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16.『踏まれて喜ぶ』

読む自己で。

 1週間後のお昼休み。

 僕が外でごはんを食べていると新島先輩がやって来た。

 先輩は無言で僕の横に座り空を見上げる。


「寒いな」

「ですね」


 そして案の定そんなことを呟いた。

 寒いならわざわざ出てこなければいいと思う。


「箱田、先週のありがとな」

「いえ」

「んー、最後まで悪くない雰囲気で終わったんだが、……瀬戸いうのはなんだ……難しい女子ではあるよな」

「そうですね。あの日の放課後、余計なことをするなって怒られましたからね」

「あ、それは悪かったな……自分で誘えば良かったんだが……」


 いやまあ、気になっているかもしれない対象を誘うのには勇気がいるはずだ。

 だから先輩の気持ちは分かるが、余計なことをしないよう心がけた。先輩にまで悪く言われるようになったら嫌だから。


「というかさ、校舎の中で食べればいいだろ?」

「わいわいしている中、ひとりで食べるのは寂しいじゃないですか」

「賑やかじゃなかったらひとりでもいいのか?」

「そうですね、慣れていますから」

「……中学の時のあれか」

「あ、知っているんですか」


 あの中学の通っていた者はほとんどこの高校に来るので、先輩が知っているのも無理はない。寧ろ、中学生の頃からふたりと関係があった可能性もある。


「先輩、そんな僕によく頼みましたね」

「あのふたりから本当ことを聞いていたからな」


 あのふたりが違うと言えば信じる人もいるのか。

 一応、彼女達だって「違うよ」と言ってくれたんだけど、全ての人を納得させるようなパワーはなかった。

 そもそもあの事件の前から嫌われていたことが露見し、便乗して悪口を言われたのが大半だった。あれは単なる一要素でしかなかったのだ。

 もしかしたら僕は生きているだけで敵を作るの性質かもしれない。


「箱田、あんまりマイナス思考をするなよ?」

「そうしたいところなんですけどね、メンタルが強くないんですよね」


 僕なりに考えて動いているつもりなんだけど、それが逆効果になるんだよなあ。


「にしても、家に泊まるの断られただけで『連れ込まれた』は酷えよな。寧ろ箱田は緒方のためを考えたというのにな」

「終わったことですから」


 あれが起こると分かっていたら普通に泊めていた。

 別の部屋が余っていたんだ、僕が深く考えすぎたのが悪い。


「ま、とりあえず瀬戸さんと仲良くなれるといいですね」

「ああ、それはそうだな」

「失礼します」

「ああ」


 教室に戻って席に座った時、彼女が近づいて来て言った。


「なんでお外でごはんを食べるの?」

「寒いなかで美味しいごはんを食べるのも悪くないなって感じかな」

「そうなんだ、逃げてるとかじゃないよね?」


 逃げるってなにからだよ……。

 思い当たるところ節がないので「そんなことないよ」と答えておいた。


「啓くんって弱いから、てっきり逃げてると思ったんだけど」

「ごはんくらい静かな場所で食べたいだけだよ、あんまり賑やかなのは好きじゃないんだ」


 このとおり、なにもしていないのにチクチクと口撃してくるようになった。

 あれがそこまで嫌だったのだろうか、もうしていないんだけどなこっちは。


「ふぅん、そっか」


 なにがしたいんだろう、悪口を言って不満を発散させたいということだろうか。

 まあいい、彼女ひとりに言われているだけなら僕でも耐えられるから。

 お昼休みが終わって授業が始まる。

 さて、集中しよう。


「久しぶりだな、教室に残っているのは」

「あれ!? なんで僕も帰らなかったんだろう」


 授業内容になんか集中できず、ぼうっと過ごしていたらもう17時半超え。

 いつの間にかクラスメイトは一切存在していなくて、燐先生とふたりきりに。


「なにかあったのか?」

「はい……瀬戸さんがチクチク口撃してくるようになりまして。最近は『弱い』という言葉をぶつけるのが好きなようです」

「ふむ。まあ、箱田は事実頼りなく見えるからな」

「……すみません、今はやめてもらってもいいですか」

「……すまない」


 痛いところを指摘されるのは堪えるのだ。

 もっとも、この感情は強い者には分からない。平気でぶつけてくる彼女も、客観的に考えることができる先生も、理解することは一生できないこと。

 それに僕は別に相談するために残っていたわけではない、だから挨拶をして教室をあとにした。

 学校から出て歩きながら内心で溜め息をつく。

 頼りないなんて分かっている。自分が優れているとか、求められているとか、そんな自惚れをしたつもりは一切ない。

 やめろと言われたからやめて正しく生活しているのに、彼女の冷たさはずっと変わらない。

 でもあれだ、万人に悪感情を抱かれないなんて不可能。先生が言っていたように彼女じゃなくて沢山の子がこの地球上には生きている。

 多少の悪口くらい中学時代に比べればなんてことはないのだ。なにも期待せず、自分はただただ平静を努めるだけで十分――それしかできないとも言えるが。


「ちゃんと前を向いて歩きなさい」

「え……」


 別にぶつかったわけでもないのに知らない女子生徒から文句を言われていた。


「返事は?」

「あ、はい」

「なんでそんな暗いのよ」

「え、暗い……ですか?」

「マイナス思考をしている人間の雰囲気だわ」


 色々あったことをなにも知らない女の子に説明する。


「悪口を言われて堪えている、そんな感じかしら。あなた弱いわね」

「……よく言われますよ、最近は特に」

「そんな言葉くらいでいちいちマイナス思考をしていたらこの先、耐えられなくなるわよ? まだ人生は長いじゃない、精神が疲弊してしまうわ」


 優しいのだろうか、心配してくれているのだろうか。

 シチュエーションがあまりに限定的すぎるので、どっちなのか分からなかった。


「ねえ、あなたはどうやってそれを発散しているの?」

「えと……友達が飼ってるワンちゃんを触ったり、お母さんが作ってくれる美味しいごはんを食べたりとか……かな」

「いいこと思いついたわ、誰か特別な関係の子がいないから弱々しくなるのよ。だから、私があなたのニセの恋人になってあげるわ」

「は!? いやいやいやっ、な、なにを言っているの?」


 頭がおかしい系の女の子だったか……。

 せっかく綺麗なのに勿体ないな、言動が残念だと確かに魅力半減だ。


「私、ナヨナヨしている人を見るのは嫌なのよ。それともなに、私じゃ嫌だと言うの? 好きな人がいるとか?」

「そういうのじゃないけど……。え、だって初対面だよね?」 

「そうね、いまここで初めて会ったわ。私の名前は――」

「だからいいって! もう帰るからっ」

「聞いてくれないとあなたの家に毎日、押しかけるわよ?」


 脅迫……。てかなんだろう、この頭が良さそうで悪そうな感じは。

 本当に真面目に残念美人である。


「私の名前は新島千都ちとせ、よろしくね」


 彼女はわざわざウインクサービスまでしてくれた。


「新島って……」

「ええ、新島直人は私の兄よ。あなたと兄が会話をしているところを見て、あなたに興味を抱いたの」

「と、とにかく、これでニセの恋人とかアホみたいなことと、家に押しかけてくることはなくなったんだよね?」

「残念だけれど……」

「約束と違うよ!」

「あなたは用件を聞いたじゃない、それは同意するのと同じことよ」


 そんな横暴な……このやり方で一体何人を騙してきたんだろう。

 悪徳商法みたいなものだ。というか……この得体の知らない女の子を相手にしていると疲れてしまう。……ま、暗い感情を吹き飛ばしてくれたいい子とも考えられるけど。


「新島さん、流石にニセの恋人とか駄目だよ」

「いいじゃない、私も少し憧れていたのよ! 男の子とお付き合いするの」

「だったら他の子を探せば……」

「いま気になっているのはあなたなの、妥協するつもりはないわ」


 変なところで真っ直ぐすぎる。


「ぼ、僕はさ、踏まれて喜ぶ変態なんだよ?」

「なるほどね。なら踏めばマイナス思考にならずに済むわよね? いくらでも踏んであげるわよ? あ……流石にお風呂に入ってからでだけれど……。その、臭かったら恥ずかしいじゃない?」


 なんか可愛いなおい!

 性癖も肯定してくれるとか、どれだけいい子なんだよ……。


「あ、あとはさ、女の子の頭をすぐに撫でたくなるんだ」

「はい、好きにしていいわよ?」


 恥ずかしさを隠すように青色の髪を撫でる。

 手触りがいいな、ミロちゃんと同じくらいで。

 でもやっぱり、先生の車には敵わないけど!


「あとは……だ、抱きしめたくなるかな~」

「ん……それは少し恥ずかしいわね。でも……恋人だもの、いいわよ?」

「冗談だよ、なんで君は全部認めちゃうのさ」

「あなたに喜んでほしいからに決まっているじゃない」

「あ……」


 マジでドキッとした。

 いや、こんなこと優しい笑みを浮かべて言われたら、誰だってそうなる。

 抱きしめをせずに済んだのは、中学時代に痛い目にあったからだ。


「駄目だよ、これは君のためだ。そもそも僕らは今日出会った仲なのに、そんなことをしていいわけがない。頭を触ったこともごめん、それじゃあね」


 青髪少女を残しひとり歩いていく。

 先輩と同じで優しくしてくれるのなら一緒にいたいと心から思えるが、だからってああいう踏み込んだことをするべきではないのだ。

 実際にしてしまったら、またあれが起こった際に言い訳ができなくなるから。


「待ちなさい。分かったわ、ニセの恋人の件はなしでいいわ。でも、お友達になるくらいならいいわよね?」

「うん、それくらいならね」

「それと連絡先の交換くらいは、いいわよね?」

「うん、先輩とも交換したしね」


 というわけで新島兄妹の連絡先をゲット。

 まだ櫻と紗織のやつは知らないというのに、面白い話だ。


「箱田君、私のことは呼び捨てでいいわ」

「千都って? 君がいいなら、そうさせてもらおうかな」

「私は……まだやめておくわね、あなたは嫌でしょう?」

「そういうわけじゃないけどね、君がしたいなら別に」


 名前呼びくらいで叫ぶ人がいたらその人の小物感が露呈するだけだし、だからこれくらいはなにも問題ないだろう。


「それなら『けいちゃん』って呼ぶわ」

「よ、呼び捨てじゃないんだ?」

「ふふ。私がしたいなら、いいのでしょう?」

「うん。ありがとね千都、君のおかげで悲しい気持ちが吹き飛んだから」


 アホだったおかげで、とは言わないでおいた。

 そういうことを言われるのが嫌なんだから、他人にも言うべきじゃない。


「どういたしまして。さてと、そろそろ帰るわ、さようなら」

「気をつけてね」

「けいちゃん、明日から毎日教室に行くから覚悟していてね」

「こ、怖いな……でも、うん、待ってるよ」


 これで少しでも悪く言われず済むのなら。

 きっと、いい方向に繋がるはずだと願って、僕も帰ったのだった。

新しい子を増やすと会話は進むけど、登場意義がなくなっちゃうんだよね後々に。

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