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8.ある美少女の話。

遅れてすみません!!

 昼休み、心地の良いそよ風が鼻腔をくすぐり、髪を靡かせる。

 人によってはベストプレイスであろう、そんな教室左後方。そこに気難しい顔をした少女が一人佇んでいた。

 その光景を見た瞬間、クラスの生徒達は言葉を失った。


 美少女で人気者である彼女が、誰に対しても笑顔を振りまく彼女の顔から、笑顔が消えたのだ。


 教室は息を飲むかのような異様な空気に包まれる。


 手を叩けば音が鳴る、そんな当たり前の物理法則。それと同等のレベルで存在していたクラスにとっての当たり前。それが一瞬にして崩れ去ったのだ。


 水上明美は笑顔を絶やさない──


 ましてや焦りを誰かに見せることなんて絶対にない⋯⋯そう、誰もが思い込んでいた。


 しかし、事実として水上明美は焦っていた。


 そう。それは焦燥と言ってもいいほどに必死な焦り。


 明美の中で長年蓋をしていた何かが溢れ出す。


 一秒、また一秒と時間が経つにつれて、その焦りは誰の目にも明らかなものへと変貌していく。


 その時、トクンと明美の中の何かが震えた。



(ああ、そうか。またか、また、私は失敗するのか。 同じことを⋯⋯繰り返すのか⋯⋯?)



 明美の心に刻まれたトラウマ、後悔してもしきれない彼女自身の心のキズが抉られた。


 思い出したくもない光景だっただろう。

 その痛みは彼女の五臓六腑へと染み渡る。


 気付けば明美は懐かしいあの日のことを⋯⋯思い出したくもないかの日のことを⋯⋯


 思い出していた。




 ◇◆◇◆◇◆



 それは数年前。私がまだ小学生だった頃の話だ。私はここから少し離れた地域の学校に通っていた。


 当時の私は今のように人気者というわけではなく、どちらかというと、大人しい、目立たない生徒だった。

 でも、だからといって毎日が陰鬱だったというわけではない。

 むしろその逆、もしかすると今よりも輝いた毎日を送っていたかもしれない。


 友達と昨日見たドラマの話をしたり、ファッションの話をしたり、恋の話をしたり、そんなごく普通の女の子の日常。


 本当に幸せだった。思い返すだけでつい頬が緩んでしまいそうになる。


 でも、幸せだけの人生なんてありえない。いつかは不幸が降りかかる。


 塞翁が馬。幸と不幸は表裏一体でどちらか片方なんてことはない。大小はあれど、それはまるでバランスをとるように調整されている自然の摂理なのだ。



 それは私も例外ではない⋯⋯だから私にも──




 ある日、一人の男の子が転校してきた。


 一目見た瞬間、心がざわついた。


 一目惚れ? 違う。それは恋⋯⋯などではなく共感。あるいは同情。

 私と同じように引っ込み思案で感情を表に出すのが苦手な子なのだと、そう直感的に理解した。

 一つ違う点があったとするならば、彼が決して楽しそうではなかった点だ。

 暗くて、笑顔なんて見せる気配のない男の子、それが彼への第一印象。

 私はそんな彼を見かける度に挨拶をしたり、世間話をしたりと積極的に話をするようにしていた。


 あまりにも陰鬱そうな彼に今の私の幸せを少しでも分け与えられたらいいな、その一心で。


 だけど⋯⋯気付かなかった。いや、気付かないふりをしていただけだ。

 彼はどうしていつもあんなにも不安そうに私を見つめてきているのか、助けを請うような何かを期待した目で私を見ているのか、気づかないわけがないだろう。


 彼はいじめられていたのだ。


 入学して数日、慣れない、知っている人も誰もいない環境。つい素っ気ない態度をとってしまう。

 おそらくはそれが原因で目をつけられたのだろう。


 私も通った道だ。彼と違ったのは私には守ってくれる友人がいたこと。私を魅せてくれる友達がいたから、私は笑顔になれた。


 けれど、彼には、そんな友達は⋯⋯⋯⋯いや、いた。それは私だ。私だった。


 彼は私に救いを求めていた。他の誰でもない私に。


 引っ込み思案で、口下手で、笑った笑顔は無邪気で可愛い、そんな彼が私の救いの手を欲している。


 ほら、彼のことはたくさん知ってる。そうだ、彼はもう私の友達だったのだ。


 ⋯⋯そのはずなのに。私は何も出来なかった。

 何度もいじめを止めようとした。

 だけど、声が出なかった。足が動かなかった。

 ⋯⋯何も出来なかった。


 私の中途半端な優しさが彼を殊更傷つけたのだ。




 やがて月日は流れて、彼はどこかへと転校していってしまった。

 私は、次の転校先ではいじめが起こりませんようにと、そう願うことくらいしか出来なかった。


 この一件は私に強烈な後悔とトラウマを植え付けた。

 だから、それからの小学校生活がどんなものだったか、ということを覚えていない。

 修学旅行の行き先はどこだったか、そもそも行ったのかさえ定かでは無い。


 私が覚えているのはたった一つ。

 こんなことを二度と繰り返してはいけないという使命感だけ。


 それを果たすためにも中学校は私のことを誰も知らない、私も誰も知らない。少し離れた所に進学した。


 そして⋯⋯私は変わった。

 変わること以外に私の目的を果たすことが出来なかったからだ。


 希望と期待に満ち溢れた瞳。誰にも平等に接する人懐っこい性格。そして、どんな時でも笑顔を絶やさず気丈に振る舞う人気者。

 そうやって作った偽りの新たな私、それが今の水上明美というわけだ。


 そして高島晴樹くんが現れた。


 似ていると思った。私のトラウマの原因である彼に、とても。


 だからこそ⋯⋯絶対に守ってみせると、私は決意したのだから。



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