04.『キミとは違う』
「簡単に言わないでくださいよ、それができたらこうなってはいません」
だったら西山先生とも友達になれなくてそれでいいと思う。
大体、教師と友達ってなんだよ、偉そうじゃねえかよそれじゃ。
先生はあくまで惨めな生徒を気にかけてくれているだけだ、勘違いするべきじゃない。
「それなら一切無駄なことを考えず、きっぱりと切るんだな」
「非情ですね」
「なあに、人間はアホみたいにいるんだ、他の気の合う存在を探せばいい」
「教師の言うことではないですね」
簡単にそれができれば苦労はしていないんだ。
複雑な気持ちを抱えているから割り切ることができないんだ。
だというのに、この人は簡単にこんなことを言う。
生徒の問題だから生徒同士で解決させるということなのか?
うーん、厳しい、僕にできるだろうか。
「だな。だから頑張ってみろ」
「矛盾してま――また先生の策略ですね?」
「さあ、どうだろうな」
暗いのが怖いとか言っていたくせに廊下から現れた瀬戸さん。
僕は恐らくジトッとした視線を先生に向けているだろうが、先生は一切気にせず「頑張れよ」と残し逆に教室から出ていってしまった。
帰るのも気まずいので僕が席に座ると、彼女もこの前みたいに横の席に座った。
「……廊下、怖くなかったの?」
「…………怖かった……です」
「だったら教室にいれば良かったのに、それか早く帰るとかさ」
余計に罪悪感が酷くなるじゃないか。
横目で見てみると、彼女は俯いたり前を向いたりを繰り返しつつも僕を見ていた。
「あのさ、昨日のは別に怒っていたわけじゃないからね? あれはあくまで君のためだったというかさ」
まず謝罪を――なんてできる性格はしていない。
放課後まで散々悩んでみたが、結局、最後まで自分が正しいとしか思えなかった。
そしてそれを先生は肯定してくれたわけだ、だったら簡単に謝罪なんてするもんじゃない。
母は肯定してくれなかったけれども。
「……それも怖かったです」
「そうかもね。でもね、僕にとっても気軽に泊まられるのは怖かったんだ。僕がそうしているように、君も先生を利用して僕のことを告げ口するかもしれない。誰だって女の子の意見を信じるものだ、ましてや友達0の人間の言葉なんて信用に値しないからね」
いくらでも事実を捻じ曲げることができる。
無理やり連れ込まれたとかそういうの、もっともそれをするメリットはまるでないが。
だってどっちにしろ味方が誰もいないそんな人間だからね。
「私が……嘘をつくと思ったの?」
「いやまあ、君もそういう人間かもしれないって恐れたのは本当だよ」
別に孤立の理由はそれではないが、中学のときにそのやり方で犯人を作った女子に出会っていたから。
だから同級生の女の子というのは心から信用することができない。
傍から見ていた――見ているしかできなかった僕でもこう感じているくらいだ、犯人にされたその人からすればたまったものではないだろう。
外出すらできなくなるかもしれない、だってどうしたって異性というのは目にすることになるから。
寧ろ吹っ切れて外に出られる可能性もなくはないが、その心はいつまでも傷ついたままでいることだろう。
普通でいられるのは大人の女性の前、くらいだろうか。
「だって理由が分からないんだ、君は僕と友達になるのが嫌だと即答したのに、すぐに意見が変化した。それっておかしくないかな? あからさますぎないかな?」
「……はは、やっぱりヘタクソだったかな」
「うん。君風に言えば、ヘタクソだったね」
理由が分からないんだ。
犯人にして、周りから悪口を言われるところを見て、それは楽しいことなのか?
楽しいなら結構だが、後から「こんな大事にするつもりじゃなかった」なんて言われても困るんだよ。
悪役だったら最後まで演じればいい。
途中で「本当はおかしいと思っていたの!」なんて叫ばれても、過去は変わらないんだよ。
「私さ、紗織と連絡取り合ってるんだよね」
「ははは……まさかその名前を聞くとは思わなかったけど」
緒方紗織――彼女の名前なんて思い出したくもなかったものだが。
「それで君の情報を送ってた」
「なんのために? 馬鹿にするためになら、中学の時に散々されたけど」
「接点が欲しいって、いつかまた話したいって言ってたよ」
ま、最終的にはどうしようもなくなって、僕らは和解する形となった。
僕も悪かったということでね。
「そっか。あ、僕に近づいていたのもそういう理由だよね?」
「うん、それ以外には一切ないから」
「従わないと脅されるから?」
「そういうキャラ作りをしていただけだよ。暗闇だって怖くないし、大声で怒鳴られてもビクッとはするけど怖くないしね」
「僕も君も嘘つきだったってことか」
なんのために罪悪感を抱いていたんだろう。
やっていられなくなって僕は机に突っ伏した。
「帰らないの?」
「君は先に帰りなよ」
「そうするね、じゃあね」
友達に戻りたいという気持ちすら消え失せた。
謝罪なんてしなくて良かった、僕の判断は間違っていなかったのだ。
「あれは強烈だったな」
「そうですね、騙されるのはもうこりごりです」
先生が代わりに横に座って、
「約束だからな、私がお前の友達になってやろう」
そう言ってくれたので、「ありがとうございます」と小さく返事をしておく。
「でもまさかな、瀬戸があんな感じだとは思わなかったな、私も」
「僕もですよ。暗闇と大声を恐れる少女だと思っていましたから」
僕の無意味な情報を流して、どんな気持ちだったんだろうか。
どれだけ無駄なことをしているのかと、嘆いたことはなかったのだろうか。
でもどうして今月になって近づいて来たんだろう。
「人間というのは恐ろしいものだな」
「ですね、行動や言動ひとつで相手を陥れることができるんですから」
自分もしてしまうリスクだってある。
だからあまり他人のことばかりを責めてもいられない。
「というか、緒方という名字の生徒は学校にいるのにな」
「そこなんですよね、なんでわざわざ面倒くさいことをするのか」
同じ中学だったんだ、ここを志望していてもおかしくないことで。会おうと思えば速攻で会えるわけだ、別のクラスなだけなんだし。
それなのにいちいち瀬戸さんの報告を頼りにするのは、おかしいと思う。
あと、11月になってから接触してきた理由がやはり分からない。
「なにかあったのか?」
「あるかと聞かれればありましたね」
「話す気にはなれないか?」
「つまらない話ですよ? 単純に『家に行きたい』って言われたから家に連れてった次の日に、『無理やり連れ込まれた』と緒方さんが教室で言っただけです。まあその家に連れて行ったときに、口喧嘩をすることになった……というのもあるのでしょうけど」
だからって無理やり発言はどうかと思うが。
勿論、周囲は信じ、僕に非難してきた。
僕が「違うよ」と言い訳をする度に怒られて、気づけばなにも言わなくなっていた。だって言っても無駄だと分かっていたから。
そんな時間を過ごすことになるくらいならと心を少しだけ閉じて生活する、それを繰り返した結果がいまなのかもしれない。
友達0の理由は分かる――なぜなら中学時代の子達も沢山ここに来ているから。
「なるほどな、お前は無理やり連れ込むような男ということか」
「周りから見ればそうでしょうね」
なるほど、確かに彼女は可愛かった。
相手が男の子とか女の子とか関係なく気さくに接することができて、優しくいられることができて、積極的に行動することができた。
分かる、分かるよ、そんな女の子の言葉を信じたくなる気持ちは。
僕がなにも知らないただのクラスメイトなら、一切迷うことなく彼女の言葉を信じたはずだ。その裏側にまるで意識を向けず、相手を責めるはずだ。
ただ、どうして外野が出しゃばってくるんだ?
そいつらは被害に遭ったわけではないのに、まるで自分が被害者みたいな立場で物を言う。
言葉だけならまだ良かったが、物を隠すようなやつもいた。物理的攻撃を仕掛けてくるやつもいた。
流石に男の教師が緒方の味方をしたときは笑うしかできなかった。僕も「くだらない」と割り切れる強さを備えていたのなら良かったのだが……、
「僕が無理やり連れ込めるような陽キャなら、友達0なんて有りえないと思いますけどね。いやはや、周囲というのは表しか興味ないですからね、裏でなにがあろうと信じたい方しか信じない。……とにかく、彼女を泊めなくて、彼女に謝罪をしなくて良かったです。もう帰りますね、より寒くなりますから。ありがとうございました」
先生はなにも言わずにこくりと頷いてくれた。会釈をし、教室を出て暗い階段を下りて廊下を歩いていく。
正直、教師というのもあまり信じられない群ではある。
でも、西山先生はなにか違う気がするから、こうしてなんでもペラペラ喋りたくなるんだよなぁ。ホイホイ喋る人間じゃないって信用したくなるんだよなぁ。
けれど、もしまた騙されるようなことになったとしても構わない。
あの頃とは違う、それなりの強さを僕は手に入れた。
11月までひとりまでやってこれたのだから、これからもそれを続けるだけで問題はないだろう。
いまみたいに教室にいる空気の存在、そのままならもっといい。
「さてと、どうなるのかね」
僕の呟きは静かな空間に響いて消えていった。
「久しぶり……」
あれ、どうしてこうなった?
なんでせっかくの休日の朝に、彼女の顔を見なければいけないんだ?
いや、彼女が現れる可能性は0ではなかった。
近くに住んでいるんだ、なんらおかしいことはではない。
ただ、それが彼女でなければの話である。
どの面下げてここに来たんだろうか。
なんでわざわざ教室であんなことを言ったんだろうか。
SNSの裏垢とかじゃ駄目だったのか?
「は、箱田くん、櫻を責めないであげてね」
「さくら?」
「あっ、瀬戸櫻」
「ああ、ま、どうでもいいよそんなの」
そもそも向こうに興味がないことは知ったわけだし、友達でもなんでもないんだから。それに、
「僕は君と違うからね、教室で『酷いことされた』なんて言うわけないでしょ」
言ったところで誰も信じないし、僕がまた悪口を言われてしまうだけだ。
緒方は少し短めのスカートの端をくしゃりと握りしめ、とてつもなく複雑そうな表情を浮かべる。
僕の方はどうだろうか? 笑えているだろうか? それとも冷たい表情を浮かべているだろうか。
……どれにも興味がない、だから扉を閉じようとしたときだった。
「昔みたいな関係に戻りたいの!」
彼女がそう叫んだのは。
メインヒロインどうするかね。
過去のことをなかったことにするのは簡単だけどさ、できる人間ばかりじゃないしね。