ無いのよ

あの人、何があるのかいっつも忙しいから」


「あの人?」


「そう、

あなた、運が良かったわね

今日のこの時間だけはどこにいるか分かるわ」


彼女はにこっと笑う

その笑みは娘の無邪気なそれによく似ていた


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