2.ひとつの勘違い。
時計の針は短針が九、長針は六をそれぞれ指している。時刻は午前九時四十分。
今は授業中だ。
黒板の右端には「走れメロス」とでかでかと書かれていて、教卓には若めの女性教師が立ち何やら話している。
どうやら、国語の授業らしい。
それも俺の大好きな作品「走れメロス」の授業。
少しテンションが上がる。
真面目に授業を受けようか悩んだが、まずはこの状況を考えることが先決だと思い立ち、
俺は考える⋯⋯
異世界に召喚されたはいいが、まず何をしようか。
いや、特別何かをしようと意気込まない方がいいのかもしれない。
なぜならここは現実世界と遜色のない異世界なのだ。特に何かすることはないだろう。
この世界で俺が気をつけなければならないことはひとつだけ⋯⋯
うっかり友達を作らないようにすることである。
いや、現実世界でも友達一人すらいなかった奴が何言ってんだ、と突っ込まれてしまいそうだが、万が一の時の為だ。
大丈夫。現実世界と同じ感じで人と接していれば問題は無い。
ひたすら寡黙に、無口に、睨みつけるように接する。
そうすれば友達など出来るはずもない。ちなみにこれは俺の十八番だ。
そんなことを考えている内に、時計は九時五十分を指し示していた。
そろそろ授業が終わる時間帯なのだろうか、他の生徒達も時計を気にしだしている。
キーンコーンカーンコーン
その音が鳴った瞬間、一気に空気が弛緩した。授業終了の合図だ。
生徒たちは声をあげたり、伸びをしたりして、各々の授業終わりの余韻を楽しむ。
と、俺の元に近づいてくる生徒が一人、いや、二人、三人と、どんどんと増えていき⋯⋯
気づけば、俺の机の回りは生徒達で包囲されていた。
回りの生徒達に敵意はない、害意もない。
だから、余計気味が悪かった。意味不明だと思った。
何はともあれ、大ピンチだ。俺のような人間に構う奴なんているはずもない、そう鷹を括っていたのが運の尽きだったか。
もしかしたら、友達になって! なんて言われるかもしれない。
その時は少し気が引けるが断ることにしよう。
しょうがない。俺は一人で生かなければならない運命なのだ。
「高島くんってどこから来たの?」
「え?」
正直、度肝を抜かれた。
予想と違った言葉が何の脈絡もなく飛んできたからだ。
「もしかして、東京から来たの?」
「え、いや⋯⋯」
疑惑が確信に変わる。
この口ぶりからして、どうやら俺はどこかからこの学校に来た転校生、ということらしい。
ならば、俺にいきなり話しかけてきた、というのも納得の事実だ。
「あ、分かった! 千葉だよ。絶対、千葉だ! この子、千葉顔だもん 」
「どんな顔だよ⋯⋯」
「えーと、なんか、ザ・千葉!! って感じの顔~」
「は? 何言ってんだ、お前。ほんと、明美って馬鹿だよなあ~」
「秀くんひどっ!」
そんな会話を見知らぬ少女と少年が繰り広げ、他の生徒達は笑いを入れる。
微笑ましい光景だ。おそらくこれが彼女達の日常なのだろう。
その日常は多分、明るくて、そして脆い。
俺には絶対手に入らないものだ。
だからこそ、羨ましいと思った。
同時に── いや、今はいい。
「それで高島くん、千葉のどこ中なの?」
「千葉確定かよ」
「秀くん! うっさい!」
俺は明美と呼ばれた少女の言ったひとつの言葉に引っかかりを覚えた。
聞き間違いだろうか?
いや、そんなはずない。こんなに近い距離なのだ。
俺が聞き間違えるはずはない。
じゃあ、なんだ? どういうことだ?
まさか──
「ちょっと、ごめんトイレ」
そう断りを入れ、俺は教室から一人発つ。
「あ、うん。いってら」
明美と呼ばれた少女は小さく手を振ってきた。
その顔は酷く、疲れているような気がした。
俺は教室を出て、一目散に走った。
もちろんトイレにでは無い。
走って走って。
全速力でひたすらに走り、やがて⋯⋯
目的地である校門へと着いた。
校門にある丈夫な石に貼り付けられた板。一般家庭でいう表札の役割をしたもの。
これは学校銘板という。
読んで字のごとく学校名を記した板のことだ。
俺がここまで必死に走ってきた理由。
それは偏にこの学校の名前を見るためだ。
「県立歩凡中学校」
やはり、そうだ。
そこに記されていた名前を見て確信する。
俺は勘違いをしていた。
死んだ年齢が高校生だから、異世界でも高校生なのだろうと、顔、名前、容姿、が現実世界と同じなのだから年齢も同じなのだろうと。
しかし、どうやら違ったらしい。
ひとつ、自己紹介をしておこう。
俺の名前は高島晴輝
ピッチピチの中学生だ。
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次の更新は来週になります。