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ふわふわする。まるで雲の上に乗っているみたい。
なんだかいい匂いもしてきたし。これはなんだろう? 花のような甘い香り。
ああ、これって天国なのかな? 十字架や彫刻が飾られていて教会みたいな雰囲気だし……。
お父さん、お母さん。ごめん、私死んじゃったみたい……。
「ったく、なにをボーッとしていやがる。ソアラ、お前が聖女になったって聞いたからわざわざ迎えにきてやったんだぞ」
「えっ? あ、あなた誰ですか?」
声をかけてきた男性は、日本人にはとても見えなかった。
彫りが深くて鼻が高く、赤髪碧眼で整った顔立ちをしている。
ハリウッドスターかな? こんな濃い顔の知り合いいないんだけど……。
私を迎えに来たってどういうこと? それに、ここはやっぱり教会なんだろうか?
「おいおい、僕を忘れるとか寝惚けてんのかよ。昔、孤児院で鈍臭いお前の面倒をみてやったじゃないか。まさか、この勇者ゼノン様を忘れたとか言うんじゃないだろうな?」
「すみません。本当に……、えっ? 勇者? ゼノンさん? ううう、頭が……痛い……」
その名前を聞いた私は激しい頭痛に襲われる。
あれ? そうだ。私はこの人の知り合いだった……。
この方は確かゼノン。ゼノン・グランクラン――私と同じ孤児院で育った幼馴染だ。
私には親がいなくて、ずっと孤児院で生活していて、今はこの教会で毎日お祈りして過ごしていたのに……、なんで一瞬全部忘れていたんだろう。
彼とは今日、ここで会う約束もしていた。それすら忘れていたなんて、なんだか変だ……。
(おかしな夢のようなものを見たせいでしょうか。ですが夢の中でも“ソアラ”と呼ばれていたような……)
友達と受験勉強をして……、それから交通事故に遭って、死んだ夢。
妙にリアルだった。あれは……まさか。
(私の記憶……ということでしょうか。まさか前世の記憶?)
ようやく冷静になった私は、トラック事故に遭った女子高生の記憶について考えてみる。
あのソアラは前世の私で……死んでしまったあと勇者や聖女がいる異世界に転生した。
かなり漫画やアニメみたいな展開だけど、そう考えるとしっくりくるから仕方ない。
漫画やアニメという言葉がスルッと思い浮かぶのも前世の記憶の影響だろう。
(ですが、どうしてこのタイミングで思い出したのでしょうか)
「おい! ソアラ、お前どうしたんだ?」
私の目の前で怪訝そうな顔をしているゼノンさんが、私に声をかけてくる。
彼は私と同じ孤児院にいたのだが、ある日勇者としての天啓をこの教会で受けて、旅立って行ったのだ。
『誰もが僕を馬鹿にしないくらいすごい英雄になってやる!』
満面の笑みで孤児院を出て行ったのが一年前。
その自信も頷ける。
彼は昔から天才肌で、勇者としての資質だけでなく冒険者の中でも数千人に一人しか覚醒しないというSランクスキルにも覚醒した稀有な才能の持ち主だからだ。
彼はいずれ魔王を倒して英雄になるだろう。
鈍臭くて、気が弱い私と違ってそういう星のもとに生まれた人だから……。
「ゼノン、さん。すみません。ちょっと頭が混乱していまして。大丈夫です。ちゃんとあなたのことは覚えていますから」
「おいおい、しっかりしてくれよ。……しかしまさか鈍臭くてダメダメだったお前が聖女として天啓を受けるとはな。まー、馬鹿みたいに毎日お祈りやらしていたからかもしれないが」
「そ、そんなこと言わなくてもいいじゃないですか!」
昔から彼は口が悪い。そういうところはあまり好きではなかったが、勇者として仲間を集めている彼は古巣で私が聖女になったという話を聞きつけてパーティー勧誘にきたのだ。
「で、お前はどんなSランクスキルに覚醒したんだ? 今、僕はSランクスキルを修得したいわゆる“覚醒者”をパーティーに入れていてな。ようやく二人集まったんだ。お前で三人目になるが」
「私はSランクスキルには覚醒していないんです。だから……」
「おいおい、マジかよ。お前が? だって、お前には聖女の天啓があっただろ?」
「それは……、ありましたけど」
そう……、私は聖女にはなったが“覚醒者”ではない。
確かに聖女として目覚めた者の多くは勇者と同様に“覚醒者”となるものが多いらしいが……私はそうではなかった。
「ふーん。まぁ、どこかで聞いた話だが遅れて覚醒するケースもあるらしいし。なにより聖女ってだけでもネームバリュー的には十分だ。よし、お前を栄誉あるこの勇者ゼノンのパーティーに入れてやる。こんな辛気臭い教会から出て、英雄になるぞ」
「えっ? ちょっと待ってください! まだ私は心の準備が……!」
「うるせぇ! もう決定事項だ! さぁ、行くぞ!」
強引に腕を引っ張られて教会の外に出た私。
昔からこの人は全然変わっていないな……。
でも、まぁいいか。鈍臭くてダメダメな自分だったのは事実だし、怖い気持ちもあるけれど冒険者になるのも悪くない。
前世の私は結構こういう刺激的な人生に憧れていたし……、頑張ってみよう。
こうして私は刺激的な人生という前世の夢を異世界で叶えようと冒険者の道を歩みだしたのだった。
せっかくだから色んなことを経験したいよね。剣や魔法はもちろんだけど、もっともっと色んなことを覚えて、パーティーの役に立てるようにしよう。
(問題はSランクスキルに覚醒できるかどうかですが……、もしダメだったとしても足を引っ張らないように自らを鍛えなくてはなりませんね)
――その思いを胸に、常に努力の研鑽を怠らなかった私はそれなりに自分の力に自信が持てるようになっていた。
だが、パーティーに入って二年後の昼下り。私はゼノンさんから、とんでもないことを聞かされるのである。