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17.『何気ない行動』

読む自己で。

「けいちゃん来たわよ!」


 教室に入った瞬間、叫ぶ新島千都。

 ……少なくとも僕の席の場所に来てから叫んでほしいものだ。


「や、やあ……千都……」


 みんなが見ているんだ……目立つのは嫌なんだ……。

 僕は平和な生活を望んでいたはずなのに、千都がそれを壊した。

 問題なのは彼女が綺麗なこと、しかも僕が訪れた理由であったこと。


「けーくん、いつの間にこんな綺麗な子とお友達になってたの?」

「……昨日、帰っている途中に出会って友達になったんだ」

「「え……」」


 ど、どうして千都まで驚くんだ。

 驚きたいのはこちらの方なんだけど? 櫻の表情が怖いんだけど?


「最低ね……昨日、恋人になったのに……」

「意味深な言い方しないでよ!」

「けーくんは弱いくせに手を出すのは早いよね」

「ほらあ! 千都のせいでまた口撃されてるじゃんか!」


 あ、でもアホの子といるおかげで全然傷つかないっ。

 いいのか悪いのかよく分からない女の子だ。


「瀬戸さん、嘘だから安心してちょうだい」

「どうせけーくんがヘタレだっただけでしょ?」

「そうなのよ、せっかく告白したのに『君のためなんだ』とか自分に酔っていたのよ? やっていられないわよね!」

「うん、けーくんはヘタレ少年」


 最悪なコンビの爆誕――冗談はともかく、そろそろ黙らないと視線が痛い。

 盛り上がるとしても教室外でしたかった。おまけに燐先生もいてくれれば常識人なので助かるというものだ。

 ――というわけで放課後、先生が来るのを待つために教室にいた。

 先程からわーわーとふたりが盛り上がっている。加わるのは荷が重いので、ただ静かに、仙人のように。


「なんだ、今日は揃っているじゃないか」

「先生、遅いですよ!」

「は? なんだ箱田、昨日はあんな態度だったくせに」


 僕は思わず立ち上がり、自分の方から近づいた。

 先生はなんとも曖昧な表情を浮かべ、そう吐き捨てる。

 これは少しモヤモヤしていたのでは? そう考えると凄く可愛い。

 

「それは……すみませんでした!」

「まあいい。あと、自分達しかいない時は『燐先生』と呼べ、敬語もいらない。瀬戸と新島もだぞ。なあに、誰かが見ていて文句を言うようなら潰す」

「過激だね……」


 でも来てくれて助かった! これで勝てるっ。


「燐先生、私達がいなかったらけいちゃんにだけ許可していましたよね?」

「燐先生、私たちがいなかったらけーくんにだけ許可していましたよね?」

「な、なんだお前ら……そんなわけがないだろう?」

「「そうですかね、彼がいたから教室に来たんですよね?」」

「それはまあそうだな、残っているのは箱田くらいだからな」

「「お、大人の余裕……」


 そう、これが1番正しい方法だ。

 変にどもったりしたら餌を与えてしまうようなもの、マジ格好いい。


「瀬戸ー、一緒に帰ろうぜ」

「うん。それじゃあばいばい」

「ええ、さようなら」

「気をつけろよ」

「気をつけて」


 直人先輩も真っ直ぐに動けて格好いいな。

 櫻も嫌がっていないみたいだし、相性がいいのかもしれない。


「なんだ、櫻は新島兄と仲がいいのか?」

「最近はそうなんだよね……でも僕に口撃してくるのはやめてほしいけど」

「それはあれだろ、箱田が他の女にばかり構っているからだ」

「それなら燐先生と関わっているからだろうね」

「そうかもな」


 認められると困ってしまう。

 というか、先程から千都の頰が膨らんでいるのはなんでだろう。

 実はブラコンで、「お兄ちゃんが取られた! うわーん!」とか?


「燐先生とけいちゃんって仲がいいわよね、前々からそう思っていたのだけれど」

「前々からっていつからだ?」

「えっと、11月に入った頃からかしら」

「怖いね君は……」「怖いなお前は……」


 放課後にふたりで話していたのも見られていたということじゃないか。

 監視――待機していたとしたら廊下だが、廊下は省エネで電気が消されているわけで、……やはり怖いな。


「もういいわよっ、けいちゃんの浮気者!!」

「あー! 行っちゃった……」


 浮気者って……僕はこの人に振られたんだけどなあ。

 それも見ていたはずなのにどうしてそんなことを言うんだか。


「まあいい、これで静かになったな」

「あ、今日も仕事があるんだね、手伝おうか?」

「いや、適当に座っていろ。そんな時間がかかるわけではないからな」

「それなら帰ろ――やっぱり座ってようかなあ」


 寂しがり屋だと可愛く捉えておこう。

 とはいえ、ただ正面を見ているだけではつまらないので、横に座った燐先生をじっと眺めることにした。うん、やはり仕事に向き合う時のこの人は凄く格好いい。


「視姦するな」

「そんなわけないよ、ただ格好いいと思っただけ」

「はぁ、私も女だぞ?」

「じゃあ綺麗、燐先生は綺麗だ」

「お前に口説かれても嬉しくないなあ」


 失礼な人だ。


「先生こそ僕にばかり構って妬かれていないの?」

「そうだな、多分いないな」

「本当かなあ」


 千都の言っていたことが本当なら、今だって誰かが見ているかもしれない。

 その内側に憎悪の感情を宿し、先生と別れた瞬間にぶっ刺し僕を――なんてのが絶対に有りえないと断言できないのが、この世の怖いところである。


「燐」

「調子に乗ってるとまた泣く羽目になるぞ?」

「やっぱり駄目かあ……」

「そうじゃない。お前は事あるごとに『調子に乗っていた自分が悪いんだ』とかマイナス思考をしていそうだからな」

「ちょっと僕のこと詳しすぎるね……」


 そう。それで実際に面倒事が起きて後悔して開き直っての連続。

 それにしても……先生を呼び捨てって背徳感が凄い行為だ……。


「それなら私も『啓』と呼ぼう」

「まあ友達だからね」

「ああ。そしてさよならだ」

「えぇ……あ、仕事が終わったってこと?」

「それもあるんだが、後ろを見てみろ」

「え? あ」


 いつの間にか紗織が突っ伏していた。

 どうやって音もなく突撃することができるんだろうか、今度聞いてみよう。


「啓も紗織も、気をつけて帰れよ」

「うん、燐こそ気をつけてね」

「ふたりきりの時だけだ。それではな」


 僕の戦いはこれからということだ。

 このまま帰るわけにもいかないので、肩に触れて起きてもらうことにする。


「紗織、起きて」

「……啓くんのばか」

「え……」

「燐先生を呼び捨てとか有りえないから」

「うん、僕も途中でそう思ってたんだけどね」


 とりあえず起きてくれるようで安心した。


「あと千都ちゃんとも仲良くして……」

「あの子が優しいだけだよ。そろそろ帰ろうか、ミロちゃんと散歩しないと」

「……今日はふたりだけがいい、ミロも休憩したいだろうし」

「そうなの? それならまたファミレスにでも行こうか」

「うん、行こ」


 ――ファミレスに移動。

 夜ごはんは家で食べる予定なので、これまたドリンクバーを注文することに。


「啓くん。今日、家に泊まりたい」

「え、また家にいたくないとか?」

「……あんまりお母さんが好きじゃないの。でも、啓くんのお母さんは優しいから……ね、だめ?」

「紗織、今、好きな人いない?」


 もしいたら本命の人に申し訳ないし、常識的にも関係のない男友達の家に泊まるのはおかしいと思う。だから聞いてきたわけだけど、


「うん、いない」


 彼女は至って普通の顔で即答してくれた。


「ならいいよ、どうせ部屋は別々だし。それでもいいならだけど」

「それでいいよ。でもさ、遅くまで一緒にいてほしい」

「ま、23時くらいまでなら可能かな」

「うん、よろしくね」


 櫻は口撃モードで、紗織は甘えん坊モードか。

 ところで、櫻は先輩と上手くやっているだろうか? あの感じだと近い内に「付き合い始めた」とか言ってきそうなものだが。


「啓くん、燐先生と仲良くしないで……」

「そういうつもりでいるわけじゃないけど……」

「なんか嫌なの、胸が苦しくなる……」


 僕としてはこちらを勘違いさせるような言動と態度をやめてほしいんだけど。

 今だってわざわざ横に移動してきて袖を掴んできたりしているし、少しだけ甘えような声音で……、どう反応すればいいのか分からなくなってしまった。


「胸が苦しくなるって……どんな感じ?」

「……きゅっとする感じ」

「僕が先生と仲良くしたらそうなるの?」

「うん……さっきそうだった」


 いやいや、自惚れることはしないぞ。

 でも、なんか落ち着いてほしくて頭を撫でていた。

 茶色の髪の毛に触れるとやはりサラサラで、触り心地が良かった。


「……なんで急に?」

「いや、落ち着くかなって」

「余計に……ひどくなったよ」


 どうすればいいんだろう。

 これ以上、触れたところで彼女の気持ちは不安定になるばかりだ。

 だけどなにかしてあげたい。僕が原因ならなにか。


「紗織、どうすればそれ直るかな?」

「……手、繋いで」

「……分かった」


 伸ばしてきた手を握ると、心配になるくらい熱かった。

 なんかその熱のせいで変な気分になりそうで、僕は意識を向けないようにする。

 ここはファミレスだ、こんなことしに来られていたら迷惑だろう。


「紗織、もう家に帰ろうか」

「うん……」


 会計は僕が払って店の外へ。

 外気は寒いはずなのにどこかポカポカしていて気にならなかった。




「啓、早く寝なきゃ駄目だよ?」

「うん、おやすみ、お母さん」

「うん、おやすみ」


 夜。

 明日も早いということで寝ようとした母に挨拶を済ませた。

 母は去っていき、リビングには僕と紗織だけとなる。

 22時になったくらいなので、予定ではあと1時間、起きておくつもりだ。

 問題なのは彼女が手を離そうとしないこと。

 もう諸々のことは済ませてきてあるので後はゆっくりするだけ、という状態なのが幸いと言えるだろうか。


「紗織、そろそろ手を離してくれないと」

「いや」

「……櫻の方はどうなっているかな?」

「櫻は肝心なところで踏み込ませないだろうし、難航していると思うよ」


 先輩も嘆いていたことだし、紗織の想像どおりと言うべきだ。

 それにしてもどういう風に知り合ったんだろうか。って、櫻のことは全然知らないので、考えてみたところで意味はないが。


「そういう点では啓くんも一緒だね」

「そうかな? そうでもないと思うけど」


 どんなに取り繕っても中身は思春期高校生男子。

 女の子の何気ない行動にドギマギとし、困惑するしかできないのが自分だ。

紗織が来たね。

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