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ラジオから流れるのは英会話講座。
そういえばこの時間は好きなアニメもやっていたはず。
私はリモコンでチャンネルを変える。ええーっと、ここにきて余弦定理の証明? なるほど、この大学の入試問題、きちんと数学の教科書の内容を理解できているか試すタイプの問題が多いみたい。
バランスボールって、見た目よりも意外とバランスとるの大変なんだね。油断したら転けそう……。
「あの、蒼愛ちゃん。一緒に勉強しよって誘ったのは私だけどさ。いつもこうなの?」
「えっ? あ、はい。貧乏性なので時間がもったいなく感じまして」
「それは貧乏性とは関係ないような……」
友達の由紀子さんは呆れたような顔をして、私の顔を見る。
そういえば、お友達と家で勉強なんて初めての経験だった。
私は気が弱くて、引っ込み思案な性格だから。
本当はさらにゲームやりながら勉強しているんだけど、それはちょっと言えないかも。
「じゃあ、今ラジオで流れている英語、ちゃんと聞き取れているの?」
「ええ、環境問題でCO2を削減するにはどうすればよいのかという議論をしています」
「アニメは?」
「第6話目で味方だと思われていた人物が実は敵かと思われていたら、そんなことはありませんでした」
「手は数学の証明問題しながら私との会話も成立している……、しかもバランスボールの上で。蒼愛ちゃん、すごーい」
私の変な特技を褒めてくださる由紀子さん。
横着だとお母さんにはしかられるんだけど、ちょっと嬉しい。
昔から刺激のある生活に憧れていて、でも現実は思ったよりも退屈で――私には少し刺激が足りなかったのだ。
だから刺激を増やすために色んなことを同時にやってみようとしてみた。
その結果、この変な特技が身についたんだけど、これが結構役に立っている。
あとから知ったけどこれはマルチタスクというスキルらしい……。
「なんか蒼愛ちゃんって、普通じゃない人生を歩みそうだよねー」
「そうでしょうか? それなら嬉しいですが……」
私はそのままバランスボールに座りつつ、勉強を続ける。
そして三十分後……。
「じゃあ私、そろそろ帰るね」
「はい。由紀子さん、また明日学校で」
ニコニコしながら手を振って帰っていく由紀子さん。
――また明日。そう、私はこの瞬間まで、その明日が当たり前のように来ると信じていた。
でも私は二度と由紀子さんには会えなかった。
なぜなら、このあと私はお母さんにおつかいを頼まれてその途中で――。
「救急車だ! 女の子が倒れている!」
「ワゴンと衝突したらしい!」
「ミャー、ミャー」
「この猫を助けようとしたのか……」
まわりの声はよく聞こえるのに、口が動かない。
ううん。口だけでなく、手も足も指先ひとつ動かせない。
可愛らしい白猫さんだなぁ、思っていたら突然車道に飛び出して、轢かれそうになったのを助けようとしたら……間抜けなことに私が車に轢かれてしまったのだ。
(由紀子さん、ごめんなさい……)
心の中で謝りつつも、私の意識は次第に遠退いて行った。