16(ゼノン視点)
「んっ……、た、助かったのか? 僕は――」
目を覚ました僕は真っ白い天井と対面する。
ベッドの上に寝かされたということは僕は助かったということ。
氷の女王ケルフィテレサとタイマンを張った結果――僕は紙一重で負けてしまい、氷漬けにされてしまったのだった。
(また負けてしまった。くそっ!)
まぁ、命が助かったのだ。助かりさえすれば、また氷の女王に挑戦出来る。
天才である僕が諦めずに立ち上がれるのは、あれを倒せるのは僕しかいないと確信してるからだ。
さて、こうしてはいられない。もう一度、氷の魔城を攻略する手立てを考えないと。
「あー、やっと起きた。待ちくたびれたわよ。あんた、丸一日ずーっと寝てたんだから」
「ゼノンは手酷くやられてたからな。凍らされただけの某らとは違うだろう」
リルカ! アーノルド! 無事だったか。
何という奇跡だ。あの絶望的な状況から良くぞ助かってくれた。
これは僕にようやく運が向いてきたか?
見える! 見えるぞ! 勝利の女神たちが僕に寄ってきているのが!
イケる! 次は絶対にイケる! 絶対にイケるヤツだぞこれは!
「よしっ! さっそく、作戦会議だ。リルカ、マルサスは無事だったのか?」
「マルサス? ああ、アイツなら無事だったけど――もう居ないわよ。死にかけてビビって逃げちゃった」
リルカはマルサスの話を振ったら、あの男は逃げたと答える。
ふーむ。思ったよりも気弱な男だったか。
エリスといい、マルサスといい、脆弱な精神しか持たぬ者が多いのは困る。
「そ、そうか。じゃあ、仕方ないな。わかった、人員の補充は考えておこう。では、次に氷の魔城を攻略するにあたって準備する事だが――」
「…………」
「…………」
「んっ……? どうした? 黙り込んで……」
なんだ、なんだ。折角、リーダーの僕が復活をしたというのに元気ないなー。
こういう時こそ鼓舞せねばならぬし、流れが変わったことを喜ばないと……。
「氷の魔城は攻略する必要がなくなった。非常に残念なことだが……」
「はぁ? あのな、僕はアルゲニア国王から魔王の幹部を倒せと言われているんだ。一番、攻略できる可能性が高いのは氷の魔城のケルフィテレサだろ? なんせ何度もチャレンジした経験があるのだからな」
アーノルドのやつ、いつからそんなに消極的になった?
僕らには時間が無いのだから、すぐさま攻略に向かうしかないのだぞ。
アホな冗談を言うなら、時と場合を――。
「もう攻略されちゃったのよ。私たちが気絶してたうちに、ね」
「はァァァァァァァァァァっ!?」
ちょっと待ってくれ。状況が追い付かなくなってきた。
氷の魔城が攻略されただとぉ!? そんなバカな話があるか!?
それじゃ、僕がバカみたいじゃないか。
「一体、どこの誰が――?」
「ソアラよ。あの人のパーティーがケルフィテレサを倒したの」
「はァァァァァァァァァァっ!?」
馬鹿な、そんな馬鹿な……。あんな多少器用なだけの女がどうして……。
だってソアラだぞ。僕たちと違って脆弱なスキルしか持ち合わせていないのに。
僕らよりも弱いのに……。僕らが何度も挑戦した氷の魔城をどうやって攻略する事が出来るのだ?
(理解不能だ……、まったくもって理解できん)
「ちなみに私らを助けてくれたのもソアラのパーティーね。新しくエリスが入ったらしいわよ」
「某らは自らが嘲笑い、中傷した相手に確かに助けられた。人間としての器の違いがよくわかる。……ソアラは真に聖女だったのだろう」
ちょっとお前たち、何をソアラに感謝なんかしてるのだ。
あの女は敵だぞ? 不正を疑うのが本音のところだろ。
だが、それを考えても仕方ない。氷の魔城以外にも魔王の幹部の住処は――。
「まぁ、切り替えていくしかないか。お前ら、ここからが正念場だと思って、他の魔王の幹部を狙うとしよう。どこが良いと思う?」
「…………」
僕はとにかく不愉快なソアラの話題を変えることにした。
魔王の幹部の居城はあそこだけじゃないし、もしかしてケルフィテレサよりも弱っちいやつがいるかもしれん。
どうした? 何故、黙っている? 何か話せよ。
「ゼノン、本当にすまぬが某はパーティーを抜けさせてもらう」
「アーノルドに同じく、私も辞めるわ。このパーティー」
「はぁ? あはははは、冗談だろ? おいおい、待ってくれよ」
あまりにも真剣な表情に僕は一瞬びっくりしたけど、こいつらドッキリみたいなのが好きだったな。
そういうノリは作戦会議後にしてくれよ。
「本気よ、ゼノン。私たち、気付いたのよ。馬鹿にしまくっていたソアラに助けられて。自分たちが如何に傲慢で、あの子にどれだけ酷いことをしたのか」
「人の道を踏み外して畜生に落ちていたのは自分たちだったとな。恥じておるよ。そして冒険者失格とも思っている」
「お、おい! どこに行く!?」
病室らしき部屋のベッドに横たわる僕を尻目にリルカとアーノルドはどこかに行ってしまった。
嘘だろ? 冗談だろ? 僕はたった一人になったのか。
なぜ、何故なんだ。なんで、誰も僕に付いてきてくれないんだよ……!
◇
「おい、聞いたか? 聖女ソアラ様のパーティーが難攻不落の氷の魔城を攻略したんだそうだ」
「へぇ、そりゃ凄い。アルゲニアの勇者が何度も何度も失敗してるっていう難関なんだろう?」
「単純に勇者が弱すぎたんじゃねーの?」
「かもしれないわ。だって、聖女様って元々勇者様のパーティーにいたらしいし」
何なんだ、この地獄みたいな世間の噂は……。
まるで、氷の魔城が大したダンジョンじゃなくって、僕が弱いから全滅しまくってたみたいじゃあないか。
そして、ソアラが僕よりも有能で強いみたいじゃないか。
「理不尽すぎるっ!!」
「「――っ!?」」
「お、おい……、あいつ勇者ゼノンじゃないか?」
「今の話を聞かれた?」
「構うことはねーよ。本当のことだし」
「そ、そうね。弱い勇者が悪いのよ。私たちの税金を使って冒険してるんだし」
「はは、そりゃあそうだ」
酒場の噂好きのクズ共は僕の存在に気付いても陰口を叩かなくなるどころか、嘲笑してきた。
こいつら、その辺のギルドに所属してる底辺冒険者だろ? 宮仕えである、この僕が絶好調のときはペコペコしてたのに、調子が落ちるとこの態度か……。
畜生! 畜生! 畜生! 畜生! チクショー! チクショー! チクショー! チクショー! ちっくしょおおおおおおおおおっ!!
底辺のクセに僕を見下しやがって!
まるでソアラの方が僕よりも上みたいな噂を流しやがって!
こんなにも屈辱的なことってあるのか!?
こんなにも勇者たる僕が貶められてもいいと思ってるのか!?
リルカも、アーノルドも、僕のことを見限って裏切りやがった。
ソアラに謝りたいと手のひらをひっくり返しやがった。
Sランクスキル持ちというのは選ばれし特別な存在なのに、あの凡庸で格下の劣等聖女に頭を下げたいだのと、日和ったことを言うとは思わんかったぞ。
「イライラする……」
「お兄さん。欲求不満って顔をしてるわね。私が良いことしてあげよっか?」
マズい酒を延々と飲んでいたら紫色の長い髪をしたガキが話しかけてきた。
年齢は十歳くらいだろうか? どこの娼婦から習ったのか知らないが、こんなクソガキにも僕はナメられているってことか。
「ったく、ガキがこんなところにくるんじゃない。どっかいけ! 僕はイライラしているんだ」
「ふふ、私はガキじゃない。アストっていうの。ねぇ、お兄さん。力が欲しくない? Sランクスキル何かよりも素敵な力……、あの聖女ソアラをギャフンと言わせる力なの」
「……Sランクスキル以上の力?」
なんだ、このガキ。Sランクスキルよりも強力な能力などあるはずがなかろう。
ガキのいうことにマジになるのは大人気ないが、まぁまぁ苛つく。
だが、こいつソアラの名前まで出してどういうつもりだ? どこの娼婦のガキだ……?
「悪いがガキの戯言は――」
「死神ノ唄……!」
「なっ!? あ、頭が締めつけられる……!」
僕がアストとかいうガキを振払おうとすると、このガキ――不快な音をいきなり放ってきた。
どう形容していいのか。言葉のようで、言葉ではない、声。
それが途轍もなく不快なのだ。頭が締めつけられて、壊れてしまうような……。
「がはっ……」
「ぐふっ……」
「ごほっ……」
酒場の人間は漏れなく頭を手で押さえながら、悶え苦しみ一人残らずその場に倒れる。
耐えているのは僕だけだが、僕の意識もそろそろ限界を迎えそうだ……。
「ふふ、お兄さんの悪口を言ってた人たちを~~、全員殺しちゃったの。どう? 魔族のスキル、死神ノ唄の力は。ベリルお兄様はよく褒めてくれたの。ソアラに殺されちゃったけどね」
「魔族のスキルだと……!? 今のはSランクスキルとは違った禍々しさがあった……」
このガキ、まさか魔族なのか? 完全に酔いが醒めた今ならわかる。とんでもない魔力の持ち主だ。
こいつ、僕の意識もその気になれば奪えたはずだ。
あくまでも、酒を飲んで油断していた僕のって意味だが……。
声を聞かせるだけで人間の命を奪う能力――確かに強力だ。
この僕にそんな力があれば……、氷の女王にも負けることはなかったし、ソアラなどのパーティーに遅れを取ることはなかっただろう。
「この力、本当はベリルお兄様の許可なしには使っちゃダメなんだけど。お兄様は死んじゃったから好きに使うことに決めたの。ねぇ、お兄さんが魔族のスキルを得たら……ソアラを殺してきてくれる?」
「ぼ、僕に力をくれるってことか? 兄の仇であるソアラを殺すという条件で……」
「そういうことなの。お兄さん、頭いいのね。あのお姉ちゃん、傷ついてボロボロらしいの。殺すなら本調子じゃない今がチャンスなの」
「くっ……」
パワーアップ――なんて甘美な言葉だろうか?
Sランクスキル以上の力なんて考えてもみなかった。
今よりもずっと強くなれば誰も僕のことをバカにしない。
ソアラよりも、あの凡庸な劣等聖女よりも、上だってことは死んでも証明せねばならぬし。
「面白い……! そんな力が本当にあるなら――そんな力が本当に貰えるなら、貰ってやる」
「うふふ、いい返事貰っちゃったの。じゃあお兄さん、人間やめる覚悟ある?」
「はぁ……?」
人間をやめるだと? 何言ってるんだ? このガキ……。
いや、このガキは魔族。それは文字通りそういうことなんだろう。
「だってお兄さん、魔族のスキルって魔族だから覚えられるんだよ。ねぇ、ベリルお兄様の代わりになってよ。私のお兄様になってくれたら、すごい力が手に入るの」
「…………」
「魔族に魂を売るの。魔族として人間の限界を超えれば、お兄さんなら確実に強くなる。バカにした連中、見下した連中、全部壊して……もう誰もお兄さんを馬鹿にできなくさせたらいいの」
アストというガキは僕に人間をやめろと、魔族になれと、囁いてきた。
笑えるよ。魔物も、魔族も、殺しまくってきた勇者である僕が――魔族になるように誘われるなんて。
――だが、それでも僕は諦めたくなかった。
あいつらを、僕をバカにした奴らを、見返してやるってことを。
だから、僕はこのガキを利用する。
魔王やら魔族など知らん。魂を売るつもりはない。あくまでも、パワーアップするために誘いに乗ったフリをしてやるだけだ。
「ふふ、お兄さんがあのお姉ちゃんを殺してくれることに期待してあげるの。まずはこのジルベルタの王都をめちゃめちゃにしましょう」
だが、全部ぶっ壊すのも悪くないかもな。馬鹿にした連中に復讐するのも――。
「はは、ははははは」
僕は久しぶりに笑えるようになっていた。