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19.『流される自信』

読む自己で。

 翌日。

 先生から学ランを返してもらうべく家を早く出たら、


「よお」

「え」


 何故か先生が家の外に立っていた。

 学校で返すのは不味いと思ったのだろうか?

 僕も実は少しだけそう思っていたので、この急襲はありがたい気がする。


「ほら」

「ありがとうございます」


 上着を着ていると「気をつけて来いよ」と残し先生は車で走って行ってしまった。乗せてはくれいのねと苦笑しつつも、そのまま学校へ向かうことに。

 学校及び教室に着いたらHRまでゆっくりするだけだ。ただのんびりするのは勿体ないので勉強をやることにした。

 うーん、ただクラスメイトの登校率が比較的時間が早いのに高く、賑やかで集中しづらい。だからってわざわざ場所移動もしたくないし……。


「先生、おはようございまーす」

「おはよう」


 珍しいこともあるものだ、燐先生はHR直前に来るタイプだったのに。

 他の生徒と会話を楽しむ先生をぼけっと眺めていたら先生がこちらを向いた。

 でもそれだけだ、放課後以外では基本的にこんな感じ。先生も距離感に悩んでいるのかもしれない。とはいえ、今の感じが気に入っているのでなにもしないが。

 先生が来てからは余計に教室が賑やかになり、勉強なんてしている方が間違いのように思えた。


「けーくんおはよ」

「うん、おはよ櫻」

「いつも早くに来ているけど、意味はあるの?」

「うーん、自信を持ってあるとは言えないなあ」


 クラスメイトの大半が登校してから教室に入るのが苦手というだけだ。が、早くに来てもやることはないため櫻の言いたいことも分かる。


「今度からは君が来る時間くらいにしようかな」

「うん、これくらいがいいと思う。HRまでが退屈になるしね」

「さ、櫻が優しい……」

「私はけーくんと違って優しいよ。席に行くね」

「うん、また後でね」


 少ししてHRが始まり、すぐに終わりを迎える。

 こうなれば後は授業を受けていくだけだが、それはつまり代わり映えしない時間の始まりでもあるわけだ。

 実際、1時間目から4時間目、昼休みを挟んで5時間目から6時間目になっても特別なことはなく時間が経過していった。

 放課後になればあっという間に教室から人が消えるし、残るのは僕らみたいな物好きな人間だけだということになる。


「けーくん。直人くんから誘われたけど、どうすればいいと思う?」


 櫻が残っているなと思ったら聞きたいことがあったみたいだ。


「櫻にその気があるなら受け入れればいいんじゃないかな?」

「でも……」

「どうしたの?」


 彼女は横の席に座ってひとつ息をついた。

 よく分からないが、引っかかることがあるのは確からしい。


「けーくんにも来てほしい」

「まさかそんなことを言われるとは思っていなかったな」


 自分達だけで楽しむようなことを言っていたからてっきり邪魔者扱いされていると思っていた。が、こちらを見る彼女の雰囲気は少しだけ甘いもので。


「私、けーくんのお母さんから聞いたよ? クリスマスはけーくんひとりだって」

「ど、どうや……あ、交換していたのか」

「うん、実は結構メッセージのやり取りをするくらい」


 母がおかしいのか櫻がおかしいのか、これがもう分からない。


「それか私がけーくんの家に行く」

「それは駄目だね」

「わ、私が悪口を言ったから?」

「ううん。そういう日にふたりきりは駄目だってこと」


 そもそも直人先輩が先に彼女を誘ったんだ。

「やっぱり櫻と過ごしたいので」なんて言えるわけがない。

 面倒くさいことに巻き込まれるくらいならぼっちクリスマスの方がマシだ。

 興味がないのかあるのか、そこが分からない限りは許可できるわけがなかった。

 

「ひとりで寂しくない?」

「うん、大丈夫だよ。だから櫻は他の人と楽しんで」

「……もしかして、燐先生と約束しているとか?」

「まさか、先生は実家に帰るって言ってたしね」


 あまりに予想外のことを言われて僕は困惑する。

 それこそ教師が生徒とクリスマスを共に過ごしたら問題だろう。

 先生は魅力があるが、だからこそ迷惑はかけられない。

 ……最初から誘おうとすらしてこないということは置いておくとしよう。


「……なら直人くん達とクリスマス過ごす」

「うん、そうしてあげて」

「ばいばい」

「気をつけて」


 櫻が帰って僕はひとり居残り勉強。

 さっさと帰らないのは別に先生に会いたいというわけではなく、家でひとりでやるよりかは寂しくないし集中できるからだ。

 ――17時くらいまで集中してやっていたら先生がやって来た。


「お前はいつもひとりで寂しいな」

「燐先生がいてくれるじゃないですか」


 1日1教科と決めてやるタイプなので今はひたすら数学の問題を解いていく。

 ただまあ、学校が終わったのに勉強をしなければいけないというのは、なんだか時間を損しているように感じるのは自分だけだろうか。

 それでも自分を誤魔化しつつやっていくと、あっという間に18時過ぎになった。


「燐先生が横にいてくれると助かりますよ」

「…………あ……最近は駄目だな……」


 横を見てみるとうつらうつらとしていたようだった。

 でもそれに気づかなかったということは、集中できていたということでもある。

 だから悪いことばかりではないが、気になるのは確かだった。


「心配事でもあるんですか? 寝れてないとか?」

「何故かは分からないが寝られないんだ」

「手でも繋いでてあげましょうか? 1時間くらいは付き合ってあげますよ?」

「……なら頼むかな、こういう時に寝ておかないと支障をきたすわけだし」


 って、既にこれも支障ではないだろうか。

 いつもなら「余計なお世話だ」とか言って簡単に断る人なのに。

 先生は机に突っ伏して左手を少しだけ伸ばしてきた。

 僕はそれを握って、初めてだからちょっとドキッとして。

 流石にこのままは腕がキツいので席をくっつける。

 自分は頬杖をつくような形にして、ひたすら時間の経過を待った。

 どういうプレイだろうかという疑問は尽きなかったが、先生は意外にもすぐに小さな寝息を立て始めた。

 正直、寝顔が見られるようになっていなくて良かったと思う。

 もし直視できる状態であったなら、……余計なことをして怒られていたから。

 ――19時、20時を過ぎても起こすことはしなかった。


「燐先生」


 それでも21時を迎える前には起こすことに。


「……19時か?」

「いえ、20時56分です」

「は――すまない」

「いえ。それではもう帰るので」


 名残惜しいが手も離して鞄を持ち席を立つ。


「送るから待っていろ」

「いえ、もう乗るのはやめると決めたんです。あれは最高すぎてやばいので」

「そうか……。とにかく、すまなかった」

「大丈夫ですよ。先生の寝不足が少しでも解消されたなら、役に立てたのなら嬉しいですから。それではまた明日もよろしくお願いします」

「待て、啓」

「え、どうしたんですか?」


 出ていこうとした僕を先生が止めてきた。

 これまた複雑そうな表情を浮かべているが、用件はなんだろう。


「いや、やっぱりなんでもない。気をつけて帰れよ」

「はい、失礼します」


 ……なんか漫画のヒロインみたいだ。

 大切なこと、言いたいことを言えずに飲み込み我慢する。

 僕だってひとりなことを櫻達に黙っていたわけだし、気持ちは分からなくもないが、先生にしては珍しい態度のような気がした。

 兎にも角にも早く帰らなければならない。

 前もこんなことがあって母に心配をかけてしまったせいで、遅くなると母が気にするようになってしまったのだ。親として当然かもしれないけれどね。

 寒い夜道を歩き、歩き続けて、家に着いたらまず謝罪。


「ごめん、お母さん」

「おかえり。でも、連絡してくれてたし大丈夫だよ?」

「うん、そうなんだけどさ」


 学べない人間みたいで少し申し訳ない。

 でも、すやすや眠っている先生を起こしたくなかったんだ。 

 自分が手を繋いでいたからなんて自惚れるつもりはないが、少しでも役に立てるならと嬉しかったから。

 いつもお世話になっているのに返せてなかったので、この際にと沢山ある借りを勝手に返させてもらったというわけだった。

 それからごはんを食べたり入浴を済ませたりしてゆっくり過ごして。

 23時になる前にはベッドに入った。

 相変わらず通知のこないスマホを無駄にチェックして、やはりこなくて消して寝ようとした時のこと。


「また知らない電話番号……」


 櫻のは勝手に登録してしまったのでその可能性はなくなったということになる。

 間違い電話か、それとも紗織だろうか。とりあえず出てみよう。


「も、もしもし?」

「よお」

「あ、先生……どうして僕の」

「この前、教えてくれただろ?」

「え?」

「教えて、くれたよな?」

「あ、あー! そ、そうですね……」


 勿論、教えてなどいない。

 櫻か千都か、そのどちらからか聞いたんだろう。


「で、どうしたんですか」

「今日はありがとな」

「はい、どういたしまして。でもあれですよ? 先生が横にいてくれたから勉強に集中できましたし、改めてお礼を言われるようなことではないですね」


 つまり返せていないということになるわけだ。

 先生といればいるほど借りが増えていくということ、うーんもどかしい。


「って、わざわざこのために電話をしてくれたんですか? 律儀ですね」


 こういう態度で接すれば男の人なんていくらでも寄ってきそうだけど。

 あ、でも先生は追うほうがいいと口にしていたし、追われるのは嫌なのかもしれない。


「先生?」

「もう寝るところだったのか?」

「はい、そうですね。僕のスマホは鳴らないので先生から電話がきて嬉しかったです。今も寂しくチェックしていたんですよ? 先生こそもう家ですか?」

「そうだな、ひとりでやることもないが」


 なんか飲んでる音が聞こえてるということは、お酒の可能性もある。

 独身女性が寂しさを紛らわせるために飲酒をすることはあるみたいだし、先生も案外寂しいのかもしれなかった。


「ははは、寂しいことに関してはお揃いですね。やっぱり誰か探したほうがいいんじゃないですか?」

「簡単に言うな、それにどちらにしろ同棲なんてするつもりはない。家でくらいひとりでいたいというものだ」

「先生もワイワイ賑やかなのが苦手ということですか? その気持ち凄く分かります、先生もボッチ思考ですね」


 すぐに「お前と一緒にするな」と怒られてしまったが、僕としてなんとも楽しい時間だった。

 だったんだけど……どうして僕らは1時を超えても通話しているんだろうか。


「啓……私は……」

「先生もそろそろ寝ないと」

「寂しい!」

「えぇ……」


 ずっと飲んでいる気配はあったし酔っても仕方ないのかもしれないが、甘えられてもなにもしてやれないぞ……。


「私のこと綺麗だと思っているんだろ……だったらお前が家に……住めばいい」

「ちょ、なに言ってるんですか……」

「嫌なのか」

「そうじゃないですけど、教師と生徒なんですから。そもそもこの電話だってどちらかと言えばアウトですよ」

「うぐぅ……ひっぐっ……」

「ちょ!?」


 酔った時の先生は格好良さなんて微塵もない。

 面倒くさ――可愛げはあるかもしれないけれど、でもあれだ、このまま乗ったら不味いことになる。

 思いだした時に先生が恥ずかし死するし、バレたら最悪職を失うかも。


「今日はもう寝てください、おやすみなさい!」

「あ――」


 このままだと絶対に流される自信がある。

 となれば切るしかないのだ。先生よ、ごめんなさい……。

もうメインヒロイン先生で――とは決められないんだよなあ。

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