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05.『単純でもいい』

 昔みたいな関係と言っても別に恋人とかだったわけではない。

 ただ単に、家に行きたいと言われるくらいには仲良かっただけだ。


「昔みたいな関係に戻りたいって、君がそれを壊したんだけど」

「わ、分かってる、だからこそなんだけど……」


 彼女は先程と同じくスカートを握って、でもこちらを真っ直ぐに見ていて。

 そんなに緊張するくらいなら言わなければいいのにとは思いつつも、これもまた弱さからなのか扉を閉じて無視をする、ということができなかった。


「でもさ、また君は同じことを繰り返すんじゃないの? そして、それをしたことによる僕のメリットは? 君のメリットは?」

「メリットなんて分からないよ、そんなことを考えてするようなことじゃないでしょ? 箱田くんはいちいちメリットを考えて人間関係を構築するの?」

「ならデメリットは?」

「だからそれも分からないって!」


 なにもメリットがないと分かっているのにそれを求めるのはどうかしている。

 で、彼女にとってはそれでいいだろうが、僕にとってはメリットどころかデメリットしかないわけだ。

 彼女といれば高校でも悪口を言われるかもしれない。馬鹿みたいな連中が馬鹿みたいに過去のことを鵜呑みにして、馬鹿みたいに一緒になって自由にして。


「もう嫌なんだよ、やめてくれないかな」


 直前に瀬戸さんがネタバラシをしてくれていなかったら、そんな可能性もあったかもしれない。僕は単純だからあっという間に変わっていた可能性がある。

 でも、僕はまた他人に自由にされたんだ。守らないと潰される。ちょっと強くなったメンタルくらいじゃ話にならないんだから。


「……クラスで友達がいないの……いまはあなたが悪口を言われることはないよ」

「君は言われてるの?」

「……言われてるわけじゃないけど」


 自業自得だ、って即答しろよ馬鹿な僕め。

 なんで可哀想とか思っているのかね、ツケが回ってきただけなのに。

 でもあれだろ? 彼女には瀬戸さんという友達がいるじゃないか。

 僕のところには残らなかったそれがまだあるのに、どうして僕を望む?


「よく分からないね君は、なにがしたいのか全部分からない」


 関係を修復したいなら高校に入ってすぐとかでも良かったのでは?


「そもそもさ、11月になって動こうとした理由はなに?」

「……櫻から聞いて焦れったくなって」

「それまではどうしてたの? 僕が瀬戸さんと関わりだしたのだって今月に入ってからだけど」

「……私はあなたといたかった」

「だからそれを壊したのは君だって、それも最悪な方法でね。ね、嘘を付くとしてもさ、わざわざ教室で、他の人に向けてあんなことを言う必要があったかな? 僕が君を無理やり連れ込んだ? 君が来たいって言ったから連れて行った結果があれだよね。口喧嘩が原因だってことは分かってるけど、その内容だって普通のことを言っただけなんだけどね」


 初めて家に来てその日に泊まりたいなんておかしいと思ったから、「駄目だよ」と言っただけだった。それが彼女にとって不服だったらしく、食いつき、叫ばれ、怒られ、出ていかれて――翌日、学校に行ってみればあれが待っていた、と。

 どこまで自分勝手なんだ、この子は。大人しく付き合ってる僕も馬鹿らしいが。


「分かった。でも、櫻のことは責めないであげて」

「責めるもなにも、もう関わりがないしね。彼女はきっぱりと僕に興味がないと口にした、だからそんなこと考えても意味ないよ」


 彼女が背を向けて歩きだしたので静かに扉を閉じる。


「はぁ……」


 誰もいないリビングのソファに寝転んで、僕はひとつ溜め息をついた。

 なんで今更なんだよ、もう少し早ければ変わっていたかもしれないのに。

 面倒くさいことばかり引き起こして、こちらを振り回して。

 そのくせ、責任なんて取ろうともしない。

 困ったものだ、本当に。




 月曜日。

 僕はただただ無心で、ぼけっとして1日を過ごした。

 途中で緒方が来て瀬戸さんと盛り上がったりもしていたけど、それ以外は特に変化のない1日だった。

 放課後になっても帰る気が起きなくて頬杖をついていると、いつの間にかやって来ていた西山先生が僕の頰を掴む。

 ただただ困惑しじっと見つめていると、「友達同士ならこういうこともやると思ったんだ」と無表情でネタバラシをしてくれた。


「帰らないのか?」


 最近はよく聞かれるなあ、帰る気はないので「はい」と返しておく。


「瀬戸も緒方も楽しそうにしていたな」

「そうですね、仲がいいことはいいことです」

「お前も加わればいいだろ、無駄なプライドなんて捨てて」

「先生……」


 これはプライドなんかじゃなくて恐れなんだ。

 また裏切られるんじゃないか、仲良くしているつもりになっているだけなんじゃって考えたら止まらないという状況で、その言葉は僕の心をぐさりと突き刺す。


「ま、女の子の言葉を信じたくなる気持ちは分かりますよ。味方をしておけばワンチャンがあるかもしれないって思うかもしれないですからね。それくらいには彼女は可愛かった、だからこそ重症化したんですけどね。……やっていられませんが」

「過去のことは変わらないだろ、そうやって避け続けてなんになるんだ?」

「厳しいですね、西山先生らしいです」


 グサグサ正論口撃をされても困るんだよなあ。

 中学のときにいた女の担任も同じようなことを言っていたかな?

 でも、僕が無実と分かっても落ちた評判は変わらないんだよ。

 だからどんなに頑張ったって意味がないんだ。

 しかも僕はまた馬鹿みたいに騙されることになったから。


「難しいんだよ、簡単にできたならこんなところぼけっとしてはいない。惨めに友達0なことを気にして相談なんかしたりしない。変えたいのに怖くて距離を作ろうとなんてしない。……先生は強いからそんなことを言えるんだ、少し聞いた情報だけで判断して好き勝手に言うな」


 鞄を持って教室から出る。

 残っていなければ良かった。

 そうでなくても母との関係がギクシャクしてて居づらいんだ、なのにこんな気持ちを抱えたまま帰ったら、必ず良くないことが起こってしまう。

 女はなにがしたいんだろう。

 近づきたいのか、傷つけたいのか、それがよく分からない。

 ましてや近づいてきてチクチク説教なんて、必要ないんだ。

 ――学校から出たのに帰る気にはなれなくて、僕は近くの公園に来ていた。

 もう外は暗いし、なにより冬で寒いため、人っ子1人いない空間で。

 錆びたブランコに腰掛け、動き始める。

 ギィとこれまた寂しい音を響かせ、そんなんでも一応安全で。


「ワンッ」

「こら、ミロ!」


 はぁ、どんな偶然だよと僕は内心で溜め息をつく。


「す、すみま……あ……」

「ワンちゃん、可愛いね」


 柴犬、だろうか。毛量はあまりないけど、それでもモフモフしてて可愛い。


「夜に散歩なんてしたら危ないよ、君だって女の子なんだからさ」

「あ、ありがと……」

「いや……」


 ええいっ、なんだこの気恥ずかしいやり取りは! と、後悔したがもう遅い。

 ただ、冬だろうと変質者が出る可能性が0というわけではないので、気をつけていた方がいいと思うのだ。


「なんでまだ制服を着ているの?」

「いまさっき学校から出てきたばかりなんだよ」


 西山先生に不満をぶつけて逃げ帰るようにしてきた。

 んで、家には帰りづらいからこんな寂しいところで時間を潰している、と。

 ……なんともダサい話である。


「え、こんな遅くまで残ってるの? あ、中学生のときみたいに先生のお手伝いをしていたとか? え、偉いね」

「いや、逆だよ逆」

「え?」


 それこそ無駄なプライドだったんだろう。

 せっかくアドバイスをしてくれたのに「余計なことをするな」と、突っぱねることしかできなかった。

 教師で担任な以上、蔑ろにするなんてことはないだろうが、それでもいままでどおりいられるなんて楽観はできない。


「それより夜はやめなね、危ないから。それじゃあね」

「あ、待って!」


 ……不意に手を握られたくらいでドキドキするな。

 しかも相手は自分を陥れてきたような子だぞ、それだというのに単純がすぎる。


「あ、危ないと思うならさ、毎日付き合ってくれない?」

「は!?」


 ……そういえば中学の頃も積極的ではあったっけ。


「ほら、冬とはいえミロもお散歩できないのは辛いと思うんだよ。で、寒いと美味しいご飯ばかり食べて動かずに私がブクブクブク……あぁ、考えたくもない! でさ、箱田くんが一緒にいてくれれば運動もできるしいいでしょ? おまけに夜ならさ……誰にも文句を言われないよ。……違うや、私が一緒にいたいの!」


 この子はどうして真っ直ぐにいられるんだろう。

 そしてどうして、あのときは真っ直ぐでいられなかったんだろう。

 非常に勿体ないことをしたと思う。

 や、僕だってあんなことがなければ仲良くしたかったんだ。

 一緒に生活をして、もっと仲良くなったら~なんてことも考えたことがある。

 それくらい彼女は可愛くて魅力的で、常に側にいてくれた子だった。

 ……けれど、まあ色々あった、それとしか言いようがなくて。


「今日の昼休みだって男の子と話をしていたでしょ、その子に頼めばいいじゃん」


 昔とはもう違うんだ、彼女を優先して動いているわけじゃないんだ。


「……夜にふたりでいるのは怖いよ、そんな子といたら本末転倒でしょ?」

「はぁ……ミロちゃんのためなら仕方がないね」

「そう! 私のためじゃなくてこの子のためだから!」

「ワンッ」

「あーもう、そんなにシッポフリフリしてぇーあははっ」


 僕とだけいる状況でこの子が笑顔なの久しぶりに見た。

 いや、ミロちゃん効果だということは分かってる、そこは勘違いできない。

 でも、たったそれだけで「協力してもいいかも」なんて思ってしまうんだ。

 それに、彼女は冗談交じりに()()()()に向かって「啓に連れ込まれた」と言っただけだったんだ。

 真剣な雰囲気ではなかった、すぐに嘘だとネタバラシできるような感じだった。

 だから、それを広めたのは瀬戸さんと外野ということになる。

 

「箱田くん?」

()()、ちゃんと約束を守るよ。それじゃあ、明日からね」


 単純でもなんでもいい。

 先生の言っていたように過ぎたことはもう仕方がない。

 だったら、彼女みたいに少しでも真っ直ぐ生きるだけだ。

メインヒロインは誰にしようかね。

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