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「聖女ソアラ、そしてその仲間たちよ。ジルベルタ王国へよくぞ参ってくれた」
パーティーとしての初仕事……リディアーヌ殿下の護衛任務。
辺境の修道院から王宮まで彼女を無事に送り届けた私たちは……その翌日、国王陛下に謁見の間へと呼ばれた。
エレインさん、ローラさん、ルミアさんの三人とともに私はジルベルタ国王と初めて対面したのである。
(うう、やはり緊張しますね)
しかし未だに信じられない。
ジルベルタ王宮に私のパーティーが召抱えられるなんて……。
王宮に抱えられるというのはパーティーとしては最高の名誉だと言われている。
勇者ゼノンのパーティーも隣国であるアルゲニアの王宮に抱えられていて、特別待遇を得ていた。
彼の名が大陸中に知れ渡ったのはそれからである。
そういえば……ルミアさんから、私が所属していたギルドにはパーティーが王宮所属に移籍するにあたって、補償金として五億エルドもの大金が支払われたと聞いたが……。
そのこともあって、かなりプレッシャーになっている。
(それにしてもゼノンさんはパーティーがアルゲニア王宮所属になったとき、このように緊張したのでしょうか?)
必ず結果を残さねばならない立場というのはそれだけで精神的にくるものがあった。
「早速だが、ソアラ殿に称号を与えねばならぬな……。ふーむ、勇者、大賢者、聖騎士……色々と宮仕えパーティーのリーダーは特別な称号が与えられておるが。ソアラ殿は聖女であるし――大聖女など、どうだろう?」
「だ、大聖女ですか!? そ、そんな大仰な称号……私には荷が重うございます」
ジルベルタ国王が大聖女の称号を与えようと提案したので、私は慌ててそれは荷が重いと口にした。
大聖女とはかつて大陸侵略を目論んだ悪魔たちを討伐した歴代最強の聖女がエーレ教の教皇より授かったという栄誉ある称号だ。
(劣等聖女と呼ばれた私などが頂くにはあまりにも畏れ多いです)
だから、私ははっきりと陛下にそれを伝えた。
「うむ。大聖女という称号の重みは私も知っておる。それでも、私はソアラ殿にはそれに見合うだけの活躍を期待したいのだ。そして、セルティオスらの話を聞いて貴女ならそれは可能だとも信じておる」
「陛下……」
「そもそも、私がソアラ殿のファンというのもあるがな。アルゲニア国王と会食したときに自慢してやったわ。いい人材を送ってくれてサンキュー、とな。わっはっはっ」
陛下は期待と信頼を兼ねて、私に大聖女の称号を手にして欲しいと仰せになった。
(ええーっと、陛下……アルゲニア国王に自慢したというくだりは冗談ですよね?)
あちらの国に行くことになった場合、気まずいなんてものでは済まない……。
でもジルベルタ国王が頬を緩ませて、ファンと仰ってくれたとき……この方が本当に私たちパーティーを手厚く歓迎しているということが分かった。
「陛下のお心遣い。そして期待や信頼、痛みいります。ですが、私の我儘を一つ述べることをお許しください」
「ほう、聖女ソアラ殿の我儘か。なんじゃ、興味がある。言うてみよ」
「大聖女という称号としての名誉。私たちのパーティーが陛下の認められる功績を立てたときの報奨として頂戴させて欲しいと存じます」
私は陛下に大聖女という名誉はせめて何らかの実績を認めてもらった上で頂戴したいと願った。
このパーティーは結成したばかりで、まだ何も成果を上げてない。
護衛の任務は成功させたが、それは実績とは言えないだろう。
だから、一つでも何か武勲を立てた上で陛下から称号を頂きたいと主張したのだ。
「ソアラ殿、お主……意外と頑固だのう。普通なら名誉が貰えるというときにわざわざ遠回りなどせんぞ。それにお前はリディアーヌを無事にここに送り届けたではないか」
「も、申し訳ありません。性分ですから」
「いや、よい。ソアラ殿の我儘は筋が通っとる。大聖女の称号はお主らが功績を残してからにしよう」
ジルベルタ国王は私の我儘を聞いてくれた。
国王陛下の厚意を無下には出来なかったのだが、こればかりはどうにも譲れなかったのだ。
「リディアーヌもお前のファンになったと言っとった。こんなにも強き女性がいたのかと、驚いた、とな」
「恐縮の極みです……」
リディアーヌ殿下からも評価をいただいているなら、なおさら期待に応えないわけにはいかない。頑張らなくては……。
「ならば早速だが、聖女ソアラのパーティーに次の依頼を言い渡す。次の依頼は氷の魔城の偵察じゃ」
「「――っ!?」」
い、いきなり、氷の魔城……?
氷の魔城というのは、勇者ゼノンのパーティーすら幾度も失敗したという難攻不落のダンジョン。
これは二つ目にして、いきなりとんでもない依頼を出してこられたものだ。
エレインさんたちからもただならぬ緊張感が伝わってくる。
「勘違いするでない。最初の依頼は飽くまでも偵察。出来るだけ多くの情報を得て、生きて帰って来さえすれば達成じゃ」
な、なるほど。魔王の幹部の討伐自体が目的ではないということか。
それならば、何とか――。いや、だとしてもパーティー結成直後にするには高難易度であることは間違いない。
せめて、氷の魔城に行ったことがある方から多少の前知識さえあればなんとかなるが……そんな命知らずはそうそういないだろう。
「それでは聖女ソアラとその仲間たちの健闘を祈る!」
こうして私たちの初めての謁見は終わった。
……うう、まだ心臓がバクバクする。
(お昼ごはんが食べられそうにありません)
仲間たちと頭を下げて、私たちは謁見の間から退出した。
「どうぞ、お飲みになってください。我が国の最高級茶葉で淹れた紅茶です」
「恐れ入ります。……んっ、美味しいです」
国王陛下との謁見が終わり、私たちは陛下の勧めで王城の中庭にあるテラスで紅茶をごちそうになっていた。
メイドさんからティーカップを受け取り、仲間たちと私はひと息つく。
しかし、いきなり氷の魔城か。これは中々大変な依頼を受け取ってしまったものだ。
「ソアラ姐さん、氷の魔城ですよ。氷の魔城……!」
「ええ、分かっていますとも。皆様が危険を予感して――」
「国王陛下も粋な計らいをしてくれる。私のたちが最も行きたかった場所に最初に行かせてくれるなんて」
「へっ……? ローラさん?」
仲間たちがプレッシャーに押し潰されていないか憂慮していると、ローラさんが思いもよらぬ言葉を放つ。
氷の魔城が一番行きたかった場所というのはどういうことだろう?
「あたしたちはソアラ姐さんが戦力外でパーティーを追放されたという事実が気に食わない。姐さんの名誉を回復させるのに一番手っ取り早い方法は――」
「もちろん、我々で氷の魔城攻略を成功させることだ」
「なるほど~、それならソアラ様のすごさが客観的に証明できますね~」
エレインさんとローラさんは力強い意志の込められた言葉で氷の魔城を攻略して私の名誉を回復したいと主張した。
ルミアさんも猫耳をピクピクさせながら、なるほど……という感じでポンと手を叩いている。
この方たちはどうして、そこまでして私のことを……。
しかし、今回の偵察によって得た情報が今後の攻略の鍵になれば何とかする方法も思いつくかもしれない。
三人の心遣いに応える為にも私も前向きに物事を考えなくては……。
「分かりました。無理はせずに、準備は怠らずに、偵察の依頼を出来るだけ高い精度で達成しましょう」
「はい!」
「承知した……」
「わかりました~」
私も意気込みを新たに、この依頼を成功させることを誓った。
彼女たちとなら、なんとかできる。そんな根拠のない自信を感じながら。
「それでは、まずは……。情報収集ですね。氷の魔城に行ったことがなくとも、何かしらの話を聞いたことがある人を探しましょう。勿論、都合よくそんな人は――」
「そ、ソアラ先輩……! や、やっとお会い出来ましたわ……!」
突然私たちの目の前に桃色の髪の美しい女性が現れた。
今のは超高等魔法である空間移動。
それだけで、この方の魔力と素質の高さは天才の領域にあることが見て取れた。
(私のことを先輩と呼んでいますが、何者なのでしょう? 見覚えはありませんが……)
「憧れのソアラ先輩にお会いできて興奮のあまり自己紹介が遅れましたわ。わたくしの名はエリス・アルティナスと申します。先輩に憧れて聖女を志した若輩者ですが、どうかお見知りおきを――」
「あ、はい。ご丁寧にどうも……」
テレポーテーションを使い、突如として私の前に現れた女性はエリスと名乗る。
あれ……? エリスという名前の聖女には聞き覚えがあった。
まさか、彼女はゼノンさんが言っていた“覚醒者”の――。
「おい、テメーまさか。勇者ゼノンのパーティーに所属していた聖女じゃないのか? 身の程知らずにもソアラ姐さんの後釜に入ったっていう」
エリスさんに対して、エレインさんが怖い顔をして凄む。
「左様でございます。わたくしは身の程知らずにもソアラ先輩の代わりとして勇者ゼノンのパーティーに所属していました」
「お、おう……、わ、わかってるじゃねぇか」
しかし、彼女が平然としてエレインさんのセリフを全肯定してしまったので彼女は思わず黙ってしまった。
「エレインさん、エリスさんから感じられる魔力は私以上です。それにSランクスキルにも目覚めていますから……私の代わりだなんて恐れ多いくらいの戦力ですよ」
「姐さん、そんな訳――」
「そんなはずがありませんわ! ソアラ先輩は剣も魔法もマイナーな武術でさえも一流の得難い人材! この方の代わりなど世界中探しても見つかるはずがありません!」
「お、おう……、そうだよな」
(あのエレインさんが珍しく引いていますね……)
エリスさんの大きな声が響き渡る。
貴族の出自だと聞いているし、慎ましい方という印象でしたが意外とグイグイ来られる方みたいだ。
「で、貴様は何をしに来た? 勇者ゼノンの差し金か?」
「え~、ゼノンさんにそんな理由がありますかね~?」
「分かんねぇぞ。ソアラ姐さんが宮仕えになったんだ。追放した者が自分の地位と同格以上になられればプライドが保てなくなるかもしれねぇ。何かしらの妨害をするために送り込んだのかも」
ローラさんとエレインさんはゼノンさんの人となりをかなり歪んだ人格だと解釈しているみたいだ。
確かにプライドは高い方でしたが、私などに構っているほど暇ではないだろう。
「わ、わたくし、勇者様のパーティーを抜けましたの! ソアラ先輩のパーティーに入るために!」
「「――っ!?」」
なんと、エリスさんは私のパーティーに入るために勇者のパーティーを抜けたらしい。
これはどういうことだろう? ゼノンさんのパーティーをわざわざ辞めるなんて……。
「勇者のパーティーを抜けただとぉ?」
「何を言い出すかと思えば。貴様には美学があるのか? 志半ばでパーティーを抜けるなんて」
「でも、最近ゼノンさんもかなり苦戦を強いられているらしいですからね~」
エレインさんたちはゼノンさんのパーティーが苦戦しているから、エリスさんが抜けたと思っているみたいである。
(そんな薄情な感じの方には見えないんですが……)
エメラルドのような瞳の輝きからは強い意志の力を感じる。
なにか特別な事情があったのではないだろうか。
「ち、違います! 誤解ですわ! そもそも、わたくしがゼノン様のお誘いを承諾したのはソアラ先輩目当てでして。先輩が体調を壊してリハビリ中だと、ゼノン様が嘘を吐かれたので――」
エリスさんは私に会いに来た理由も含めて勇者ゼノンのパーティーを抜けた経緯を話した。
どうやら私が追放されたことを知らずに、ずっと騙されてゼノンさんと冒険をしていたみたいだ。
それで幾度もパーティーとしての敗北を繰り返して死にかけていた――となると可哀想な気がする。
「見損なったぜ、勇者ゼノン! まさかそこまでの外道だったとはな!」
「ソアラを追放しただけに飽き足らず、このように純真無垢な少女の憧れの感情を利用するとは!」
「人として軽蔑します~」
皆さん、今度はエリスさんの話を聞いてかなりお怒りのご様子。
私も彼女が不憫になっていた。ひたむきに頑張っていたことが徒労だったと知ったときの喪失感は想像するに容易い。
(私が追放されたときも努力が全部否定されたように思えました。彼女も辛い思いをされたのでしょう)
「エリスさん……。私たちはこれより氷の魔城の偵察へと向かいます。――嫌な思い出もある場所だとは思いますが、共に来てもらえませんか? 行った経験のある方がパーティーにいると心強いです」
「そ、ソアラ先輩……? わ、わたくしを、わたくしの申したことを信じて下さるのですか? ゼノン様に嘘を言わされているのかもしれないのですよ」
私がエリスさんをパーティーに誘うと、彼女は目に涙を溜めて自分を疑わないのか、と問いかけてくる。
(ああ、ゼノンさんに嘘を言わされて……そんなこと考えもしませんでした)
とはいえ、ここで彼女の言葉を聞き捨てるなどできない。
私はエリスさんの手を握って、うなずいた。
「他の職業ならともかくとして、嘘つきが聖女にはなれませんよ。そうでなくても、エリスさんの目を見れば何となく分かります。誠実そうに見えますから」
「そ、ソアラ先輩! わたくしが憧れていた先輩はやはりあの時見たとおりの方でしたわ!」
「きゃっ!?」
子供のように泣きながら私の胸に飛び込んでくるエリスさん。
(彼女は前から私のことを知っているみたいですけど、どこかでお会いしましたっけ?)
思い出せないが、強力な味方が出来て心強い。
彼女が居れば、氷の魔城の偵察もかなり楽になるだろう。
「羨ましい……」
「心の声がだだ漏れだぞ、ローラ。あたしも同感だけど」
「わ~い。仲間が増えました~」
こうして私のパーティーは一人人員が増えて、五人となった。
戦力としては十分すぎるほどだ。
エリスさんを加えた私たちは早速準備を整えて氷の魔城へ向かうのだった。