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5.善人の彼女。

 学校二日目が始まった。

 昨日たっぷりと眠ったこともあり、疲れはすっかり無くなった。

 今ならば大抵のことをこなしてみせる自信がある。


「高嶋くん! おはよー」


 そう、例えばこんな友達のような挨拶をされても動じないくらいには⋯⋯


 教室の扉を開けると、水上明美はまるで友達の如く、笑顔を振りまき俺へと話しかけてきた。


「⋯⋯おはよう」


 俺は、聞こえるか聞こえないかくらいの震えた声で挨拶を返す。


 傍から見れば冴えないやつが人気者に話しかけられ、戸惑っている光景のように見えるのだろうか。


 いや、まあ、実際その通りか。

 自信があろうがなかろうが、俺は何も変わらない、冴えない生徒、暗くてつまらない人間なのだ。


 しかし、違う、昨日とは確実に違うことがひとつ。


 それは、俺がこれを意図的にやっている、ということである。

 意図的に、つまりはこれは戦略なのだ。、

 昨日一日かけて考えついた俺がこの学校で、この世界で生きていくために必要なこと。


 名付けて「知り合い以上友達未満作戦」である。


 知り合いではある。それなりに話もする。しかし、友達かと聞かれると首を捻る微妙な関係。

 その絶妙なラインをギリギリで攻めるという非常にシンプルな作戦だ。

 これで友達ができることはほとんど無くなったといっていいだろう。

 なぜなら、こんな暗いやつと友達になりたがる変わった人間はいないからだ。

 

 そう思い、いつもより三割増しくらいで根暗アピールをした⋯⋯はずなのだが。

 水上は意にも介さず変わらぬ笑顔を向けてきている。


 それだけでなく、水上は次の瞬間とんでもない事を口走った。


「高嶋くん! 放課後二人きりで話があるの⋯⋯」


「⋯⋯⋯⋯⋯⋯え?」


 その言葉を理解するのに一秒、二秒、いや、それ以上の時間を要した。


 驚いたのはおそらく俺だけではない。


「二人きり」「放課後」「話がある」この三拍子を聞いてしまったら思うことは誰だって同じだろう。


 その証拠に教室中がざわつき始めた。


「まさか⋯⋯水上」

「明美ちゃんが!」

「明美が」


「「告白!?」」


 誰かが発した言葉は波紋のように広がる。


 そう、愛の告白である。



 ◆◇◆◇◆◇



 授業中は放課後の事で頭がいっぱいだった。

 水上と? 二人きりで? 何を話すというのだろう。

 少なくとも告白⋯⋯、ではないだろう。


 悪いが中学生のクラスメイト達のように俺はそんなに純粋ではない。

 だってそうだろう? 俺のような友達も出来たことのない奴にいきなり彼女なんて、そんな馬鹿げた話があるはずはない。


 少なくとも「愛の」告白ではない。



 一時間目、二時間目と無意味な時間は過ぎていき、


 ⋯⋯そして放課後になった。


 直後、水上は俺の元へと駆け寄り、言った。


「高嶋くん!!」

「は、はい⋯⋯」


「ついてきて⋯⋯」





 二人の足音だけが廊下に響きわたる。

 放課後になって間もないはずなのに、誰の気配もしない。

 まるでそれは、この学校に俺と彼女しかいないようなそんな錯覚を起こしてしまうほどである。


 ふいに水上が口を開いた。


「ねえ、高嶋くん⋯⋯」


 ついに来た。この時、この瞬間の事を授業中ずっとシュミレートしていた。


 つまり、準備は万全! ということだ。


「学校は楽しい?」


「え?」


 どうやら準備は万全ではなかったらしい。


 予想もしていなかった問い、いや、予想できるはずもない問いかけだった。


「⋯⋯⋯⋯まあ、それなりには」

「本当に?」


「うん」


「でも高嶋くんの笑ったところ見たことないなあ~」


「そうかな?」




「⋯⋯⋯⋯」





「⋯⋯⋯⋯」




「⋯⋯猫被ってるでしょ?」



「⋯⋯⋯⋯」


 水上の真っ直ぐな視線は俺を射った。

 俺は何を言ったものかと悩む。

 肯定しても否定しても、面倒なことになりそうだからだ。


 静寂。静謐。息を飲むことさえはばかられるただただ静かな時は俺の思考を遅らせる。


 しかし、次の瞬間。


「猫だよ、猫、キャット、にゃーお⋯⋯だよ!」


 張り詰めていた空気は途端に弛緩した。


 水上は猫の手を作るように両手を丸め上目遣いでこちらを見つめる。


「にゃんにゃん」


「⋯⋯⋯⋯」


「にゃー、にゃ⋯⋯」


「⋯⋯⋯⋯」


 俺が何も反応できないでいると、次第に恥ずかしくなってきたのか水上は頬を染め居住まいを正し始めた。


 そして何事も無かったかのように努めて冷静に聞いてきたのだった。


「本当に楽しい?」

「⋯⋯うん」


「そっか、なら良かった! 」

 

 と、水上はくるりと後ろを向き踵を返す。


 そして最後に付け足すように言った。


「いつか、⋯⋯今じゃなくていいから、何かあったら、いつでも言って。力になるから、ね?」


 水上が何を言っているのか、何を言いたいのかは分からない。

 それになぜか水上は焦っているように思えた。


「は、はあ、じゃあその時が来れば⋯⋯」


「はい! 任されました!」


 水上は満面の笑みで手を掲げた。


 善人だと思った。

 ほとんど知らない俺のためにここまで言える、その神経は美しいとさえ──


 だけど、それは同時に怖いとも思う。

 善人だからこその欠点、危うさが垣間見える。


 水上明美、彼女のことは全くもって分からない。


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