第二話 愚者と賢者
いくでよ
「おーいカジ、メシ食おうぜ」
「んー、おう」
そう気怠げに応えたのはマ法科二年、奉ノカジ。黒い髪を雑多に伸ばした彼は数少ない友人カラミ・ヨウトからの誘いに空返事で応えながら手首に巻いたブレスレットを弄ぶ。
カラミはカジの身につけているブレスレットに目をやると呆れ半分と言った感じで眉をしかめた。
「え、嘘、なにお前また買ったの?」
「いやまて、これは本物なんだってマジで」
そう言ってブレスレットを大事そうにさするとその振動で身体中に付けている幾つものアクセサリーやら数珠やらペンダントやらがジャラジャラと音を立てて揺れた。
このカジと言う少年は徳がたいと言われている物には目が無くどれだけ胡散臭い物でもホイホイと買ってしまう悪癖があった。
まあ、カジのマ法を知っているヨウトからすれば全く理解出来ないとは言わないがそれでも限度と言うものがある。
以前などは買い過ぎてしまったがために食費すらも無くなってしまい一週間程餓死寸前の生活を送っていた事もざらにあった。
「ちなみにソレどんな効果なんだ?」
「滋養促進、金運上昇、便秘改善、運命力生命力気力魔力爆盛り」
「古代遺産かよ!?んな訳ねえだろ!いい加減にしろ!!」
「おいこらやめろ!数珠を引っ張るな!弾けちゃうー!」
「たくっ 、ちなみにソレいくらしたんだ?」
「聞いて驚け何とこれだけの能力が備わっていて驚異の十万ビル!」
「ンンンアホかーーーッ!!!」
「ふおああぁぁぁぁぁーー!!?」
バラバラに弾けとんだ数珠が床にと散らばる。
「お、お前なんて事を!アビス様の加護が付与された数珠をよくも!」
「んなもん付いてる訳ねえだろうが!どんだけ馬鹿だテメエ!」
ワーワーギャーギャー騒ぐ二人にしかし周りの生徒はいつも通りの光景だとスルーする。
そうして騒がしい教室に一人の少女が駆け込んできた。
一瞬教室の視線が彼女に集中するがそれが誰かを確認すると途端に視線が散々する。つまりはこれもまた見慣れた光景なのだ。
教室に勢いよく入ってきた少女は今現在ギャーギャー騒いでいる二人を見つけるとそちらに一気に詰め寄っていきカジの首元に下げられているもう一つの数珠を掴みながらぐわんぐわんと揺さぶった。
「大変だ!カジ君聞いてくれ!私は今世紀初のとんでもない発見をしてしまったのかもしれないのだ!」
「ちょ!し、しまる!首がじまる!!アビス様にごろざれる、!!」
「ん、あ!すまない!興奮してついな」
そう言ってカジの数珠から手を離すのはマ法科三年の亜倉ミラ、水色の瞳に桃色の髪を肩ほどで綺麗に切りそろえた美少女だ。十八歳というには小さな体躯に起伏の薄い体つきの彼女はしかしてこれでもカジの立派な先輩である。
カジは首元をさすりながら視線を彼女に向けた。
「まったく、何ですか急に、」
「ああ、その事なんだかここで話すのはちとまずいのでボクの研究室まで来てくれないか」
「えー今からご飯なんですけど」
「いいから早く来たまえ、ほらへりー!へりー!」
「えー、ダルシングピーポーなんですけど」
そう言いながらも渋々とついて行く。一度ミラがこうなると此方が何を言ったところで聞く耳を持たないのだ。ならば無駄な時間と労力を消費するより素直に付いて言ったほうが何倍も楽だと言う事をカジは理解していた。
「んじゃ、ちょっと行ってくるわ」
「すまないねカジ君少し借りるよ」
「いえいえどうぞどうぞ」
そうして二人が教室を出て行くのを見送ったのちカラミは一人自身にも近くにいい女性はいないものかとため息を漏らすのであった。
本校舎から少し離れた年季を思わせる古びた別館にミラの研究室はある。何故学生のミラに研究室が割り当てられているかと言うと端的に言ってしまえば彼女が優秀過ぎたからだ。学生の身分でありながら様々な研究論文を発表している彼女はすでに学生としての域を超えてしまっており他の学生と机を並べて学習する事が最早不可能と言うか意味がない。よってミラには特別処置としてこうして研究室が割り当てられておりこうして日々様々な研究に没頭しているのであった。
何故そんなミラとカジが知り合いかと言えば事の成り行きでカジがミラの研究を手伝った事がありそれからと言うものどこを気に入られたのかは知らないがこうして度々呼び出されたりパシられたりしている訳である。
「そんで何の話なんですか、ちゃっちゃと言ってくださいよ腹減ってんだから」
「んふふ、それはだね じゃーん!」
そうして彼女が突き出してきたものは水色の小さなオカリナだった。
「なんすかこれ?」
「ん?君オカリナを知らないのかい?」
「いや、そうじゃなくて、そのオカリナがなんだって言うんです?」
「ん、知りたい?知りたいかね」
ここに来てニマニマと無駄に勿体ぶってくる姿勢に若干イラッとくる。いっそ「いや別にいいです」と言って帰ってしおうかとも思ったがそんな事をすればこの人がどんな行動を取ってくるか分からない、最悪拗ねる。そうなるとだいぶ面倒い。なのでここは心の声を押し殺し「あ、はい知りたいです」と適当に流しておくのが正解だ。
俺の返答に気を良くしたのか彼女は自慢げにそのオカリナについて説明しだした。
「実はこのオカリナはなんと!あのハルカナタに行くための鍵なんだよ」
「んー?」
おっとこれは急に意味が分からないぞ。ハルカナタ?あの都市伝説の?ついに頭がおかしくなったのかこの人。
「おい、なんだいその目はボクは極めて真剣だぞ」
「いや、でもそんな急に突拍子もない事を言われても」
「まあ、まずはボクの話を聞きたまえ」
そう言うと近くの椅子に腰掛ける。俺も近くの椅子を引っ張ってきて座る。
「まず君はハルカナタについてどれくらい知っている?」
「どれくらいって言われても、なんか地球の中心にあるとか、金銀財宝が眠っているとか、神様が住んでるとか確証もない噂話ばっかりですよ」
「うんまあそうだろうね、ハルカナタについての噂話については枚挙にいとまがない、しかしそのどれもが所詮確証のない噂話だ。それは何故だい?」
「何故って、ハルカナタが見つかってないからでしょ、まあ、見つかる訳もないですけど」
「もしそのハルカナタが実在するとしたら?」
「え、いやあり得ませんよ」
「どうしてだい?」
「どうしてって、ハルカナタは実在しないってジョズが証明したじゃ無いですか」
ジョズとは世界有数の資産家エルドラド・ジョズの事である。今から二十年ほど前ジョズは都市伝説として語り継がれていたハルカナタの存在を証明するべく有り余る資産を投入してハルカナタを捜索した。
ハルカナタを見つけた者には百億ピルの賞金を出すとも公言した。それを聞いた数多くの人々は我先にとハルカナタを探し回る一種のお祭り騒ぎになった。
しかし三年の月日が流れても影も形も見つからなかった事から捜索は断念。ハルカナタは実在しないと言う証明が下されたのだ。
「あれだけの人間が探しても見つからなかったんですよ実在する訳ないじゃないですか」
「それは違うよ、そもそもハルカナタは普通に行こうとして行ける場所にはないんだよ」
「?と言うと?」
「この前オークションで遺跡からの掘り出し物でとある本を競り落としたんだよ。それでこの頃やっと解析が終わったんだけと、聞いて驚きたまえ、そこにはハルカナタへの記述らしきものが載っていたんだ」
「え、マジですか」
「マジマジ、そしてそこに記述されていた事によるとハルカナタはこの世界の裏側に存在している世界なんだ。だからどれだけ探した所で見つかる訳無いんだよ」
「じゃあどうするんですか?」
「鍵を使うのさ」
そう言って先程のオカリナを持ち上げる。
「ここからはボクの考察も入ってくるんだけど、どうやら限定された場所時間に正しき鍵を使う事でハルカナタは現れるらしい。」
「それでそのオカリナが正しき鍵なんですか?」
「ああ、そうさ」
「…ちなみにそのオカリナはどこで手に入れたんですか?」
「いや、骨董屋さんに売っててね、いや〜運が良かった」
「あ、はい分かりました、それじゃ頑張って下さい俺は飯食うんで」
「え!いや嘘!?なんでなんで!?ここまで言ってその反応はおかしくない!?」
「おかしいのはアンタの頭じゃ!なんでそんな凄い物が骨董屋なんかで売ってんだよ!あり得ねえだろ!?」
「いや待ちたまえ!コレは本物なんだよ!見た目や傷痕なんかも一致する所はまあ、それなりにあるし何よりこのタイミングでボクの前に現れたんだぜ!運命を感じるだろ!一眼見てビビッと来たんだよボクには!」
「ええい!やかましい手を離せ!真面目に聞いたのが馬鹿だったわ!」
「まてまてまて!ねー頼むよーボク一人じゃ冒険もろくに出来ないんだ一緒にハルカナタ探そうよー!」
「どう考えても時間の無駄だろ!絶対にヤダ!」
「そう言わずに一緒にハルカナろうぜ」
「意味分からん動詞をつくるな!」
俺は先輩を振り払うととっとと部屋を後にした。
「あの、いつまで付いてくるんですか?」
「君がイエスって言うまでだね」
「勘弁して下さいよ」
現在の時刻は六時半学校も終わり本来であればとっくに家に着いている時間であるが今日はミラ先輩が事あるごとにこうして付いてきたため逃げ回っている内にこんな時間になってしまった。
「分かりました。取り敢えずこの話は明日にしましょう。流石にこれ以上暗くなるのは不味いですし」
「むー、仕方あるまい」
なんとかこの場は納得してくれたようだが明日からコレは面倒いぞと思いながら先輩を家まで送っているとふと違和感に気づく。
辺りを見回して見ると本来であればそれなりに通行量のある道に人っ子一人いない。こんな状況真夜中でもそうそうあり得ない。異常な状況に自ずと警戒心が上がっていると通りの奥からコツコツっと足音が聞こえてくる、そちらに目をやるとそこには全身を黒いローブで包んだ男が立っていた。
「誰だいあれ?君の知り合いかい?」
「知りませんよ、先輩こそどうなんですか」
「自慢じゃないが私にまともな知り合いは君とカラミ君ぐらいしかいないな」
「悲しい人生ですね」
「黙りたまえ、まあとにかく私にはわざわざ人払いのマ法を使ってまで人と会う様なシャイな知り合いはいないよ」
「同じく」
そうして相談していると男が此方に近づきながら口を開いた。
「お前の持っているオカリナを俺に渡せ」
「ん?オカリナ?」
「とぼけるな、持っているだろう。それを大人しく渡せ、そうすれば命までは取らずにおいてやる」
意味が分からない何故コイツはミラ先輩がオカリナを持っている事を知っているんだ?いやそもそも人払いのマ法まで使って何で人のオカリナなんかを奪おうとするんだ? もしかして
「悪いけどこれはボクが骨董屋で買った物だ。そんなに欲しいなら自分で買いなよ。それともアレかい?君は女の子が使ったオカリナを、収集する特殊な性癖でも持っているのかい?」
「そうか、あくまで渡さぬか。ならば奪い取る」
そう言うと男の背後から幾つもの魔法陣が現れる。
それを視認すると同時に俺はミラ先輩を抱えて横に飛んだ、と同時に先程までいた場所が爆裂する。
「ぬおー!ヤバイヤバイ!マジだ!マジでヤル気だったぞ今!」
「よしナイスだ、このまま逃げてくれ」
「いや、多分無理っすよ」
そうして後ろを振り向くとふわりと宙に浮いた男はそのままかなりの速度で此方に迫って来た。
「うおー!?来たぞ逃げたまえ!」
「無理!絶対追いつかれる!こっちは荷物抱えてんだぞ!」
「ボクくらい軽いもんだろ!」
「いや軽いけど、軽いけどね!無理だよね!」
そうこうしている内にバンバンと後ろから砲撃が飛んで来る。何とか回避しつつもこのままではジリ貧だ。
「ちょっと先輩なんかしてくださいよ!このままじゃヤバイですって!!」
「んん、なんとかしたいのは山々だが君も知っての通りボクに戦闘能力は無いからね、ボクに出来る事は精々部屋に篭って書物を漁ったり物を書いたりするくらいでね。正直どうしようもない訳だ。ははは!笑える」
「いや!何も笑えねえよ!?」
「ただ担がれている身でこれ以上君に負担はかけたくないのだが正直この状況を打開出来るのは君次第だ。頼む何とかしてくれ、アイツが何者なのかは知らないがアレ程の手練れがこのオカリナを狙っている、いよいよボクの考察の信憑性が真実味を増した訳だ。となる以上このオカリナは渡す訳にはいかない。まあ君が無理だと言うなら仕方ないが命あっての物種だしね」
そう言う彼女はしかしその横顔に苦悩の表情を浮かべている。
ああ、クソ
「ミラ先輩!ハルカナタ見つけたら俺達有名人になりますかね!」
俺の言葉に一瞬呆けた顔をした彼女はしかし俺の意図を察し不適に笑った。
「なれるなれる!有名人どころかボク達は長い歴史に名を刻むだろう!」
「働かなくても良くなりますかね!」
「ジョズは捜索は断念したがハルカナタ発見の賞金はそのままだ!一生遊んで暮らせるぞ!」
「じゃあ俺の夢のニート生活の為にもアイツにオカリナは渡せねえな!!」
そう言って立ち止まるとミラ先輩を地面に下ろす。それと同時に懐からある物を取り出す。
それは黒いサイコロ
「あ、先に言っときますけど四の目が出たらオカリナは諦めて下さい」
「おいおいかっこよく啖呵切っといてそれかい。まあいいけど」
そうこうしている内にローブの男が追いついてくる。しかし攻撃を仕掛けて来る様子はない。此方が諦めたと思ったのだろうか、まあ、これから行われる結果次第では諦める事にもなるのだが
「お願いします!アビス様!俺に幸運の御加護を!」
そう言ってサイコロを振る。ローブの男は俺が突然サイコロを振り出した事に困惑している様だった。
投げたサイコロは地面を転がり二の目を上にして止まる。
「はい俺の勝ちーー!!乙カレー!」
高らかに勝利宣言した俺の両手に光が集まり形を成す。それは不思議な紋様が描かれたマラカスだった。
ここに来てローブの男が初めて此方を警戒するがもう遅い。
「ハッ!シャカシャカ!マンボ!フォ!フォ!」
マラカスを振りながら不思議な踊りを踊る俺、側からみればかなり滑稽だがその効果は絶大だ。俺のマラカスから放たれた魔力は敵の体内に溜まり続ける。それを奴が認識する事は出来ない。出来た所でどうしようもない。
魔曲対双舞二番
「フーーーンッ! 魔帆ッ!!」
解放の言葉と共にフードの男の中で溜まり続けていた魔力が体の内部から弾ける。
それは壮絶な衝撃波となって男の体内を巡り男を吹き飛ばす。
盛大に壁にぶち当たったフードの男からは完全に意識が飛んでおり体の損傷具合からしてまず起き上がってくる事はないだろう。
勝利を収めたカジはマラカスを消すとミラの元に向かった。
「終わりましたよ」
「ぷっ、あ、ああ、ありがとう、ぶっくくっ」
「おいこら」
「い、いやすまない。ちょっとツボにハマって」
にしてもふざけた技なのに凄い威力だね、とミラが言う。俺のマ法魔転六面はサイコロを振って出た目の数字の能力を扱えると言う物だ。一日に一度しか振れず一度振ってしまうと次振るのに二十四時間のインターバルが必要、何が出るかは運否天賦、さらにハズレの四の目を出してしまうとかなりヤバイ状況になる為基本的に俺はこのマ法を使いたくない。まあ、その分威力は折り紙付きなのだが
「で結局コイツ誰だったんだ」
「さあ、取り敢えず顔見てみよっか」
そうしてフードを取り外そうとした時突如として光が差し込む。突然の事に目を瞑ると一瞬にして何事もなかったかの様に光が止む。しかし目を開けて見るとそこにはフードの男の姿は忽然と消えていた。
「あれ!いねえ!?」
「逃げられたね」
「えー嘘、あの状態から逃げられると思わなかったんだけど」
「自分が負けた時の為に保険をかけていたのか、それとも何者かの仕業か、まあ、考えてもわかんないけどね」
「どうするんですかこれから」
「ん?何が」
「いや、こんなヤツが襲ってきたってヤバイじゃん普通に」
「確かにヤバイね、でも彼が襲ってきてくれたおかげでハルカナタへの考察が確信に変わったよ」
「探すんですよね」
「ん?当たり前だろ探すに決まってるさ。君も着いてきてくれるんだろ?」
「あー勢いで言ったけど嫌になってきたわー」
などといいつつも自分の口が釣り上がっているのを感じる。
誰も辿り着いた事のない前人未踏の地ハルカナタ。
もしかするとそこにたどり着けるかもしれない。
カジがいま感じているこの高揚感は久しく忘れていた物であった。
「まあ、俺のニート生活の為だしな!ぐへへへ!」
「うん、まあ動機はどうあれ来てくれるなら何でもいいや」
そうして二人は歩みだした 遥か彼方へ向けて