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10.可愛くて、強くて。

 頭が痛い。熱い。どうにかなってしまいそうだ。

 自分が何に怒っているのかさえ⋯⋯忘れてしまいそうになる程に。

 そうだ。俺は怒っている。俺の身に降りかかる理不尽にとても怒っている。


 昼休み、上野秀に言われた通りに俺は3階の教室へと向かうべく、教室を後にした。

 いや、違う、ひとつ訂正する。これは俺の意思だ。上野に言われたからなどでは断じて無い。

 俺自身、上野に一つ言わなければならないことがあったことを思い出した。

 だから好都合だ。そういう話であり他意は無い。

 上野秀の居場所が分かっている昼休みの今しかないのだ。


 誰に言い訳をしているのだろう⋯⋯俺は。


 3ーCの教室に着き、扉を開ける。

 風が吹き抜け、思わず目を閉じた。

 とても強い、強い風だった。


 目を開けると、その風に髪を靡かせる男子生徒が⋯⋯言うまでもなく、上野秀だ。


「⋯⋯⋯⋯」


「⋯⋯⋯⋯」


 上野はなにを話すでもなく、俺の方を見つめる。


「⋯⋯⋯⋯」


「⋯⋯⋯⋯」


 ただの沈黙は、静寂は、とても重くて⋯⋯気まずくて、そんな空気に耐えられずに言ってしまった。


「そ、それで話って?」


 ああ、まただ。また、俺は── なんで俺が⋯⋯


「ふっ」

 

 上野は笑った。


 え? なんで。なんで笑った?


 今の状況で面白いことなんて何一つ⋯⋯いや、違う、上野は面白くて笑ったわけじゃない。今の笑いは俺を見下した末に出た笑いなのだ。 そうだ。そうに違いない。


 少しずつ、萎んでいた怒りが再度燃え上がる。ふつふつと確実に、今度は更に大きくなって。


「何だ? 怒ってるのか? 高島。 顔色悪いぞ、アレだったらまた今度でも⋯⋯」


 聞こえない。なにも聞こえない。何も分からない。


「何で俺がっ」


 俺の掠れた声が教室に響く。


「なんで俺が気を遣わなければならないんだ」


 言った。言ってやった。やっと言えた、それだけでもう満足だった。


「別にそんなこと頼んでない」


 しかし、上野は冷静に返す。


「いっつもなんでお前らにビクビク怯えなければならないっ!」


「それは⋯⋯ホントに知らん」


 すると、上野は困ったように視線を逸らした。

 その表情を見た時、ズキンと俺の中の何かが傷んだ。


 申し訳なく⋯⋯思ってしまったのだ。


 本当は分かっていた。俺は全てを分かっていたのだ。

 そうだ、上野は何も悪くない。悪いのは全て俺で、理不尽なのも俺だ。

 それを分かっているのにも関わらず、分からない振りをした。


「なんで、何で何でなんで? 俺はこんなにも⋯⋯」


 自己嫌悪に陥る。自分の全てを否定したくなる。



 気付けば俺の頬からは涙が滴り落ちていた。




 ◆◇◆◇◆



 大きな音がした。

 何かを開け放ったような大きな音、それもとても近くで聞こえた気がした。



「喧嘩はダメーーーーーーーーーですっ」


 騒がしい、聞き慣れた声、ついさっきまで聞いていた声。水上明美の声だ。

 水上は教室に入り、いつものように俺に話しかけてきた。


「高島くん大丈夫? ふふぅ、安心して! 私が来たからにはもう安全だよっ」


 水上はいつもと変わらない。俺が泣いている理由なんて聞いてくる気配すらない。あるのは本当に笑顔だけだ。

 変わらないからこそ安心する、安心できる。


「秀くん! 何があったかは知らないけど、泣かせるのはどうかと思うよ!」


「いや、ご、誤解だ」


「かくごっっっっっ」


「ちょっ、待っ」



 ああ、水上は本当に⋯⋯⋯⋯強いなあ。



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