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14.一難去って。

「⋯⋯猫被ってるでしょ?」


 それを初めて問われた時はいつだったか、つい数日前のはずなのにとても遠い日のように思える。


 最初は正直、その言葉の意味が分からなかった。


 俺に全くと言っていいほどその自覚が無かったからだ。

 俺にとって猫を被るという行為は息を吸うかのように当たり前の事で彼女に言われるまでそれを意識したことすら無かった。


 だけどそれではダメだと気づいた。いつか躓く時が来る。


 素の自分でぶつかって得る物があるかもしれない。


 だから猫を被るのはもうヤメだ。

 彼女に言われたから⋯⋯ではなく、俺がそうしたいからする。ただそれだけのことだ。





 次の日の朝は曇り空だった。

 それも、いつ雨が降ってもおかしくないという程の空模様。

 そんな空を見て俺は、雨が降らないうちに学校に行ってしまおうと、少し早めに家を出た。


 それが運の尽きだった。

 もし、時間を巻き戻せるなら雨に濡れてでも遅い時間に登校すれば良かったと、そう思う。


 最悪の間に立ち入ってしまった。少しばかり早めに登校してしまった、ただそれだけで。

 俺が、俺だけは絶対に見てはならない現場を見てしまったのだ。



 ◆◇◆◇◆



 学校に着き教室に入ると、誰かがいた。それも一人ではない。二人、いや、三人の生徒。男子二人、女子一人、その三人が何かをしていた。

 その中には昨日水上の胸の中で泣きじゃくっていた女子生徒、立花蕾の姿もあった。


 三人はコソコソとまるで人目を気にしながらに作業をしているようで、俺が彼女らの視界に入るのも時間の問題だった。


 別に見つかったところで何がどうなる、という訳でもない。


 そう思い、俺が自分の席へと歩みを進めようとしたその時、俺は一つのある重大な事実に気づく。それと同時に思わず度肝を抜かれてしまった。


 彼女達が作業をしているその机が、まさに俺のものだったからだ。


 いや、作業なんて大層なものじゃない。


 本当は気づいていた。入ったときには、その表情を見たときにはもう全て分かっていたのだ。

 悪意に満ちた表情。共通の敵を見つけ、嬉嬉として邪悪な笑みを浮かべる彼女達。その表情はとても醜い。


 彼女達が行っているのは最も下劣な、くだらなくて、口にするのさえはばかられる行為だ。


 つまるところ、彼女達は俺に対し嫌がらせを、もっと言うと、いじめ⋯⋯を行おうとしているのだ。

 その前準備を現在進行形で行っている、という訳だ。


 それにしても机に悪口、か。小学生のいじめみたいだな。

 まあ、所詮は中学生。つい数年前までは小学生だったのだから仕方が無いといえば仕方が無いか。


 そんな事を思っていると彼女達が驚いたような声を上げた。


 ようやく俺の事を認識したみたいだ。


 彼女達は、俺がその光景を見ているのに気付くとしばらくバツの悪そうな顔で俺を見ていたが、やがて、不敵な笑みを浮かべ、こう言った。


「何見てんの? 何か文句ある?」


 口を開いたのは立花蕾。鋭い眼光をこちらに向ける。


「高島くんがウザイからみんなでいじめようって、みんなで決めたんだよ。翔平くん、圭くん、そうだよね?」


「え、あ、ああ」

「そうだ」


 どうやら完全に開き直ったらしい。


 そこには、昨日涙を流していた、水上に可愛がられていた立花蕾はもういない。


「あんたがっ! あんたが悪いんだ!」


 いるのはただの醜い少女だけだった。


「明美ちゃんを、みんなの、みんなが大好きだった⋯⋯明美ちゃんを返せっ! 」


 立花は語気を荒らげ更に続ける。


「あんたが転校してきてから全てが壊れたんだ! その前までは皆が、本当に皆が幸せだった。明美ちゃんだって私たちのグループで毎日幸せそうで」


「本当に?」


 今までの俺とは違う。何より先に口が動いた。


「え」


 立花は驚き、ただただ立ち尽くしている。

 まさか、いつも無口な俺が、何か言葉を発するとは思いもしなかったのだろう。


「本当に幸せそうだったか? 本当に幸せになら今もそうじゃ無いとおかしいだろ? なんで、今水上はお前らのグループにいないんだ?」


 さながら、それはマシンガントーク。

 畳み掛けるように、隙をつくように、確実に傷を抉る。


「幸せだったなら、離れることなんて無いはずだ」


「そ、それは」


「でも実際、アンタ達とは距離を置いた」


「それは⋯⋯」


 立花は何も答えない、答えられない。

 そんな中、俺は決定打となる一撃を放つ。


「ホントはアンタも分かってるはずだろ? 水上は幸せじゃなかったんだ。アンタ達といて楽しくもなんとも無かったんだ。だから、俺を使って上手くアンタ達との距離を置いたんだよ」


 水上明美はそんな事をするような薄情な人間では無い。それを俺は知っている。こんなの口から出まかせだ。


 だけど、彼女の中ではそうでは無かったらしい。


「黙れっ!黙れ。うるさい。だって明美ちゃんは私のこと好きだって、そう、昨日も言ってくれたんだから」


「ああ、それか。それなら俺も言われた。というかクラスの全員、”平等”に好きだって」


「うっ」


 事実に勝るものは無い。立花もその水上の言葉を実際に聞いていたのだから反論のしようがない。


「ああ! ああ、もういい。いいから。あんた潰してやるから覚悟しとけ」


 捨て台詞のようにそう言うと、立花はこの場から姿を消した。


 だけどそれは、立花蕾自身が俺の言った全てを認めているのと同義だった。

 彼女は考えることを放棄したのだ。

 口では勝てない。考えたとしても俺に言い負かされることは必然だと認めてしまったのだ。

 彼女は水上に愛想を尽かされたと、そう本気で思っている。

 彼女の中で水上はそんな薄情な人間だと、善人では無いと認識されているらしい。


 立花の中では水上明美はその程度の人間だということだ。その認識の時点で彼女はすでに俺に負けている。



 立花は水上の事を何も分かっていない、分かろうともしていないのだ。

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