第一話 遥か彼方
なんなのですかこれは
わたしにはわかりません
第一話 遥か彼方
「始まりましたね」
「ええ、いよいよです」
「少し遅すぎるくらいですよね」
「まあ仕方なかったと思いますよ」
「彼らのやり方には心底うんざりしますね」
「あれでも良いところはたくさんありますから」
「そうだといいですけど」
「では、そろそろ行きましょうか」
「ええ、そうですね」
「では」
「では」
「「ハッピーエンドのあらんことを」」
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「ハルカナタぁ?そんなの迷信に決まってんじゃん」
「いいや、絶対にあるはず、この世界のどこかに」
「空野、あんた訓練のし過ぎで疲れたんでねーの」
僕の名前は空野セカイ。法学校でマ法を習っているマ法使いだ。最初は戸惑ったものだが、今ではマ法なしでは生活できない体になってしまった。なんてことだ。ちなみに法学校ではマ法いがいにも司法や剣法、チン法なんかも習える。でも僕はやっぱり、一番人気のマ法を選んだ。なぜかっていうと___
「おーい空野、きいてんのかーーー」
重たいマ導書でぺちぺち叩いてくるこの人は海崎ユリ。同じくマ法を習っているマ法使いで、僕とよくつるんでいる。決して恋人のような関係ではないぞ。というか海崎はどうやら女性が好きらしいので、僕は眼中にもないのだろう。ちょうどいい、僕も男性が好きだしね。
「おい海崎、ハルカナタは実在するぞ」
「嘘つけ、じゃあ証拠を提示したまへ」
「はい」
僕は古臭い雰囲気が漂うボロ紙を取り出した。
「え、なんやこれ」
「地図だよ。世界地図。向かいの図書館で見つけてきた」
「そうですか」
「これ借りれますか、って聞いたらいらないからあげるって言われて」
「はい」
「そしたら地図の中に、中心に、あるんだよ。」
「ハルカナタが?」
「うん」
「…それを信じていると?」
「そうゆうこと」
またマ導書でぺちぺち叩かれた。
この世界の中心にあるとされてきた大陸、ハルカナタ。人類は幾度となくその地を目指してきた。しかし帰ってきたものは一人もおらず、未だその存在は謎のままだ。テレビなんかでも度々話題になり、自称有識者たちによる不毛な議論が毎週のように行われていたが、現在は大衆の興味も薄れたのかほとんど耳にしなくなっていた。そういえばこの前アキオ?みたいな人が「ハルカナタは実在するんだよねぇ」「裏世界を牛耳る宗教団体『ハッピーエンド教団』の本拠地があるんだよねぇ」とか言ってたっけ。最近はそのくらい。
でも僕がハルカナタを信じているのはそんなテレビに影響されたからとかではない。図書館で見つけた地図だけで信じ切ったわけでもない。それはつい先週の出来事だった。
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爆発した。突然の出来事だった。法学校のすぐ近くで大爆発。法学校中が大パニックに包まれた。
「皆さん落ち着いてください!避難放送があるまで静かに待機して!」
先生の声は喧騒の中に空しくかき消される。その間も爆発音は続いて鳴り響く。うるさい。混沌としている。えげつない空間のゆらめき。死ぬる。うるさすぎて死ぬる。おうまいが。阿鼻叫喚、ああ阿鼻叫喚、阿鼻叫喚。やってられませんこんなの。うるさい、こんなところにいられるか、たすけてぇ。
____気づいたら僕は外に出ていた。うわ最悪だ。主犯の女がいる。こわい。どうやらこいつがマ法で爆発を起こしていたらしい。怖すぎる。髪くらい切れ。
「法学校から出てきた…あなたももしかしてマ法使い?」
「あっあっあっあっはい」
「あらぁ…ちょうどいいわ、私と楽しいことしない?」
「えっちなやつですか」
「違うわ」
「くそーーーまあいいや男のが好きだし」
「そうなの?奇遇ね、私も女の子の方が好きよ」
刹那、耳の横で爆発が起こった。あな恐ろしや。耳がキーンとする。やるしかないか。でも、
「それじゃ、始めましょ」
こんなやばいマ法使い、勝てる気がしない。
「バーニングーググーググーググーグ」
「うわぁ!」
女がサムズアップした指を突き出すたびに爆炎が舞い上がる。僕は当然かわすことが出来ず、もろに炎を受けてしまった。
「あれれ、防御マ法くらい使えばいいのになぁ、教えてもらってないの?」
「あれめっちゃ難しいから後回しにしてるんです」
「うっそーー防御マ法こそマ法の基礎じゃないの」
「今度学校にクレーム出しときます」
「それがいいわ」
続けざまに爆発。爆発に次ぐ爆発。僕はそのまま何もできず膝をついてしまう。「あいつマ法使いのくせに弱すぎだろ…」「期待したのになんつーざまだい」うるさいな野次。あんたらは何一つ戦えないくせに。いつもマ法使いに頼り切りやがって。
「悪いわね坊ちゃん、弱い人に興味はないのグーググーググーグ」
死ぬ。もうだめだ。爆発のタネが迫ってくる。このままみじめに僕は死ぬのか。さようなら母さん、父さん、じいちゃん、ばあちゃん、愛しの弟タクト、海崎、そして未来の彼ピッピ…ありがとう、短い間でしたがお世話になりました。僕はこのままあの世に行ってきます。葬式は家族だけでこぢんまりとやってください。お供え物は毎日欠かさず下さい。できれば唐揚げがいいです。…ってあれ?僕いつ死ぬん?
「何やってるんですか!早く逃げてくださいっ」
「え…誰!?」
気づいたら僕は死んでおらず、目の前に小五くらいのポニーテールをぶら下げた女の子が立っていた。
「ご、ごめんなさい足が動かんくて」
「ならそのままでいいですじっとしててくださいっ」
「はっはい」
思わず敬語になる。だって彼女から感じるマ法の力えげつないもん。先生の五百倍くらいはある。
「なにあなたグーグかばって防御したのねグーグじゃまよグーグぶったおしてやるグーグ」
「こんなとこでかってに暴れて大人としてはずかしくないんですかっ」
「うるさいわよ大人の自由を尊重しなさいクソガキちゃんグーググー」
しかし女の放つ爆発は全て少女の手に吸収され消えていく。まるで何事もなかったかのように。跡形もなく。この少女強すぎる。思わず女の方がかわいそうに見えるほどである。
「ひぃ!何なのこの子!いったい何者なのよ!!?」
「そんなの関係ないですっ、『えくすくらめぃしょん』!!!」
「おうしっと」
女は吹っ飛んでった。長い髪をはためかせて飛んでった。覚えてろよーーというステレオタイプな悪役の捨て台詞を叫びながら。
「あっありがとうございましたなんとお礼したらいいか」
「『ひーりんぐけあー』」
「わあ回復マ法までご丁寧にありがとうございます」
「ばかですっ」
「え」
「身の程を知りなさいっ!自分の力量も知らずあんなのと戦うなんて無謀すぎます!あなたは大ばかですっ」
「おうしっと」
野次たちは少女に向かって賞賛の声、僕に向かって罵声を浴びせている。やんややんやうるさい。せめてどっちかにしろい。
「君は…いったい何者…なんですか」
「なんでこんな年下に敬語使ってんですかっ」
「あ…ごめん」
「わたしはハルケア・ミリカですっ。外の世界を巡る旅をしていたんですっ、ずっとハルカナタに住んでて、外の世界がどんなものか知らないものでしたからっ」
「そうなんだ…小さいのに偉いんだね」
…ん?今なんて言った?ハルカナタって言ったよねこの子?嘘でしょ?ほんとに存在すんの?妄想の産物じゃなかったの?
「ハルカナタって…ほんとに言ってる?架空の大陸なんじゃ」
「何言ってるんですっ?あるに決まっているでしょう私の故郷なんですからっ」
嘘をついているようには見えない。まさか本当にあるってことなのか。あの幻の大陸が。
「あの、詳しい話を」
「それでは旅の途中ですので、失礼しますっ」
「あっ」
それ以降、その少女とは出会っていない。
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「ふーん、あの時そんなことがあったんだ」
「あの後ハルカナタについていろいろ調べてたんだけど、ついに見つけたんだこの地図を」
「その地図もだいぶ怪しいけども」
「それがなんと、見てくれここ、この地図を描いた人の名前が」
「"ハルケア・レイス"?」
「そうなんだよ!あの少女と同じ"ハルケア"なんだよ」
「ほーん」
「これはハルカナタの存在が確定したと思わないか海崎クン」
「まあ…なくはないかもしれなさげかもしれないけどさ」
「ふわっとしてんね」
「流石に信じ切れはしないかも」
「でさ、明日から夏休みに入るわけだけど」
「まさかあんた」
「そう、そのまさか。ハルカナタを目指す。明日から」
「わお、とんでもないこと言い出しおったなこの男」
「海崎も行くか?どうせ暇でしょ」
「行けたら行く」
「うわでた」
海崎は一緒に来なさそうなので、一人で旅の準備をすることにした。必ず見つけ出してやる。そしてあの少女の親御さんにお礼を言うんだ。
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夜。街はずれの河原。夜風が気持ちいい。蝉の鳴き声がやかましく耳に入ってくるけど。もう夏か。夏休みだもんな。なにしようかな。空野はやる気満々だったけど、正直自分はあまり乗り気でない。かといって他にやることもないしな。そんなことをぼんやりと考えていると誰かがやってきた。二人分の影。真っ白なローブを纏っている。暑くないかそんな恰好で。ローブの下からちらりと見える髪の毛は薄い黄色と水色。なんて特徴的な。つかまんぞ。サツに。
「あなたはマ法使いですね」
うわ最悪だ声かけられた。一人の時間を返せ。人間だれしも一人でふけっていたい時間はあるだろ。わかんないですか。そうですか。
「…そうですけど、何か?」
「法学校にいる空野セカイという男の人を知りませんか」
なんだと。知り合いか?あいつ、人付き合いは考えた方がいいぞ。
「誰ですかそれ。どんなやつだ特徴あったら知ってるかもしれんし」
「男の人が好きなお方だとか」
「奇遇ですよね、我々も女の人が好きなので」
「まじかよ、実は私も」
いかんいかん、ペースに乗せられるな。こいつら空野の男好きも知っているとは。何者なんだ。私以上に親しいとでもいうのか。
「すまん、そいつのことは知らねーや。それよりあんたらは何もんなのよ」
「ああ、申し遅れました。私はアリスというものです」
「そして私はテレスというものです、以後お見知りおきを」
「我々はフィロソフィー…哲学というものをやっております」
「哲学はとても素晴らしいものですよ」
「この世のことを知るためには哲学という学問は必須なのです」
「ええ、その通りです」
「は、はあ」
哲学というものは難しそうでよくわからないが、とりあえずあれだ、こいつら見た目通りやばいやつらだ。それだけはわかった。
「ところでその哲学者様がなんでそいつのこと探してんだ?」
「接触したようなので」
「はい、接触したようなので」
「???」
なんだろうか。なぜだか妙な胸騒ぎがする。
「神の意向ですね」
「神の意向です」
神の意向ってなんだ。空野の知り合いにしてはあまりに不気味過ぎんかこいつら。空野が危ないような気がしてきたぞ。
「ハルカナタに光あれ」
「ハルカナタに光あれ」
「…!」
ハルカナタ。今日はやけにその言葉を耳にする。なんなんだ。こいつらは一体なんだ。ハルカナタってなんだ。疑問と不安が頭をぐるぐる駆け巡る。
「では」
「では」
「「ハッピーエンドのあらんことを」」
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快晴。気持ちのいい青空。旅の始まりにはもってこいの朝だ。鳥も蝉も旅の門出を祝福してくれているような…いや蝉はうるさい。夜中もずっとうるさかったぞ。それでは単身、ハルカナタに向けて__
「おい」
聞きなれた声がした。絶対聞くことはないだろうと思っていた声が。
「よ」
「海崎」
「私も連れてけ空野」
「まさか海崎が来るとは思ってもみなかった」
「私なんて言ってたっけ」
「行けたら行く」
「行けたわ」
「まじかい」
正直、一人では不安だった。旅仲間が一人増えるだけでめちゃくちゃ心強い。ありがとう、海崎。これは感謝をせねばいかんな。
「見直したわ正直言って」
マ導書でぺちぺち叩かれた。
つづきます