あるものとないもの
昨日見た夢の話。
僕がまだ幼いとき家に1人のメイドがやってきた。そのメイドは足がなく、車椅子で生活をしていた。そんなものをなぜ父親は雇ったのか、いまならよくわかる気がする。僕と父とはよく似ていたから。
そのメイドは特に顔が綺麗だとか、スタイルがいいだとかいうことはなかったが、どことなく人を惹きつけるものがあった。車椅子だと言うことを我々家族が忘れてしまうくらい、精力的に働いていたのも魅力のひとつだといえた。
彼女はいつも僕が眠る前に、話を聞かせてくれた。それはいつも決まって心と体の話だ。心が綺麗で体の醜い少年と、心が醜く体が綺麗な少女の話。不幸な少年と幸福な少女。奴隷の少年と主人の少女。怪物と美女。だが最後には必ず立場が逆転する。僕はいつもそれら話の終わりに来ると、安心したかのように眠る。
あるとき僕が父と母と3人で買い物に出かけたとき、家で火事が起きた。それは酷く醜い火事で家の周囲1キロは黒い煙で覆われたほどだった。火事の知らせを聞き急いで家に帰ったが、そのときにはすでに家の面影がなくなっていた。あとでわかったことだが、貴族であった我が家を恨んだ貧乏な家の者が放火したとのことだった。犯人は火事の翌日に捕まり、その翌日に処刑された。
火事の際にほとんどのものは逃げることができたが、1人だけ逃げることができなかったものがいた。車椅子のメイドだ。火が消し止められたあと、僕の部屋だったものから発見されたメイドの遺体は不自然に首から上だけが綺麗に残っていた。車椅子のメイドだったものを渡された父は、硬く抱きしめて泣いていた。綺麗な生首を抱いて、大の大人がわんわんと泣き叫んでいた。今思えば生首は父の妾だったのだろう。
母や他の執事、メイド達はその不自然に残った生首を気味悪そうに見ていた。だが僕にはその生首が、生きていたころの車椅子のメイドより、美しく完全になった気がした。あるはずのところにないことが、僕には美しく思えた。全てのピースが欠けることなく合致したような、そんな美しさが生首にはあった。
そのときから僕にはあるはずのところにないもの、そしてないはずのところにあることが美しく感じた。それは表面的な美しさではなく、内に溢れて止まることを知らない湧き水ような美しさだった。
美しく完全な生首は僕の心臓のなかにある。