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「今日は初仕事お疲れ様です~。こちらが今晩の宿泊施設ですよ~」


 すっかりと日が落ちた頃、ルミアさんに案内されて洞窟付近の街にある宿屋に向かう。


「こちらこそ、お疲れ様です。宿の手配まで、ルミアさんには何から何まで頼りっぱなしでとても助かりました」

「いえ、これが私たちの仕事ですから~。それにしても、ソアラ様はやっぱりすごいですね~。聖女様なのに、剣術もあんなにお強いなんて。さっきの戦いぶりを見て、びっくりしました~」

「いえいえ、私の剣技など以前の仲間と比べたら全然ですよ」


 勇者ゼノンのパーティーでSランクスキルを持つ剣士アーノルドさん。

 彼のように私は岩山を砂山に変えるような芸当はできない。


「私からするとソアラさんは剣の達人にしか見えませんが、そうなんですね~。……それじゃあ、部屋に行きましょうか~」

「はい」


 私はルミアさんについて行く。

 そして、最上階にあるなにやら豪華そうな扉の前にたどり着いた。


「わあ、綺麗なところですね」

「ここは街の高級ホテルですからね~。最上級の部屋を用意してもらいましたよ~。シャワーという最新の魔道具がついているバスルームも完備です!」

「そ、それは申し訳ないですね……」


(そこまでしてもらうなんて、本当にいいんでしょうか……? 依頼でもらったお金とか足りますかね……?)


「いいんですよ~。このくらいしないと、私がマネージャー失格になってしまいますので~。ギルドマスターからも絶対にソアラ様に不自由をさせるなと仰せつかっておりますから~」

「そ、そういうことなら、ありがたく使わせていただきますね」


 私は恐縮しながらも、部屋の中に入る。


(こっちの世界に来て、こんな豪華な部屋に泊まるのは初めてかもしれません)


 私は少しドキドキしながら、室内を見回す。


「ベッドも大きくてふかふかだし、すごく快適そうです」

「ふふふ、この宿で一番広い部屋なんですよ~。汗もかいていると思いますので、お風呂なんか入られたらどうですか~?」

「いいですね。シャワーもついているなんて、素晴らしいです」


 この世界には前の世界にあったような機械式のお湯が出る装置は存在しない。

 しかしながら魔道具という魔法の力を持つ道具によって似たようなものが開発されていたりするので、冒険をしていて驚かされることが度々あった。 


 前世の知識があるからこその驚きである。

 シャワーもその一つ。もしかしたら、私のように転生した人間が魔道具開発をして発明したのかもしれない。


「温かい。前世ではこんな贅沢が当たり前の生活だったんですよね」


 シャワーを浴びながら私は疲れを癒やす。

 降り注ぐお湯を浴びるということが、こんなに気持ちいいなんて……前世の世界の(ソアラ)は思ってもみなかったことだろう。


「お背中をお流ししましょうか~?」

「ひゃあっ!?」


 突然、背後から声をかけられ、私は飛び上がるほど驚いてしまった。

 振り返るとそこには一糸纏わぬ姿のルミアさんがいる。

 ええーっと、これはその……。私は混乱してしまい顔が熱くなる。


「ど、どうしてここにいるんですか……?」

「私はソアラ様のマネージャーですから~。たとえ火の中、水の中、どこまでもお供します~」

「そういうものなのですか?」

「はい、そういうものです~」


 まぁいいか。ルミアさんも女の子だし、別に変な気持ちがあって入っているわけではないのですから。

 それにしても彼女の濡れた銀髪、すごくきれいだ……。まるで雪の結晶みたい。


「えっと、それじゃあお願いします……」

「任せてください~。さあさあ、まずはお体を洗いますよ~」

「あの……自分で洗えるので大丈夫ですよ?」

「ダメです! ソアラ様はお疲れですから、しっかりとケアしてあげないと~」

「わ、わかりました……」


(お世話になっている身ですし、断るわけにもいきませんよね……)


 私は観念して、ルミアさんに身を預けることにした。


「えへへ~。ソアラ様って肌がスベスベしてて、触り心地抜群ですね~」

「そ、そんなことは……ないと思うんですけど」


(くすぐったい……。でも、なんだかマッサージされているようで気持ちよくて……。ああ、眠ってしまいそうです……)


 私はうとうとと意識が遠のきそうになる。


「それじゃあ、次は頭を洗いますね~」

「はい、お願いします……」

「ふふっ、目を閉じていてくださ~い」


 ルミアさんに言われて、目を閉じる。


「それではシャンプーを使って、髪を泡立てていきますね~」


 ルミアさんの手つきはとても優しくて、丁寧に私の頭皮を撫でるように洗ってくれる。

 こっちの世界のシャンプーはなんというか香料が独特でミステリアスな香りがするが、慣れると不快なものではない。

 しかも数日洗わなくてもいい匂いがするし頭や髪を汚れから守ってくれる効果もある。


「んっ……あっ……」

「どうかされましたか~? どこか痒いところでもありましたか~?」

「い、いえ、な、なんでもありません。続けて下さい」


 いけない、いけない。あまりに快適でちょっとだけはしたない声が出てしまった。

 私は恥ずかしくて頬が熱くなるが、ルミアさんは特に気にしている様子はない。


(こういうことには慣れているんでしょうかね……)


 少し複雑な気分になりながらも、ルミアさんの優しい手付きを感じながらされるがままになっていた。


「これでよし~と」

「ありがとうございました」


 私はルミアさんに感謝の言葉を伝える。

 彼女の指の力加減は絶妙で本当に気持ちが良かった。


「いえいえ~。それじゃあ、今度は私も一緒に入りますね~。お隣失礼しま~す」

「はい、どうぞ……」


 そして私たち二人は並んで、湯船に浸かる。

 ああ、これは丁度いい湯加減だ。極楽、極楽……。 


「ふぅ……」


 私は小さく息を吐いて、肩まで湯の中に沈める。

 すると、全身の筋肉が解れていくような気がした。 


「こうしてお風呂に入ると心が落ち着くといいますか、ほっとする感じがありますね」

「ふふ、ソアラ様のお体を見て思ったのですが、やっぱり旅をされて鍛えられているだけあって、引き締まった良い身体をしていますね~。女性らしい柔らかさとしなやかな強さを兼ね備えたような理想的なスタイルです~」

「そ、そうですか?」


(まぁ確かに、前世の自分と比べるとこの体は恵まれているのかもしれません。前世は痩せ型で、胸もなかったですし……)


 自分の胸に視線を落とす。

 この世界では前世よりも、発育がいいからなのか……日増しに大きくなってきたような気もしないでもない。 

 トレーニングして体を鍛えているのだが、なぜそっちの成長が著しいのか謎である。


「ソアラ様はお綺麗で羨ましいです~。私なんてこんな体型ですからね~」


 そう言って、ルミアさんもまた胸部を気にするかのように視線を落とした。

 その仕草は少し扇情的で、私は思わずドキッとしてしまう。


「そんなことないですよ。ルミアさんも十分魅力的です」

「えへへ、ソアラ様に言われると嬉しいですね~」

「それなら良かったです……」


 そんな話をしながら、私たちはしばらくゆったりとお湯を堪能していた。


「あー、気持ちよかったです~。お湯加減もちょうど良くて最高ですね~」

「はい、本当に。ありがとうございます」 


(なんか、今日は人に甘えてばかりだなぁ……。でも、不思議と嫌な気持ちはしないんですけど……)


 それから、体をタオルで拭いて私たちは二人でお風呂を出た。

 なんだか生き返った気分。前世の記憶を取り戻したときよりも……。


「お疲れ様でした~」

「お待たせしました。それじゃあ、寝ましょうか」


 私は寝間着に着替えて寝室に行き、ベッドの中に入る。

 すると、ルミアさんが私の横に潜り込んできた。 


「えへへ、万が一の危険がないように添い寝させていただきます~。もちろん変なことはしませんよ~」

「わかっています。信頼してますから」


(それにしても、同じ布団の中で誰かと一緒に眠るのっていつ以来だろう……。すごくドキドキします……)


 私が緊張しながら横になっていると、ルミアさんが話しかけてきた。 


「ソアラ様、一つ聞いてもいいですか?」

「なんでしょうか?」

「どうしてソアラ様はフリーターになろうと思ったんですか~? 普通にパーティーに所属したほうがお得だとギルドマスターも仰っていましたが~」


 ルミアさんはギルド最強のパーティーに加入しないかというギルドマスターの提案を断った件について尋ねてきた。

 そうなのだ。実は彼女がマネージャーになったあとすぐに私はギルドマスターに呼ばれている。


 そしてそのパーティーへの加入を熱望された。

 でも、私はそれを断ったのだ。どうしても特定のパーティーで仕事をする気にはなれなかったのである。


 おそらくルミアさんはそのときに、ギルドマスターの提示した契約金が、フリーターのそれよりも倍以上の金額だったので不思議に思ったのだろう。


「気乗りがしなかったのは事実です。前のパーティーを辞めさせられたのがトラウマになってしまいまして」

「なるほど~。それで、ソロでの活動を希望されているわけなんですね~」

「そういうことです」

「わかりました~。では、今後は私から勧誘しないようにと強く言っておきますね~」

「はい、よろしくお願いします」


 本当にルミアさんは素直でいい子だ。

 彼女が側にいてくれて、私の心はかなり軽くなっている。


「それではそろそろ眠りにつきましょうか~」

「ええ、おやすみなさい……」

「おやすみなさ~い」


 ルミアさんの声を聞いているうちに、私の意識は次第に薄れていった。

 これが私が初めてフリーターとしてお仕事をした最初の日の出来事。

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