19
翌朝、目を覚ますと体がびっくりするほど軽くなっていた。
(エリスさんのお薬のおかげですね)
包帯を外してみるが、傷口は完全に塞がっている。
これなら明日には完治しているだろう。
昨日は色々あったけれど、エリスさんと仲良くなれたのは良かったと思っている。
「さて、朝食を食べましたらエリスさんを誘って買い物にでも行きましょう」
私はそう呟くと、着替えをして部屋を出るのであった。
「おはようございます、ソアラ先輩」
食堂に行くと、そこにはすでにエリスさんの姿が見える。
どうやらすでに朝食は食べ終えているみたいだ。
「おはようございます、エリスさん。早いんですね」
「はい。ソアラ先輩、包帯を取っていますが怪我の調子は大丈夫なのですか? わたくし、ずっとそれが心配でして」
エリスさんは私の体を気遣ってくれていたようだ。
「えっと、その、今朝起きたときにはもうほとんど痛まなかったんですよ。だからこうして動けています。きっとエリスさんの薬がよく効いたおかげです」
「そうだったのですね。安心しましたわ」
「それで、もし良ければこの後、王都の街へ一緒に出掛けませんか? 昨日、お約束したばかりで恐縮ですが」
私はエリスさんに提案する。昨日は怪我がいつ治るかわからなかったので曖昧な返事をしたが、この感じなら出かけるくらいなんともなさそうだ。
「はい! 喜んでご一緒させていただきますわ! あぁ、楽しみです」
彼女は嬉しそうな笑みを浮かべる。
まさかこんなに喜んでくれるとは思わなかった。
「ふふっ……。私もですよ」
私はエリスさんの言葉に微笑む。
そして、私達は食事を終えると外出の準備をした。
(街中なので戦闘はないかと思いますが、念のため剣は持っていきましょう)
街に出るとエリスさんは一層楽しそうな顔をした。
私もそんな彼女を見て明るい気分になる。
「ソアラ先輩! 見てください、この服。可愛いと思いませんか?」
「ええ、とてもよく似合ってますよ」
「うぅ、ソアラ先輩にそう言ってもらえると嬉しいですわ!」
私達はそんな会話をしながら王都を歩く。
エリスさんはいつもと違って可愛らしい服を着ており、私もなんだか新鮮な気分になった。
さすがは貴族のご令嬢。おしゃれにも気を遣っている。
「あの……ソアラ先輩。よろしかったら手を繋ぎませんこと? 実は憧れていましたの」
「えっ? 手を、ですか? ……いいですよ」
(貴族の中ではこういうのは当たり前なのでしょうか? 嫌ではありませんが少し驚きました)
変わった提案をすると思いつつも、私はエリスさんの手を握る。
彼女の手はとても柔らかくて温かかった。
「えへへ、嬉しいです。一生の思い出にしますわ」
(本当に変わった方ですね……)
エリスさんはとても幸せそうに微笑んだ。
そんな彼女につられて私も笑顔になる。
その後、私達は色々な場所を見て回った。
雑貨屋さんでは小物を見たり、お菓子を買ったりした。
武器屋さんに行ってみると、エリスさんが真剣な表情で剣を見ている。
「剣にご興味がおありですか?」
「はい。先輩が聖女なのにもかかわらず剣をお使いになるので、わたくしも……、と考えておりました」
「なるほど……。確かに魔法だけでは心許ない場面もありますものね。私は少しでもパーティーの手助けをという理由で覚えましたが……」
魔物の中には魔法耐性のある個体も存在するため、接近戦ができるに越したことはない。
「剣を持ってみますか?」
私が店員さんに声をかけると、お店の奥へと案内される。
「こちらの商品などはいかがでしょう」
そう言われて差し出されたのは、一振りの片手用直剣だった。
私が使っている剣とほとんど同じサイズである。
「お、重いですわ……、ソアラ先輩はこんなに重たいものを振り回しているんですの……? 信じられません」
エリスさんはその重さに耐えかねているのか、手がプルプル震えていた。
無理もない。こんな鉄の塊、初めてならば誰でもそうなる。
「慣れればある程度は自由に使えるようにはなります。ただ、無理して持つ必要もないと思いますよ。その剣は初心者には向いていないようですし」
「そうですか……。残念ですわ」
エリスさんが悲しげな顔をしたので、私は何か別の剣を探すことにした。
「この辺りのはどうでしょう。護身用の短刀です。軽くて扱いやすいですよ」
私は小さなナイフのような得物を購入してエリスさんに渡した。
これも先ほどの剣と同じくらいのサイズだが、こちらは刃渡り二十センチ程度しかない。
これならエリスさんでも扱えるだろう。
「ちょっと外に出て練習してみましょうか?」
「わ、わかりました。やってみますわ」
エリスさんは意を決すると、ゆっくりと構える。
先程とは違って軽いので安定感はあるようだ。
「こうやって持ったほうがいいですよ」
私はエリスさんの手を握りながら、その持ち方をレクチャーする。
彼女は恥ずかしそうだったが、私の言う通りにしてくれた。
「こ、これで大丈夫ですわ。……あら? 意外に簡単ですわね」
「ええ、コツさえ掴めば難しくありませんよ。あとは練習あるのみです。収納魔法!」
私はそう言いつつ、自分の短刀を振ってみることにする。
エリスさんが見守る中、素振りをしてみた。
「ふぅ、それでは……ちょっとだけ実戦でどう使うのかお見せしましょう。このように構えてください」
「は、はい。こうですかね?」
私はジェスチャーを交えて、短刀を構える。
するとエリスさんもこちらの真似するように構えた。
「行きます! はぁっ!」
私は気合いを入れて、エリスさんに斬りかかる。
「ひゃっ!?」
エリスさんは驚いて尻餅をついてしまった。私は慌てて駆け寄る。
少し気合を入れすぎたみたいだ。
「すみません、驚かせてしまいましたね。怪我はないですか?」
「あ、ありがとうございます……、ソアラ先輩。みっともないところをお見せして恥ずかしいですわ……」
エリスさんは赤面しながら立ち上がる。
よほど恥ずかしかったのか私と目を合わそうとしない。
「いえ、そんなことはありませんよ。最初は誰だってあんな感じになります。私も初めて短剣を手にした時は似たようなものでしたから」
「ソアラ先輩が……? ……そういえばこの剣のお金まだお渡ししていませんでしたわ。おいくらでしょうか?」
「えっ? お金などいりませんよ。お薬のお礼です。プレゼントさせてください」
「そ、ソアラ先輩がわたくしにプレゼントを? う、嬉しいですわ。涙がでてきましたの」
(……な、泣いてる!?)
エリスさんの目からは大粒の涙がこぼれていた。
私はハンカチを取り出すと、彼女の目元に当てて拭いてあげる。
「ほら、泣かないでください。せっかく可愛い顔が台無しですよ?」
「はい……、ぐすん。あの、わたくし頑張りますわ。頑張ってこの剣を使いこなしてみます」
エリスさんが決意を新たにしているので、私も応援することにした。
「ええ、一緒に頑張りましょう。わからないことがあったら聞いてください。私以外にもローラさんは剣の専門家ですからもっと詳しいですよ」
「はい、頼りにしています。先輩……」
彼女は笑顔を見せてくれたので安心した。
泣き出したときはどうしようかと思ったが、楽しそうにしているのでホッとする。
「ソアラ、私の名を呼んだか?」
「ひゃっ!? ろ、ローラさん。いつの間に……?」
「今来たところだ。エリスもいるのだな。二人共、武器屋の前で何をしていたんだ? 随分仲良さげに見えるぞ」
そう言われるとなんだか照れ臭い。
エリスさんも同じ気持ちなのか頬を染めていた。
「エリスさんが剣に興味があると仰るので、短刀の使い方をお教えしていたんですよ」
「なるほどな。そういうことか。……ふむ、それで手取り足取り教えていた、と」
なぜかローラさんは意味深な視線をこちらに送っている。
えっと、それはどういう表情? 私はどうしたらいいかわからず固まってしまう。
「あ、あの、ところでローラさんはどうしてこちらにいらっしゃいますの?」
そんな変な空気を察してか、エリスさんは話題を変える。
そういえば、そうだ。ローラさんがこちらにきたのは偶然なのだろうか……。
「あ、ああ、そうだった。……ソアラ、あのベリルという魔族を覚えているだろ?」
「はい、覚えていますよ。リディアーヌ殿下の命を狙ってきた、彼ですよね?」
「そうだ。あの男の隣にいたアストという魔族の少女。さっき、エレインたちと歩いていたら見かけてな。それを知らせるためにあなたを探していたわけだ」
私は驚いた。まさかこの王都に魔族が侵入しているなんて。
やはり予知能力があるという殿下を狙ってきたのだろうか。
「リディアーヌ殿下に危険が迫っているかもしれませんね……」
「ああ、エレインとルミアが尾行している。やつは空を飛べるから追跡しきれない可能性が高いだろうが……」
「わかりました。私も探します!」
私はそう言うと、すぐに店を出ようとする。
だが、その腕をエリスさんが掴んで止めた。
「待ってください! ソアラ先輩はまだお怪我が完全に癒えていませんの。危険ですわ」
「大丈夫ですよ。これくらい平気です」
私はそう言って立ち去ろうとするが、また止められてしまった。
「いけませんわ。無理をしては治るものも治りませんもの」
「うっ……、でも……」
確かにエリスさんの言っていることは正しい。
私はしぶしぶ引き下がることにした。
「ソアラ、エリスの判断が正しい。それにエレインやルミアにも深追いはするなと言っている。私たちは宿に戻って彼女らの帰還を待とう」
「そうですね……、わかりました」
こうして私たち三人は宿屋に戻ることになった。