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17.無力な私、頑張る彼。

 最近教室の空気が妙に重たい。

 それに私への目線がいつにも増して多い気もする。

 私の知らないところで何かが起きている⋯⋯のだろうか。

 だとしたら、たぶんそれは⋯⋯彼に関係しているのだろう。


「高島晴輝くん」に。


 彼はああ言ったけれど、たぶん⋯⋯ううん、絶対に嘘だ。

 彼は笑った。ぎこちない笑顔であの「高島晴輝くん」が笑ったのだ。

 そして、頼むから関わらないでくれと言いたいばかりの視線を向け、「何もない」と彼は言う。

 私も彼のその言葉を出来るだけ信じたかったが、それは無理だった。

 なぜなら、今の彼は私のトラウマの「あの子」と同じ目をしていたからだ。


 何があったかは分からない。

 だけど彼の心が傷を負っているのは確かだ。もしかしたら本人にもその自覚がないのかもしれない。

 たとえ、そうだとしても、私は彼を救わなければならない。


 これがたとえ、私のエゴだとしても⋯⋯今度こそ救ってみせる。



 ◆◇◆◇◆



 私は早速、今日の放課後に行動を起こした。


「高島くん、この後⋯⋯暇?」


「え、暇じゃないけど」

 

 やっぱりおかしい。

 いつもの彼なら、嫌そうな顔はするものの直接それを言葉に出すことなんてしなかったはずだ。

 まあ、素を出してくれているみたいで少し嬉しい感じはするが⋯⋯


「えー、暇じゃないのー?」

「うん」


 しかし、ここで折れてはいけない。

 どれだけ強引でも、嫌われたっていい。


 今日じゃないとダメだ。取り返しのつかないことになると、なぜだかそんな気がした。


「高島くん!」

「え?」


「ちょっと、お手を拝借しますねー」

「ちょっ、待っ」


 そう言って私は、彼の手首を掴み、全速力でダッシュした。脇目も振らずただひたすらに走った。意外にも彼は黙って私についてきてくれた。


 たどり着いたのはどことも知らぬ空き教室。

 窓の外にはとても美しい夕焼け空が光っていて幻想的だった。


「それで? なんの用?」


「えーと、ね⋯⋯」


 そんなの決まっている。なぜあんな顔をしていたのかを彼に聞くのだ。


 しかし、何が原因で彼があんな顔をしていたのか、何があったのかが分からない以上、迂闊なことは聞けない。

 だから、私はさっきと同じ質問をしてみることにした。


「もう一度⋯⋯聞くね」


 一呼吸置いて私は言う。


「高島くん、どうかしたの?」


「だから、何も無いって!」


 彼は語気を荒らげて言った。

 それは最早”何かある”ことの裏付けだった。


 だけど、今私がしたいのはその”何か” を知ることでも高島くんを怒らせることでもない。


 今私がしたいのは⋯⋯するべきことは⋯⋯


「高島くんはさ、自分が無力だって思ったこと、ある?」


 彼はただ微妙な顔をした。


「私はあるよ。何かを救いたい、助けたいって本気で思って、でも結局は自分の力不足でぜんぶダメにしちゃって⋯⋯その時、ああ、私ってなんて無力なんだろうって⋯⋯」


「水上でもそんなこと⋯⋯あるんだな」


 それは彼の口から自然と出た言葉のように思えた。


「あるよ。ううん、今だってそう。自分の無力さを痛感してる」


 一陣の風が私の髪を撫でる。

 まるで私の言葉を後押しするように。


「だけどね、私、思うんだ。無力が一番強いんだよっ!てね」


「へ?」


「ああー、冗談とかじゃなくって、本当に⋯⋯そう思ってる」


 私は努めて笑顔で言葉を続ける。


「私は自分が無力だって知っている。この世界の誰よりも無力だと私自身が知っている。だから、それを知らない人達よりも少しだけ強い⋯⋯ただそれだけのこと」


 私は少しばかりカッコをつけて決め台詞のようにそう言い切った。


「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」


「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」


 しかし、高島くんからは反応が返ってこない。


「あのー、高島くん? 何か言ってくれないと、私恥ずかし」


 と、次の瞬間。


「そっか、ああ、そうだ、水上。その通りだと思う!」


「え、そ、そう?」


「うん、本当にありがとう。」


「どういたしまして?」


 高島くんは満面の笑みを浮かべる。


「俺もがんばろうと思う」


 高島くんはそう言って教室を後にした。


「えーと⋯⋯頑張って!!」


 とりあえず、私は適当にそんな事を。


「うーーんと、つまりどういうこと?」


 教室に誰もいなくなったところで、私は夕焼け空に向かって言った。


 まあ、高島くん楽しそうだったし、上々⋯⋯かな。


 だって、私のしたかったこと、するべきだと思ったことは「彼を元気づけること」だったのだから。


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