15
氷の魔城――アルゲニア王国とジルベルタ王国の国境沿いに位置する氷の大地にある魔王の幹部、氷の女王ケルフィテレサの居城。
世界中に散らばる魔王軍の拠点の中でも最難関ダンジョンと呼ばれるものの一つで、生半可な実力のパーティーは挑戦することさえ許されていない。
大型ギルド所属の上位パーティー、もしくは各国の王宮などに所属する特別なパーティーのみが挑戦する権利が与えられ、無駄な犠牲を抑えているのだ。
私がここに来たことがある命知らずは簡単に見つからないと思ったのはそのためである。
「これが最難関ダンジョンってやつか。見るからにヤバそうな雰囲気が漂ってやがる」
「こんなところから何度も生還したというのか? エリスは恐ろしい経験をしたんだな」
「誇れることではありませんわ。逃げることになる前提で必死になって空間移動を覚えたのですから」
エリスさんは勇者ゼノンのパーティーの一員として何度もこちらのダンジョンに挑戦して敗れ去っている。
その経験は確かに稀有で貴重なものであれど彼女にとってはトラウマの回数なのだろう。
落ち着いているように見えるが、彼女の言葉は自嘲気味となり気分が落ちているように思えた。
(ですが、何度も逃げたと仰るだけあって正確にルートを覚えていらっしゃるのはありがたいです。これなら迷宮のような造りをしているという氷の魔城を攻略する手がかりが見つかるかもしれません)
「エリスさん、お辛いかもしれませんが私たちにはあなたが絶対に必要です。生きて帰るために全力で頼らせてもらいます」
「ソアラ先輩がわたくしを頼りに……? は、はい! もちろん、いつでも何処でも頼って下さい!」
残酷なことを口にしたと思えど、エリスさんはにっこりと微笑んで頼りにするという私のセリフを受け入れてくれた。
いつでも、と言っているが既に頼りにしているつもりだ……。
氷の魔城に一歩踏み込んだ瞬間に多くの魔物たちが私たちを歓迎した。
「ブリザードスネーク、アイスゴーレム、ホワイトクロコダイル、スノウグリズリー……。この城だとよく見かける魔物です。わたくしにお任せを――。いつもはSランクスキル“栄光への道”で一掃していますから」
なるほど、エリスさんは最初から最大火力のSランクスキルを利用して魔物たちを相手取っていたのか。
「ストップですよ、エリスさん。魔物を全部やっつける必要はありません。ある程度はやり過ごしつつ、戦闘は必要最低限にしましょう。幸いゴーレム以外は魔獣系統。睡眠術や麻痺術が有効ですから」
「でた、姐さん得意の省エネ戦法!」
「長い道中で回復アイテムにも限りがある中で最も有効な戦術だ。ソアラは常に最悪を想定して動いているからな」
私はエリスさんに、いざという時の為に魔力を温存するように忠告した。
彼女の大火力は絶対に欲しい場面がくるはずだから、弱い魔物に使うのは勿体ない。
「さて、私もこのダルメシアン一刀流の恐ろしさを魔物たちに知らしめてやろうじゃないか」
「あれ~? ローラさん、斬られた魔物の動きが遅くなってませんか~?」
「ふっ、私の剣には神経毒が塗られているからな。血管に一撃与えてやると、強い魔物でも動きが鈍くなるのだ。これがダルメシアン一刀流が戦場の剣術と言われるが由縁だ」
「戦場の剣術は初耳ですが~、すごいです~」
パーティーを結成すると決めたその日から私は協力しあって戦うこと、如何に効率よく自らの力を発揮できるかを仲間たちと話し合った。
ローラさんのダルメシアン一刀流が戦場にて単純に敵を殺傷するだけでない剣術……という話はそのときに聞いた。
「私も負けていられませ~ん!」
「す、凄いですわ。一撃でゴーレムの首を吹き飛ばした」
「えへへ、力には自信があるんです~」
ルミアさんの力は誰よりも強く、そしてその無限の体力は疲れを知らない。
自分の何倍もの大きさの魔物を吹き飛ばす姿は何度見ても壮観としか言えない。
「エリスもさすがは聖女だな。状態異常を引き起こす魔法も一通り使えるのか」
「いえ、エレインさんのような広範囲の【射程】はわたくしにはありませんから」
そして、エレインさんの強みはハーフエルフの高い感知能力を活かした術式の射程だ。
通常、魔法の効果範囲は目に見える範囲が限界……。
見えなくては当たらないのだから、当然であるが、エレインさんは本気を出せば数キロ先の敵も感知して魔法を当てることができる。
「この札からは誰も逃げられねぇぜ!」
心臓の近くで魔力を少しずつ供給して魔法の威力を高めるという彼女の御札。
胸の谷間から取り出されたそれは、エレインさんの魔法の効果を跳ね上げる。
「さすがですね。エレインさん」
「へへ、これくらいしないとソアラ姐さんの右腕は名乗れませんから」
照れくさそうに笑うエレインさん。
やはりみなさん……頼りになる。安心して背中を任せられる。
「正直に申しまして、各々の個人的な能力は勇者ゼノンのパーティーの方が上でしたわ。しかしながら、こんなにも余力を残してここまで来ることが出来たことはありませんの」
偵察とはいえ、魔王軍の幹部と遭遇してしまう事態を想定して私はとにかく余力を残すことだけに気を配った。
最低限の敵を倒して、迅速に進むことを徹底したのである。
(とはいえ、流石に三割ほどは消耗してしましたね……)
「あ、姐さん! あっちに何かありますよ! あれは氷像……?」
「い、いや違うぞ。ひ、人だ! 人が氷漬けにされている!」
「大変です~! 早く助けなくてはなりませ~ん!」
「お、お待ちください! あの古代文字には見覚えがあります。恐らくはトラップかと……!」
おそらく、この氷の魔城に挑戦したものの、トラップにかかって氷漬けにされたのだろう。
彼らの救出はもちろん最優先だが、空間呪法のトラップと思しき古代文字の記された札を発見した私は、炎系魔法でそれを燃やす。
(中々燃え尽きませんね。このトラップを仕掛けた人物は相当な手練……)
恐らくは魔王軍の幹部、ケルフィテレサが仕掛けたものだと予想できる。これはそろそろ撤退を考えたほうがよさそうだ。
「これで大丈夫です。早く救出しましょう!」
トラップを解除した私は仲間たちに氷漬けにされた方々を助けようと声をかけた。
これで氷に付与された魔力は消えたはずだから普通に火を使えば溶けるはず……。
「そ、ソアラ先輩! この方々は――!」
「ゼノンさんたち、ですよね。ひと目見てわかりましたよ。私もそれなりに長い付き合いでしたから」
「えっ……!?」
一人だけ見知らぬ方がいますが、ゼノンさんとリルカさん、そしてアーノルドさんの姿は氷像になっても認識出来ないはずがありません。
「早く溶けてくれ!」
「生きていれば、回復アイテムも多数取り揃えている! 何とかなる!」
「心臓は動いていま~す! これなら――」
よかった。手遅れではないみたいだ。
迅速な治療をすれば助かるはず。急がなくては……。
「ソアラ先輩、ゼノン様たちを恨んでは――」
「さぁ、どうでしょう? ただ一つ言えることは、恨んでいても、いなくても、私のすることは変わらないということです。治癒術――」
私は氷漬けから解放されたゼノンさんにヒールをかけた。
「ううっ……、そ、ソアラ……? そ、そんなはずがないか……、うっ……」
彼は一瞬だけ目を覚ましたが、損傷による痛みなどが強過ぎて再び倒れてしまう。
さて、他の三人も命に別状はないみたいですが、ここからの治療は外で行ったほうがよさそうだ。
「エリスさん、三人を連れて空間移動魔法で安全な場所へ。回復アイテムも半分持って行ってください」
空間移動魔法によって運べる重量には制限があるとエリスさんに聞いた。
それを考慮すると三人を運ぶのが限界だろう。
「そ、ソアラ先輩……?」
「くっくっくっ、久しぶりに見知らぬ者共がやって来たのう……。どれ、味見をしてやろう」
「氷の女王ケルフィテレサ……!!」
エリスさんに三人を連れて逃げるように指示をするのと同時に現れたのは氷の女王ケルフィテレサ。
この城の主にして魔王軍の幹部だ。
(彼女の魔力で気温がグッと下がりました……。とんでもない魔力です。初めての経験ですね、これほどの力を持つ者と対峙するのは)
「私たちは今から戦闘をします。どうか、足止めをしているうちに早く逃げてください!」
このパーティーの実力がどれほど通用するか分からないが、足止めくらいはしてみせる。
偵察では済まないのはなんとなく予想していた。
(どうやら私はイレギュラーと縁があるらしいです)
冒険者になって三年のキャリアの中で最強の敵との戦闘が開始された。
「じわじわ死ぬところを楽しもうかと思うとったが、今の妾は新しい玩具に興味津々でのう。アレはまたいずれ遊んでやるとしよう」
氷の女王ケルフィテレサ――魔王軍の幹部だけあって、プレッシャーは相当なものだ。
勇者であるゼノンさんを何度も全滅に追いやった化物を相手にどれだけ保つか分かないが、何とか時間を稼ごう。
幸運なことに彼女の興味は私たちに移ってくれて、エリスさんが離脱するのを邪魔せずにいてくれた。
「まずは一定以上の間合いを取って、回避、防御を優先させて下さい。決して攻め急いではいけません。相手の出方を見極めます」
「「「はいっ!」」」
「ほう、勇者とかいう愚図よりも頭を使うではないか。妾のことをナメておるのか知らんが、あの連中……考えもなく猪突し蹂躙されるばかりだったからのう。まぁ、間合いなど無駄なんじゃが。――超極大氷柱ッ!」
ケルフィテレサはいきなり逃げ場が無くなるくらい巨大なつららを出現させて、私たちに向って容赦なく放つ。
これは間違いなくSランクスキル級の魔法だ。
以前、炎の魔城で魔王軍の幹部と戦ったときはSランクスキルで対抗したのだが――。
「魔法防壁四重奏ッ!」
「アークバリアを四つ同時に――!?」
私は魔法に対抗するために使われる中級魔法、アークバリアを四つ同時に展開した。
一つ一つの盾は小さいが、四つ並べると巨大な魔法にも対抗することができる。
「な、なんじゃ、この女。妙に器用なことをしおる。じゃが、威力は落ちてもお前らを倒すことくらい訳がないぞ!」
ケルフィテレサの言うとおり、私の防壁は割れてしまい、威力は半減されたもののこちらに迫ってくる。
もう一度、防壁を出すことも可能だが――。
「極大火炎弾、五重奏ッ!!」
「はぁ? んんっ!? ば、馬鹿な!?」
「嘘っ!? そ、ソアラ姐さん、メテオノヴァを五発連射した!?」
「美しい……」
「あの超巨大な氷のつららを貫きます~」
私は上級魔法であるメテオノヴァを五発連射した。
少し前まで三発が限界だったが、さらに厳しい修行を積んで上級魔法を五発までなら同時に発動出来るようになったのである。
「妾の攻撃が防がれているだとぉっ!? いや、それどころか、それを貫いて!?」
メテオノヴァは三発でグランアイスニードルを溶かして、残りの二発はケルフィテレサに向かってゆく。
「うぐぅっ!! ああっ! 熱いぃいい!!」
さすがにこれだけの数を撃ち込めばダメージが通るようだ。
ケルフィテレサは悲鳴を上げて、苦しむような仕草をした。
「さすがはソアラ、素晴らしい魔法の腕前だ」
「えっと……、ありがとうございます。ローラさん」
「私も負けてられん。そうだろ? エレイン」
「当たり前だ。あたしだってソアラ姐さんに良いところを見せてぇところさ」
「ふっ、ならば私が先陣を切る。行くぞ、氷の女王ケルフィテレサよ。――闘気術!!」
ローラさんの本家本元の闘気術……彼女の身体能力が飛躍的に上昇する。
彼女はそのまま高速でケルフィテレサに接近して剣を振り下ろす。
「くっくっくっ、その程度の攻撃では妾には効かん!」
「それはどうかな?」
「ぬおっ!? こ、これは――」
ケルフィテレサは振り下ろされた斬撃をガードしようとしたが、突然身体の自由がきかなくなった。
どうやら彼女の動きを止めることに成功したらしい。
「――雷光ッ!」
「ぬおおおーっ! 妾の動きを封じただと!?」
「エレインさん!」
「ったく、あたしがいないとダメダメだな。ローラは」
エレインさんがスキだらけのケルフィテレサに狙いを定める。
雷光とはその名の通り、電気を帯びた一撃。
これを食らうと痺れて動けなくなるのだ。
ローラさんの振り下ろした剣はそのまま彼女を切り裂いた。
「ぎゃああああぁあああ~っ!?」
「やったぜ!」
「油断しないでください!」
私はエレインさんに警戒を促した。
ケルフィテレサの魔力がさらに高まるのを感じたからだ。
「妾をコケにしよって……許さんぞ、人間どもがぁあああっ!!」
ケルフィテレサは激昂して、右手から冷気を放出する。
「きゃっ!?」
「な、何だよ、これ……!」
「ちっ、厄介な奴め。ソアラ、私たちで何とかするしかない!」
「はい!」
私たちはケルフィテレサの反撃に備えるため、身構えた。
そして彼女に接近戦を挑むことに決める。
(魔力よりも体力をできるだけ温存したいところです)
「身体強化!」
(この魔法もローラさんの闘気術と同じく身体能力を上昇させる効果があります)
「ローラさん、いきますよ!」
「おう!」
私はローラさんと一緒に駆け出す。すると――。
「氷柱嵐ッ!」
「「――なっ!?」」
ケルフィテレサは私たちが近づいた瞬間に、大吹雪を繰り出してきた。
あまりにも強力な冷気によって私たちの行く手は阻まれる。
「ソアラ!」
「はい! ローラさん!」
私たちはお互いの背中を合わせるように、それぞれ逆方向に飛んで回避した。
「おのれ、ちょこまかと小賢しい真似をしよる!」
ケルフィテレサは苛立った様子を見せる。
「ソアラ様の邪魔はさせませ~ん!」
ルミアさんがそう言って、爆破魔導石を投げつける。
彼女の豪腕による投擲はものすごいスピードでケルフィテレサに迫り――直撃し、爆発を起こした。
「ぐっ!? うっとうしい!」
「今です、ソアラ様~!」
「ルミアさん! ありがとうございます!」
私はそのスキにケルフィテレサの懐に潜り込んだ。
ようやくこれで接近戦が可能となる。
「ぬっ、先程は油断したが、妾に接近戦なら有利だと思わないことじゃな!」
「それはどうでしょうかね?」
「ふん、強がりを抜かすでない! お前の攻撃など効かんわ!」
ケルフィテレサは余裕の表情を浮かべていた。
だが、私は彼女の言葉を無視して、そのまま剣を振り下ろす。
「くっ……!? 細腕のくせになんてパワーじゃ」
彼女は氷の刃を繰り出して私の剣を防ぐも、その衝撃に驚いている。
エレインさんにプレゼントしてもらった身体強化という魔法は常に魔力を消費する代わりに、大いなる力を私に与えてくれた。
(このまま、押し切りましょう。ともすると、私が使用すべき武器は……)
「収納魔法!」
「出たっ! 姐さんの得意武器の一つ……!」
「大陸屈指の名工と呼ばれたマーティ・エルドラドの傑作――マジカルトンファーですね~!」
「魔力を吸収して打撃力をアップさせるだけに留まらず、魔法の力を纏わせることも出来る。まさにソアラの為にあるような武器だ……!」
マジカルトンファー……フリーターをしつつ、自分の限界と戦っていたときに偶然、行商人から買い取った大当たりの得物。
私の魔力を吸って打撃力を大幅に上げ、更に――!
「そんなトンファーなど、妾には――っ!? ぐぎゃあああっ!! 燃えるように熱い! そ、それはまさか魔法を――」
炎系魔法をトンファーに纏わせて、私はケルフィテレサの急所を叩く。
(やはり彼女は見た目どおり炎に弱いみたいですね)
「あたしも負けていられないぜ!」
「えぇ、エレインさん! 魔法での援護をお願いします!」
私はケルフィテレサと激しい打ち合いを繰り広げる。
そして彼女が一瞬、体勢を崩したところで――。
「姐さん、援護しますよ! 大火炎弾ッ!!」
エレインさんがケルフィテレサの背後に回り込んで、炎を浴びせる。
「くっ……!?」
「まだまだぁあ!」
エレインさんは何度も魔法を繰り出した。
「こ、このっ!」
ケルフィテレサは怒り狂いながら、彼女に向かって強力な冷気を放つ。
「エレインさん、危ないです~」
しかしルミアさんが左腕で彼女を抱えてこれを難なくかわすと、去り際に再び爆破魔導石をぶん投げた。
ケルフィテレサはそれをガードしようと試みるが――。
「ぐぎゃああっ!!」
爆破魔導石が命中すると同時、私は電撃魔法を帯びたトンファーで殴りつける。さらに――。
「うぉおおおっ! ダルメシアン一刀流・サンフラワースラッシュ!」
そこへローラさんが斬りかかった。
目にも止まらぬ斬撃は確実にケルフィテレサにダメージを与える。
「くっ……おのれ、調子に乗るでないぞ! 人間どもがぁあああっ!」
ケルフィテレサは全身から再び冷気を放出する。
(これは先程までとは段違いに強力です!)
私たちが身構えると……。
ピキィイイッ、という嫌な音とともに突如として地面から巨大な氷の柱が現れた。
しかもそれは一本だけではなく、何本も現れて私たちを取り囲む。それはまるで氷の檻のようだった。
そのせいで、私たちは完全に閉じ込められた形となる。
「ソアラ様~! これでは出られません~!」
「ちくしょう! こんなのありかよ!」
「くっくっく。これが妾の力じゃ。どうじゃ、恐れ入ったであろう?」
ケルフィテレサは勝ち誇った様子でそう言った。
「ソアラ様~!」
「くっ……」
「もう終わりにしようではないか? 大人しく妾に殺されるがよい」
ケルフィテレサは氷の刃を振りかざして私に襲いかかってくる。
「ソアラ!」
ローラさんが私を庇おうと前に出るが――。
「ぐっ……!」
ケルフィテレサの放った攻撃が直撃し、吹っ飛ばされてしまった。
彼女は魔力も規格外だが、本気を出すと膂力もここまでとは……。
「きゃあああっ!」
「ぐわああっ!」
「ぐふぅっ!」
そのまま三人とも地面に叩きつけられてしまう。
だが、それだけでは終わらなかった。
氷柱が倒れている三人に向かって次々と伸びていく。
その先端からは鋭利な氷の刃が伸びていた。このままだと串刺しになってしまう。
(ダメ……動けません……! 魔力が切れてしまって身体強化の効果も切れてしまいました)
「みなさん、逃げてください……!」
私がそう叫ぶと、皆、必死に立ち上がろうとする。
だが、ダメージが大きいのか、なかなか立ち上がることが出来ない。このままじゃ全滅して――!
「諦めている場合ではありません……! 闘気術!」
命を燃やしつくすまで私は諦めない。
今度は闘気術によって身体能力を強化した私は、全力で走り出し、三人の前に躍り出る。
そして、両手を広げて、彼女たちを守るように立ち塞がった。
「死ねぇえっ!!」
ケルフィテレサの叫び声と同時に、無数の鋭い氷の槍が迫ってくる。
(絶対に守ってみせます!)
「――我流・百閃煉魔ッッッッ!!」
繰り出したのは最速の突き技のラッシュ。
秒間に百回の突きから繰り出す衝撃波で迫りくる鋭い氷の槍を薙ぎ払った。
「そ、そんな馬鹿な!? 妾の攻撃を一瞬で!?」
「彼女が怯んでいるうちに……」
私は魔力を回復しようとレッドポーションに手を伸ばす。
(二割程度ですが回復できました。魔法は確実な場面でしか使えませんが、まだ戦えます)
「ソアラ姐さん……ありがとうございます」
エレインさんが立ち上がりながら礼を言う。
他の二人も何とか立ち上がったようだ。
「まだだ……! 貴様だけには死んでもらう!」
ケルフィテレサは口から吹雪を吐き出した。
「くっ……」
「ソアラ!」
私は咄嵯に両腕でガードする。
しかし、完全に防ぐことは出来なかったようで、凍傷を起こしてしまった。腕から血が流れ落ちた。
「ソアラ様~!」
ルミアさんが慌てて駆け寄ってくる。
彼女の気遣いは嬉しいが、今私に近付くのは危険だ。
「大丈夫です。それより、ルミアさんたちは下がっていてください」
私はケルフィテレサに向かって剣を構える。
「よくぞ耐えたのう。しかし、これで終わりじゃ! 妾の全魔力を使った最大最強の一撃で、塵も残さず消し去ってくれるわ!」
ケルフィテレサが右手を天に掲げると、上空に巨大な魔法陣が浮かび上がった。
そこから放たれるのは、おそらく冷気を帯びた光線。
間違いなく私たち全てを消滅させることが出来るほどの威力だろう。
「ソアラ……すまない。私たちが足を引っ張ったがために……」
「謝らないでください。ケルフィテレサはミスをしました。あの方は本気を出すのが遅すぎたんです」
「はぁ……? くく、なにを言い出すかと思えばはったりか! 死ねぇい!」
「ソアラ先輩! ただいま戻りました! ……はぁ、はぁ、……栄光への道ッッですわ!」
安全圏までゼノンさんたちを連れて行ってくれたエリスさんがこの場面で戻ってきてくれた。
途中で魔物と何体も出会ったのか、ボロボロになりながら、息を切らせながら……。
彼女は両手を合わせて破邪の力を帯びている最大出力の光系の魔法をケルフィテレサの冷気の光線に向けて放つ。
(これがエリスさんのSランクスキル――なんと素晴らしい威力ではないですか。ゼノンさんが彼女を欲した理由がわかります)
二つの強力なエネルギーがぶつかり合う。
そして大きな爆風を生じながらそれは相殺された。
私たちの命を奪うはずだった脅威は消え去ったのだ。
その光景を見たケルフィテレサの顔が引きつった。
信じられないものでも見るかのように。
彼女の顔からは完全に余裕が失われていた。
もしかしたら、この世に自分の攻撃を打ち消せるものなど存在しないと思っていたのかもしれない。
「スキだらけのところを、至近距離から失礼します。――極大火炎弾五重奏ッッッ!!」
私は渾身の魔力を込めた超高熱の炎の塊をケルフィテレサにぶつけた。
「ぎゃあああっっ!! 熱い! あついっ! 妾の美しい身体が焼けてしまううぅ!」
直撃を受けたケルフィテレサは地面の上で転がりまわる。
その姿はあまりにも無残で見るに耐えなかった。
「これで終わりにします!」
私はケルフィテレサの心臓を剣で貫く。
せめて早く死なせることで彼女を楽にしようと思いながら。
「ぐふっ……!」
ケルフィテレサは口から血を吐きだすと、そのまま絶命する。
こうして魔王軍の幹部の一人を倒したのだった。
「はぁ、はぁ……」
「ソアラ姐さん……、やったのか?」
私が勝利したことで、周囲の空気が緩む。
皆、安心してホッとしているようだった。
(まだ実感はありませんが、なんとかやったみたいです……。ですが……)
「少しばかり無理をしました……」
私は膝をつく。
ケルフィテレサを倒すためにかなりの力を使ってしまったため、かなり消耗してしまった。
さすがは魔王軍の幹部。彼女は間違いなく強敵だった。
「はわわ、ソアラ様~! 今、回復薬を使いま~す」
「お願いします、ルミアさん」
私はルミアさんに回復してもらい、なんとか動けるようになる。
(もっと力をつけなくてはなりませんね……)
今回の戦いを通してまだまだ足りないことがあると痛感させられた。
「ソアラ姐さん、お疲れさまでした」
「エレインさん。こちらこそ、あなた方がいなければ危ないところでした」
「いえ、そんなことありません。姐さんがいなかったら私たちは全員殺されていました」
エレインさんはそう言って首を横に振る。
(本当に皆さんが無事でよかった。死人が出なかったのが不思議なくらいです)
「それでは、みなさん一度王都に戻りましょうか? 陛下にも報告せねばなりませんし」
私が提案すると、みんな同意してくれた。
ボロボロになった私たちはなんとかお互いをかばい合い、氷の魔城から脱出して……数日後、王都への帰還に成功する。
偵察という依頼のはずが、討伐してしまったのは嬉しい誤算だがイレギュラーはやはり心臓に悪い。
次の依頼が決まるまでは王都に滞在するということで、私たちは国が用意してくれた宿泊施設に足を向けた……。
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