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03.『先生は優しい』

「西山先生、女の子を家に誘いたいときはどうすればいいでしょうか」


 僕はまた放課後まで残って、先生に土下座をしつつ聞いてみた。


「なんだ、彼女でもできたのか? 凄い進歩じゃないか」

「そういうわけではないです。瀬戸さんにとんかつを食べさせると約束してしまったので」

「そういえば今日はいないな、どうしたんだ?」

「さあ、分かりませんね」


 友達になったはずなのに全然来てくれはしなかったし、彼女もあんなことを言っておきながら他の友達と楽しそうにしていた。

 別にそれで複雑な気持ちになるわけではないが、せっかく友達がいてくれているんだからひとりがいいとか言っては駄目だよと伝えておいたというのが、今日した自分らしくない行動である。


「瀬戸に嫌われたんじゃないのか?」

「そうなんですかね……、それなら寂しいですけど」


 暗いのが怖いと言っていたし、早めに帰ろうとした結果なのかもしれない。


「箱田くん、私はいるよ」

「うわぁ!?」

「ひゃっ!?」

「だ、だからさ、自分が驚くことになるくらいなら急襲はやめようよ」


 先生も少し驚いているようだし、そうでなくても寒い冬なんだから心臓が止まりかねない。

 それにしても全く足音も気配も感じなかったぞ……。小さいとはいえ、どうなってるんだろうか。


「良かったじゃないか箱田、ちゃんと瀬戸がいてくれて」

「そうですね、心臓には悪いですけど」

「それじゃあそろそろ帰れよ、私は職員室に戻るからな」

「はい、さようなら」


 先生は片手だけを上げて教室から出ていった。

 これは一応、空気を読んでくれたというやつだろうか。


「箱田くん、家に来てほしいの?」

「うん、君が来てくれるかどうかで、とんかつが提供されるかどうかが、かかっているからね」

「いいよ。でも、明日でもいい?」

「え、うん、ありがとう!」

「うん、とんかつ食べたいから」


 いやいい、例え食欲による行動だとしても問題はないのだ。

 僕らはテンション高く学校をあとにして、またもや薄暗く寒い外を歩いていく。

 ……まあ僕だけとか細かいことはどうでもいい。


「でも、どうして家に来てほしいの?」

「え、とんかつが提供されるから?」

「それだけ?」

「うん、そうだね」


 かつのためなら誰でも利用する欲望まみれの人間だ。

 ……ここで愛想尽かされたとしても問題ない、かつが食べられればそれでいい。


「そっか、じゃあ明日行くね」

「よろしくね」

「それじゃあ私はこっちだから」

「うん、またね」


 さて、僕も早く帰って母に頼まなければ。


「お母さん、明日の夜に作ってほしい」

「いいけど、ちゃんと連れてこられるの?」

「任せて!」


 彼女は約束を守ってくれる子なので、そこに関する心配はない。

 とはいえ、次に不安になるのは母の料理のレベルだけど……。

 ま、まあ、仮に微妙であっても瀬戸さんなら文句を言わないはずだ。




 翌日、確かに彼女を家に連れてくることには成功した。

 母による美味しいとんかつも振る舞われ、瀬戸さんは笑顔を浮かべて「美味しい」と食べていた。

 で、食べ終わってゆったりとしていたまでは良かったのだ。


「瀬戸さん、帰らないと」

「眠い……」

「ほら、送るから帰って寝なよ」

「動きたくない……」


 すっかりおネムさんでソファに張り付いてしまったという形になる。


「啓、客間があるんだからそこで寝かせてあげたら?」

「いや……、大して仲良くもない男の家に寝るとか良くないでしょ?」

「べつに啓だけじゃなくて私もいるんだから問題ないよ。瀬戸さんもそれでいいよね?」

「ぅん……眠いから」

「うん、案内するね」


 いいのかこれで、瀬戸さんも母も自由すぎないか?


「……泊まっていくんなら先にお風呂入ったら?」

「……そうする、いい?」

「うん、大丈夫。じゃあそっちに案内するね」

 

 瀬戸さんよ、敬語を使えなきゃ社会人になったときに困るぞ。

 まあ、1番困るのは僕でもある。

 翌日になって冷静になり西山先生に言いつける――なんてことは避けたいものだ。

 部屋があって良かったと思うし、でも、できる限り泊まってほしくないという微妙な気持ちがあって、あまり素直に歓迎できるようなメンタルはしていなかった。

 ――数十分後、母に呼ばれて客間に向かうことになった。

 入ってみると母はすぐに出ていき、瀬戸さんとふたりきり状態になってしまう。


「箱田くん、寝られるまで側にいて」

「ど、どうして?」

「暗いの怖い……」


 こういう暗さも怖さの対象って、面倒くさそうな人生を送ってそうだ。


「分かった、君が寝られるまで側にいるから」

「うん……約束」

「君が守ってくれたからね、僕も守らなくちゃ」


 これでもう友達でいる意味はなくなってしまったけど、最後くらいは守らなければならない。

 ただ、彼女がまだ続けてくれるのであれば、続けていきたいものだが。


「箱田くん……」

「いるよ」

「大きい声とか、暗いところとか、そういうの苦手なの」

「……なにかされたとか?」


 踏み込むべきではないかもしれない。

 でも、気になってしまったものはもうどうしようもないので、欲に身を任せることにした。


「……べつに、なにもされてないよ」

「……そっか」


 ま、言いたくはないだろうし、いまの間で少し分かったつもりだ。


「最後にひとつ聞かせてくれる?」

「ん」

「もう、されてないんだよね?」


 昔になにかがあっても、いまなにもされていないのであればそれでいい。


「……そもそもされてないけど、うん」

「そっか、教えてくれてありがとう。じゃあ寝てね、ちゃんといるからさ」

「おやすみ」

「おやすみ」


 それから数分して小さな寝息を立て始めたため、僕は客間を出てリビングへ戻る。

 ソファに座って大して面白くなさそうなバラエティ番組を真顔で見ている母に、僕は言った。


「お母さん、気を悪くしないでね」

「え?」

「あの子はいい子だからさ、そりゃ敬語を使えないのは少し問題だけど」

「むしろ『美味しいっ』って嬉しそうにご飯を食べてくれて嬉しかったくらいだからね。また今度も連れてきてよ、お母さんが美味しいご飯を振る舞っちゃうから」


 母は優しく微笑んで、ソファに座るよう僕を誘った。


「啓、あの子を恋人にできたら、かつの量を3倍にしてあげるよ?」

「そこまでは無理だよ。それにきっと、彼女にとってもう僕といる理由はないからね」


 横に座って僕はそう答える。

 とんかつで始まりとんかつで終わる、なにかがなければ友達0の人間のところに来たりはしない。

 西山先生が行っていたこと、それは僕も分かっているつもりだ。

 僕だって友達0人でよく分からない人間の近くに行くくらいなら、他人と楽しそうにしている、できる人のところに行くつもりだからね。


「そうかな?」

「そうだよ、お風呂に行ってくるね」


 浴室へ突撃。

 適当に洗って湯船に突撃。

 お湯の中に突撃――意味のないことだとは分かっているが、得たものを失うって怖いものだ。

 

「……うぅ、箱田くん」

「えっ!? ど、どうしたの?」


 洗面所にではあったが、瀬戸さんがまたもや急襲してきて僕は驚いた。

 確かに寝ていたはずだったんだけど、慣れない家で目が覚めてしまったのだろうか。


「やっぱりひとりは怖い……お風呂から出たら一緒に寝て」

「い、いつもはどうしてるの?」

「お姉ちゃんが寝てくれてる」

「悪いけど、お母さんでもいいかな?」


 流石に寝るわけにはいかない。

 僕と彼女は異性だ、おまけに仲も良くないときている。

 こういうところでしっかり線引をしておかないと後々に困ることになるわけで。


「箱田くんがいい」

「ごめん、それはできないよ。認めてくれないなら送り返す、眠気も覚めているみたいだしいいでしょ?」

「……それじゃあ帰る、お姉ちゃんと寝たいから」

「うん、それじゃあリビングで待っててね」


 顔をばしゃりと洗って溜め息をついた。

 僕が欲しかったのは友達だ、こういうことをできる関係というわけではない。

 ましてや昨日や一昨日やっと友達になれたくらいなのに、そもそもがおかしかったのだ。

 ……あまり待たせてもいけないので、洗面所に出て拭いて服を着る。

 リビングに戻ったらまたもやソファの住人になっていた瀬戸さんを起こして。


「啓、なんで寝かせてあげないの?」

「帰るんだってさ、だから送ってくるよ」

「そっか……。それじゃあね瀬戸さん」

「うん、今日はありがとう」

「こらっ」

「ひっ!?」


 ここは心を鬼にして言わなければならない。

 間違っていることを気づいておきながら指摘しないなんて、僕にはできないから。


「……敬語を使わなくちゃ駄目だよ」

「ご、ごめんなさい……。あの、ありがとうございました」

「う、うん、気をつけてね」


 ――自分でやっておきながらなんだけど、気分が悪いな。

 ……それでも気にせず彼女と家の外に出て、いつもの場所に向かって歩いていく。


「それじゃあね」

「……ありがとう……ございました」


 あらら、すっかり怯えられてしまったようだ。

 僕は彼女と別れて来た道を戻っていく。

 家に着いたらソファへと寝転んで、ひとつ大きな溜め息をついた。


「啓、さっきのはなに?」

「……言いたいことは分かるけど、今日はやめてくれないかな」

「……わかった、それじゃあ明日言う」

「うん、ごめん。あ、とんかつ美味しかったよ、ありがとね」

「うん。お風呂行ってくる」


 なんだろうなあ、正しいことをしたはずなのに生じているこの罪悪感は。

 でも、言わないで不満を溜めて爆発させるよりかは、最善な選択をしたと思うんだ。

 まあ最悪、西山先生経由で謝罪をさせてもらえばいい。


「寝よう、明日も学校があるんだし」


 元気が良くなければそれすら叶わない。

 少なくともスタミナだけはしっかり管理しておこうと決めて、部屋へと帰ったのだった。




「――というわけなんですけど、僕が悪いのでしょうか」


 先生に放課後になったら質問するというのが恒例となっていた。


「いや、箱田は正しいことをした。瀬戸の行動が少し行き過ぎたな、それは」

「はい。でもですね、罪悪感が凄すぎて……嫌になったんです。なにもわざわざ追い返すようなことしなくても良かったなって、母からも朝に怒られてメンタルボコボコですよ」


 そのせいで今日は朝からずっと突っ伏す結果となった。

 いや、正直に言って、そうしないとやっていられなかったのだ。


「申し訳ないと思ったのなら謝ればいい、そう思っていないのであれば現状維持でいいだろ。別に瀬戸に拘らなくても他にも人間は沢山いる。年上なら逆に選び放題だ、もうそっとしておいたらどうだ?」

「……終わらせるならせめて最後は普通でいたいものですね」

「ま、いまのままではそれも叶わないけどな」

「そこが痛いところですよね」


 今日だって本当は近づいたんだ。

 でも結果は惨敗、怯えられ、無視され、目を背けられ、避けられた。

 それを先生の前でやらかしたものだから、先生も察したのだろうが。


「そうだな、最悪の場合は私が友達になってやろう」

「それは嬉しいですね、先生は優しいですし格好いいですから」

「ただ、せめて瀬戸との関係を修復してからにしてもらいたいものだな。消去法で選ばれるのはいささか複雑だ、私にだってそういうことを感じる心があるのでな」


 関係の修復――それが1番難しいんじゃねえかよ……。

 無茶言ってくれるなこの人は毎回。

あまり喧嘩はさせたくないぞ。

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