10
夕方を過ぎたころ、グルセイヤ湿原最寄りの街にある宿屋の一室で私は冷や汗をかいていた。
「す、すみません。お二人とも……、なぜか三部屋取ったつもりがツインルーム一部屋しか取ることができてなかったみたいです」
私たちはまさかの事態に見舞われている。
こんなミスをおかしてしまうとは、私はやはりリーダー失格だ。
「エレインさん、ローラさん、お二人はベッドを使ってください。私はソファーで寝ます」
「いや、それはダメです。ソアラ姐さんをソファーに眠らせるのはあたしが我慢なりません」
「大技で筋肉を痛めたのは知っている。ソアラ、あなたはベッドで寝るべきだ」
しかし二人は、私がソファーで寝ることを拒む。
二人の好意は嬉しいが、それだとどちらかがソファーで寝ることになるし、それはミスをした手前申し訳ない。
(どうしましょう。……ですが、こちらのベッドはかなり大きいですね)
私は二つあるベッドのうち、ダブルサイズくらいのベッドに注目する。
これなら二人で寝ても余裕があるだろう……。
「お二人とも、このベッドはきっとキングサイズです。なので、もしよろしければエレインさんかローラさん、どちらか私と同じベッドで寝ていただけませんか? それなら全員がベッドを使用することができます」
「「――っ!?」」
(えっ? 殺気……?)
私の提案を口にした瞬間、ピリッとした空気が流れたような気がする。
エレインさんとローラさん、どうして無言で睨み合っているのだろう。
まさか、そんなに私と同じベッドが嫌なのだろうか……。
「――エレイン、貴様のほうが討伐数も多くて功労者だったな! 仕方あるまいが一人で快適に眠るがいい。ソアラ、私があなたと共に眠ろう」
すると突然、ローラさんが私の提案に乗っかってくる。
なんとなくだが、ローラさんが私にジリジリと近付いているように見えた。
「そ、そうですか。では、ローラさん――」
「ちょっと待ってください! ローラ、あんたの助けがあったからこそあたしはあの討伐数だったんだ。魔法なんて体力使わないし、剣士であるあんたのほうが疲れているだろう。ここはあたしがソアラ姐さんと一緒に寝ようじゃねぇか」
「何を言っている。私は決して疲れてなどおらぬ。貧弱な貴様と一緒にするな」
「はぁっ……?」
なんだか険悪な雰囲気になってしまった。
私がリーダーなのに……、情けない。
「ま、待ってください! 皆さん……、せっかく仲良くなったんですし……」
「ソアラ姐さん、あたし隣に誰かいるほうが安眠できるんです!」
「き、貴様、段々とストレートになってきたな。それなら私も誰かが一緒のほうが落ち着く!」
言い合いはさらにヒートアップしていく。どうやら二人とも、誰かと一緒に寝るほうが好きらしい。
(珍しい性格ですね。まぁ、お二人とも変わった方々ですが)
でも、それなら簡単な解決策があるような……。
私は意を決して口を開いた。
「それでしたら、お二人が一緒のベッドで眠られますか?」
「「…………はぁ?」」
「あっ、いえ……、その、お二人がお望みであれば、ですけど」
私の提案を聞いたお二人から、一瞬にして怒りのオーラが立ち昇った。
な、なぜ怒っているのでしょう。
私はただ、お二人に少しでも快適に過ごしてほしいと思っただけなのに……。
「ふざけないでください! どうしてあたしがこのナルシスト剣士と一緒に寝なきゃならないんですか!?」
「誰がナルシストだ!? しかし、ソアラよ。私もこの胸だけにしか栄養が回ってないような破廉恥魔術師とは一緒に寝たくないぞ」
「何だとコラァッ!」
「本当のことを言ったまでだ」
そして再び喧嘩を始めてしまう。私はどうすればいいのだろう……。
(はぁ……、困りましたね)
私は心の中でため息をつく。
お試しでパーティーを組んでみて本当に今日一日で様々なことが起こりすぎだと思う。
うーん。冗談でも言って場を和ませてみようか。
(あまり面白い冗談は思いつきませんが――)
「それではいっそのこと三人で同じベッドで寝ましょうか?」
「「えっ?」」
その発言をした瞬間、今度は二人の喧嘩がピタッと止まった。そしてなぜか頬を赤らめながらこちらを見つめてくる。
「ソ、ソアラ姐さん。それって、つまり……」
「あ、ああ……。そういうことだな」
「……は、はい? あの、お二人とも顔が近いです」
エレインさんとローラさんの表情が真剣そのものになる。
どうやら私の発言に何か思うところがあったようだ。
「……わかりました。ソアラ姐さんがそこまで言うなら、あたしは三人で同じベッドで眠りたいと思います」
「そ、そうだな。今日、新たなパーティーを結成したのだ。同じベッドで寝た仲になるのも悪くない」
「……えっと、その。今、どういう状況ですか?」
二人は一体どうしてしまったのか。私は思わず首を傾げてしまった。
エレインさんとローラさん、そして私の三人は宿屋の一室にて寝ることになったのだが――。
現在、私たちはキングサイズのベッドの上に横になっている。
私が真ん中でエレインさんが私の右側、ローラさんが私の左側という並びだ。
二人の間に挟まって眠ることになった私は、少しだけドキドキしつつ左右に目を向ける。
(エレインさんとローラさんはいつ見てもとてもきれいな方たちですね)
改めて二人の容姿に感嘆する。
エレインさんは長い亜麻色の髪が特徴的で、スタイル抜群。
ローラさんは黒髪をポニーテールに纏めていて凛と整った顔立ちをしている。
「あの、お二人ともまだ起きていますよね?」
「はい。眠れなくてすみません」
「私も起きているぞ」
「いえ、それは構いませんが……。あの、本当に私がリーダーのパーティーで大丈夫だと思っていますか?」
今日お試しでパーティーを組んでみて、二人と一緒に冒険者として頑張ってみたいと思ったのは事実だ。
リーダーとしての資質に自信がない私が、こんなに素敵な二人を率いても良いものかと……私は不安に思っているのである。
「もちろんです。あたしはソアラ姐さんがさんがリーダーだからこそパーティーとして戦いたいと思ったんです。今日一緒に動いてみて、その選択が正しかったと確信しました」
「私も同じ意見だな」
「そうですか……。ありがとうございます」
エレインさんとローラさんが私を評価してくれたことに嬉しく思う。
ゼノンさんに追放されて、プライドや自信がズタズタになっていた。
だから、こうして誰かに認められ……とても温かい気持ちになっている。
すると突然、エレインさんがモジモジしながら口を開いた。
「あの……、ソアラ姐さん……」
「はい?」
「あたしは……ソアラ姐さんのような優しい方がリーダーで良かったなって思ってます」
「……えっ?」
「最初はその強さに憧れていましたが、今ではそれだけじゃありません。ソアラ姐さんは本当に優しくて温かくて……、とても尊敬できる方です」
「エレインさん……」
エレインさんの言葉を聞いて、私は思わず泣きそうになる。
私は追放されてきてから今までずっと一人で戦ってきた。
でも、本当は信頼できる仲間に背中を預けて一緒に戦うのが好きなのかもしれない。
「私もソアラは頼りがいのある素晴らしい女性だと思うぞ。もっと自信を持っていい」
「あ、ありがとうございます……。ローラさん」
ローラさんからも褒められて、私は照れくさく感じてしまう。
でも、なんだか二人から信頼されているようで嬉しい。
私は涙をこらえながら笑顔を浮かべる努力をする。
「あの……、お二人ともよく聞いてください。今、請け負っている仕事がすべて終わりましたら……私は自分のパーティーを作ろうと思います。そのときはお二人とも私のパーティーに入ってくださいませんか? お二人の力が必要なんです」
「「――っ!?」」
私がパーティーの勧誘を口にした瞬間、二人が息を飲むのを感じた。
エレインさんとローラさんの顔がみるみると赤くなっていく。
(あれ……? どうしたのでしょう?)
この流れだと確実に入ってくれるものだと思ったのだが、もしや勘違いだったのだろうか。
「あっ、あの……。お二人が嫌でしたら別にいいのですが……」
「入ります! 姐さん! ぜひ入らせてください!」
「ソアラ! 私がどれほどその言葉を待ちわびたことか! 返事など言うまでもなく決まっている!」
二人は食い気味で返事をしてきた。どうやら勘違いではなかったらしい。
「本当ですか! それではこれからよろしくお願いします」
「はい!」
「もちろんだ!」
こうして、エレインさんとローラさんが私のパーティーメンバーとなった。
さて、それならもう一人……絶対に仲間になってほしい方がいるのだが……。
(果たして私の勧誘にイエスと答えてくれるかどうかわかりませんね)
この日、私は二人の友人とパーティーの結成を約束する。
そして深夜までこれからのことを語り合い三人で笑い合った。
(仲間というのは本当にいいものですね)
私は心の底からそう思うのであった……。