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20.『クリスマスに』

読む自己で。

「き、昨日……今日は大荒れでしたね」


 放課後教室に訪れた燐先生に思ったことを伝えておく。

 こういう時に変な気遣いをしたらいたたまれない気持ちになるだろう、そう判断してのことだった。

 先生は仏頂面のままなにも答えない。言いたいことは言えたので僕もまた先生がやらかしたことについてはもう触れなかった。


「箱田、昨日の私は乗っ取られていただけだ、何故か3時間近く通話していたんだよな分身が。うん、おかしいよな、な?」

「は、はい……そうですね」

「しかも酒を飲んでいたからなあいつは、好き勝手に言われて困ったものだ」

「あ、やっぱり飲んでたんですよね」

「分身が、な?」

「はい……分身が、ですよね」


 記憶が残るタイプってのは苦労しそうだ。

 でも僕はこの件で将来お酒を飲むのやめようと思えたし、勉強できたと思えば悪いことではなかった気がする。


「先生はお酒に強いんですか?」

「いや、滅多に飲まないからな。だが、昨日は何故か飲みたくなって……」

「僕は寂しさをワンちゃんに触れたりして紛らわせますよ?」

「ペットか……自分がいない間になにかあったら嫌だからな」

「それは分かります。こう、他の人が飼ってる動物を触れられるだけでいいというか、いい点ばかりではないですからね。大変なことだってあるだろうし、生物を飼うというのはもっとしっかり考えて臨まなければならないですからね」


 自分についてすら人を頼らないとやっていけないのに、生物のお世話なんて無理だ。だからミロちゃんの存在はとても助かっている。毎回お店に行って触らせてもらうわけにもいかないしね。


「なんだったんだろうなあの時の私は、凄く寂しく感じたんだ」

「そうものではないですか? 誰かといないとそうなることもありますよ」


 昔は学校に居場所が失くなりかけていてひとりでいたから分かるんだ。

 でも家にもなんとなく帰りたくなくて、あの公園でよく時間を潰していた。

 涙を流して落ち着かせないと、内側の気持ちがどうにかなりそうだったから。

 ――そこまででないとしても人恋しさというのが先生の中にも出てきたのかも。


「箱田に電話を切られた後、無性に母親に会いたくなった」

「分かりますよ。やはり親の存在はいつまで経っても大切なんです」

「今から行くのもいいな」


 先生はいい笑みを浮かべてそう言った。

 格好良すぎてすぐに目を逸らす。先生といると自分がださく感じるのだ。


「近いんですか?」

「片道1時間くらいだな、余裕だろう?」

「そうですね。だったら僕となんか話していないで行ってきてください」

「箱田も行くか? 車乗るの好きなんだろ?」

「できませんよ、それにテスト勉強をしなければいけないので」

「そうか、それは残念だな。ま、帰るなら気をつけろ」

「はい、先生も気をつけてくださいね」


 先生が去りひとりになる。


「ああ……車に乗りたかったあ!」


 けれど実家になんて行ったら問題になるだろう。

 そもそも教師の車に頻繁に乗ること自体が問題で。

 リスクがあるので、僕の行動はあれで間違っていないはずだ。


「よお、箱田」

「あ、新島先輩こんにちは」


 どうやら今日は先輩しかいないらしい。

 先輩は前の席に腰掛けひとつ息をつく。それだけで凄く格好良く見えるのはイケメン効果だろうか。


「なあ箱田、どうして断ったんだ?」

「え、あ……先生の実家に行くわけにもいかないじゃないですか」

「は? ああ……俺が言っているのは、どうして瀬戸からの誘いを断ったのかという話だぞ? え、西山先生と特別な関係なのか?」

「あ!? せ、瀬戸さんのことですか……クリスマスの話ですよね。それはですね新島先輩が先に誘っていたということと、もし仮にふたりきりになったら良くないかなと思ったからです」


 単純によく分からない女の子といたくないというだけなんだけど、あたかも先輩のためを思って言いました感が出てしまった。


「んー、箱田は変なところで遠慮する感じなんだな。それに無駄に考えて勝手にやめるのは勿体ないと思わないか?」

「考えるのも必要だと思いますけどね」

「そうだけどさ……あ、ふたりきりじゃなければいいんだろ? 千都や緒方もいるし箱田も来たらどうだ? 流石に西山先生は誘えないが……」

「それはすみません」


 空気を悪くするかもしれない。そういう場でいい雰囲気のまま終わったことがないのだ。だからそういう点で賑やかなのが苦手というわけ。


「そうか……まあ来たくないなら仕方ないよな。でもまだ時間はある、当日いきなりとかでもいいから考えておいてくれ」

「はい、ありがとうございます」


 クリスマスってそこまで重要な行事かな。

 リア充――カップルとかが盛り上がっておけばいいと思う。

 それにせっかくそこで冬休みになるんだ、尚更そうだと感じるんだけど。


「けいちゃん、どうしてそこまで頑なに拒むのよ」

「今度は妹の方……」

「なによその失礼な反応!」

「いや。新島先輩なら出ていったよ?」

「お兄ちゃんに用はないわ、あるのはあなたにだけよ」


 みんな僕のことが好きすぎる。

 で、こちらが向かうと離れていく悲しさ、と。

 

「千都、クリスマスってそこまで特別なこと?」

「そりゃそうでしょうよ、そうでもなければここまで盛り上がらないじゃない」

「普通の日常って感じだけどなあ。ま、クリスマスアンチというわけでもないし、盛り上がっている人達に水を差すつもりはないけどさ」


 そこまで惨めな人間ではない。

 だってそんなことをしていたら惨めすぎるだろう。

 他の人の輪に加われない、誘われないとかで嫉妬するなんてださすぎる。


「ひとりで寂しくないの?」

「うん、慣れっこだからね」

「そう。なら無理に誘うのはやめるわ。けれどまだ時間はあるから、考えてみたらどうかしら」

「はははっ、兄妹で同じことを言ってるよ。優しいんだね、そうやって手を差し伸べることができるのは格好いいと思う。僕の理想は新島兄妹や燐先生みたいになることだから、頑張って追いかけるよ」


 格好良さを少しでも会得したい。

 高校を卒業するまでにそれができるだろうか?




 期末テストは問題なく終わりを迎えた。

 となれば後は冬休みを迎えるだけなのでクラスメイトのテンションは高かった。

 講座、掃除、テスト返し、講座、訓練、講座。

 そして25日の今日――終業式を終えれば晴れて冬休みとなる。

 長い無……大切な話を聞いて、HRでは今年最後の先生の話を聞いて。

 終われば解散。みんなは明らかにこの後をどう楽しむかに集中していた。


「先生、今年はお世話になりました」

「箱田、ちょっと残っててくれ」

「あ、はい、別にいいですけど」


 すぐには帰ろうと思っていなかったし席に座って待つ。

 みんなは先生に挨拶をしてからあっという間に教室から消えていった。


「それで、どうしたんですか?」

「箱田、私はなにを言おうとしたんだ?」

「え、難しい問いですね……」


 察する能力が低くて申し訳がない。

 櫻や千都だったらこんな時にズバッと答えられたんだろうが……。


「いや……後半はなんかお前とばかり話していた気がしたよ」

「先生が来てくれるおかげで寂しさも紛らわせることができました、ありがとうございました」

「なあ……冬休みにどこか行かないか?」

「え……それは不味くないですか?」


 どこの誰に聞かれているか分からないので小声で返事をする。

 これは良くない流れだ。人間が抱く感情としてはなんらおかしくないが、先生の仕事内容的にアウトな行為。


「無理ならいいんだ……どうせ実家に帰るつもりだしな」

「……一応言っておきますけど、先生と出かけるのが嫌というわけではないですからね? ……でも、教師が生徒と出かけていたら問題……ですよね」


 もう既に犯してしまっているとしても開き直ることはできない。

 先生のためだ、ここで断っておかないと大変なことになる。

 自分が原因でクビにでもなったらどうするんだ? ただの小僧が責任なんて取れるわけもない。とにかく、甘えすぎてしまったのは明白だった。


「誘ってくれてありがとうございました。でもいけません、すみません」

「……ああ」

「失礼します」


 学校から出てすぐのところで僕は足を止める。

 ああ、やっちまったと内心で呟き、悪いとは思いつつも小石を蹴っ飛ばした。

 誰もいなくて助かったが、モヤモヤが内側から消えない。


「けーくん」

「櫻……どうしたの?」

「私はてっきり受け入れると思ってた」


 な、なんだ急に……誘いを断ったことをまだ気にしているのだろうか?


「べつに先生と出かけるくらいいいじゃん。私の友達で男の先生と出かけてる子いるよ?」

「え……そうなんだ。だけど無理だよ、燐先生のためを考えたらするべきじゃないでしょ?」

「格好いいとか綺麗とか平気で言っておきながら、先生がそうなったら距離を作るなんて最低だよ。やっぱりけーくんは最低男」

「それはみんなだって言ってるし……」


 人気だから先生が来た瞬間に騒がしくなったりするくらいだし。

 他の男子なんかが「告白してみるかな」とか言ってる現場にいたことあるし。

 だって先生は僕の駄目なところをストレートに指摘してきたくらいだ。

 ま、確かに先程のは……少しあれだけど、それ以外ではただの優しい先生だということには変わらない。

 またあれだろうか、チクチク口撃ウーマンに戻ったということだろうか。

 せっかくのクリスマスなんだ、痛いところを突くのはやめてほしい。


「新島先輩達とするんでしょ?」

「都合が悪くなるとすぐに話をそらす」

「いいから。何時からするつもりなの?」

「来ない人に関係ないでしょ」

「ごもっとも……」


 取り付く島もないとはこのことだ。 


「誘いを断ったことは謝るよ、ごめん」

「けーくんなんかもう知らない、一緒にいたくない」


 またこのパターンかよ。

 正しいことを言っているはずなのに、相手からすれば悪のように感じるのか。

 この情緒不安定な女の子にはなにを言っても届かない。

 全部、逆効果になるくらいなら、


「はぁ、僕も君といたくないよ」


 正直なところは吐いて後は帰ればいい。

 言ったもん勝ちだ、責任なんか取る必要はない。

 大体、わざわざ残って盗み聞きして悪口を言うってなんだよ。

 そんな暇があるなら親しい友達とでも一緒にいればいいんだ。

 だというのに彼女ときたら――やっていられないね、本当に。


「なんでクリスマスにこんな気分……」


 そして僕もなんだかんだクリスマスを意識しているというね。

 分からないのは彼女も僕も同じだった。

独身の先生相手でも恋愛しちゃいけないって面倒くさいね。


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