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11.『オーバーキル』

読む自己で。

「はぁ……」


 翌日――今日の放課後に僕はひとり残って溜め息をつく。

 色々やってしまった感と、このなんとも言えない調子の悪さについてのものだ。

 やっぱり家になんか泊めるんじゃなかった、雨でも追い出せば良かった。

 迎えに行くんじゃなかった、自由に濡らさせておけば良かった。


「今日もひとりか?」

「……そうですね、ひとりですね」


 先生の存在は気が楽だ。

 なにをどうしても間違えることなんて一切ないから。


「はぁ……」

「おい、人がいる前で大きく溜め息なんかつくな」

「それがですね……少し……」

「は? 調子でも悪いのか?」

「はい……あと色々とやらかしてしまったので、こうしてひとり残り嘆いているというわけです。先生がいると甘えてしまうので、戻ってください」


 時々厳しいけど、やっぱり優しいのでそうなるのは必然かもしれない。

 でも迷惑をかけたくないから、僕にできるのはこう言うことだけだ。


「お前はどうするんだ?」

「時間を潰して帰ります」

「仕事があるし付き合ってやろう」

「先生って僕のこと好きですよね」

「そうだな」

「はぁ、冗談はよしてください」


 言うならせめて少しは照れながらにしてほしい。

 真顔で言われても傷つくだけだから。


「で、帰れない理由はなんだ?」

「特にないですよ、強いて言えば先生の顔が見たかったんです」

「お前は大概、私のことが好きだな」

「1番良くしてくれていますからね。10代の男なんてそんなものですよ」


 綺麗で格好いい先生に優しくされたら誰だって意識する。

 特別なんじゃないかと思うのを責めるのは残酷ってものだろう。

 ところがどっこい、先生を好きな人は沢山いて。

 そして僕は友達0の惨めな少年、土台無理な話だ。


「先生、僕が仮に異性として好きだと言ったらどうしますか?」


 先生は書類を書いていてすぐには答えなかった。

 というか、僕の話を聞いていないというのが正しかった。

 こうして仕事に一生懸命になれるのは素晴らしいと思う。

 誰かのために真っ直ぐに動けるのが格好いいと思う。

 だがまあ、だからこそ遠く感じるというか、いやまあ狙ってはいないけど。


「箱田、あまり馬鹿なことを言ってないでさっさと帰れ」

「聞こえてたのならすぐに言ってくださいよ」

「ならはっきり言っておこう、有りえない、終わりだ」

「……なんか今ので凄くダメージ受けました……突っ伏しますね」


 体調の悪さに拍車がかかった。自業自得だが。


「大体、自分の力でなにもできないやつだからなお前は」

「ですね」

「今日だって済んだことをグダグダ考えていたんだろう?」

「ご名答です、僕のこと詳しいですね」

「ないな、お前と付き合うくらいなら実の父親と付き合った方がマシだ」

「あ、そうですか……」


 ここまでオーバーキルする必要あるかなぁ……。

 こういうところはありがたくて、けれど残酷だ。

 もうちょっと遠回しにでもいいじゃないか。


「体調管理のひとつもできないやつなんか信用ならない」

「もういいですって、分かっていますから」


 涙が出そうだ本当に……。

 いや、実際に体調悪いのと相まってボロボロ零れた。

 でもあれだ、あのふたりは怒ってくれなかったので、代わりをしてくれていると思えばありがたい存在だ。


「はぁ、集中できないな、職員室に戻る」

「……さようなら」

「ああ、さよならだ」


 さてと、これでやっと顔を上げても問題ない。

 ちくしょうっ、ズタボロにしてきやがって!


「はぁ……帰るの面倒くさいなあ」


 もうこのまま教室に残っていてもいいかもしれない。

 もっと体調がいい時に聞くべきだった。後悔しても、もう遅いが。

 ――実際に決行し19時を超えても僕は教室にいた。

 電気を消して突っ伏してひたすら時間を潰していく。

 一応母にはふたりと出かけてくると連絡しておいた。

 だからこのまま誰にも気づかれることなく僕は朝までいられるわけで――待て、警備員の人とか来るんだろうか? その場合は驚かせることになるよなあ……申し訳ないなあ。教壇の裏に隠れておけばバレないだろうか。

 20時を超え、21時を超えてもなお、僕のチャレンジは続く――かと思われたのだが。


「うわっ、眩しいっ!?」


 電気が点けられた同時に、チャレンジ失敗を悟る。


「奇遇ですね、まだ残っていたんですか?」


 先生はいいよなあ、車あるしなあ。こちとら歩いて帰らなくちゃいけないんだよなあ。明らかに、怒っているんだよなあ。瀬戸さんが怯えたくなる気持ちが分かった。だって、怖いんだもの、人が怒った時って。


「さてと、そろそろ帰ろうかなあ」


 あれ、そういえば昇降口って開いているのか? もし開いてなかったらわざわざ遠回りしなければいけないのか、全部が面倒くさいな。


「なんだ、そんなに私に振られたのが堪えたのか?」

「そうですね、余計なオーバーキルでしたし」

「体調は?」

「……悪いですね、動くのもダルそうです」

「はぁ、仕方ないから送ってやる、早くしろ」

「え、でもこのまま朝まで……」

「できるわけがないだろう、防犯システムに引っかかるぞ」


 そりゃそうだ……警備員だってやっぱりいるんだ。

 見つかれば面倒くさいことになる、ここは大人しく従っておこう。


「乗ったか?」

「……これ好きなんですよね」

「そうか、まあ勝手に座ってろ、すぐに着くから」


 ああ、なんて心地のいい時間なんだろう。

 この柔らかい感じが好きなんだよなあ、ずっと張り付いていたくなる。

 しかし現実は残酷、味わえば味わうほど終わりがやってくるわけで。


「着いたぞ、降りろ」

「……あの、このまま乗ってちゃ駄目ですか?」

「駄目だ、早く帰れ」

「……ありがとうございました」


 リスキーなことをしているという自覚が先生にもあるんだろう。

 そう安々と送っていたら問題になる、次はお世話にならないようにしよう。

 そうしないとあのシートの柔らかさが恋しくなってしまうから。


「ただいま……」

「遅かったね」

「あ、うん……ちょっとお風呂行ってくるね先に」

「うん、ご飯は食べる?」

「うん、食べるよ」


 色々忘れたかったんだ、そのためには気分転換が必要である。

 洗面所で全部脱いで浴室、湯船に突撃。


「……温かいけど、あんまり良くないな」


 体調が悪けりゃお風呂すら楽しめない。

 それにそのせいで複雑な気持ちは吹き飛んでくれない。


「啓、いま西山先生から電話がかかってきたよ」

「え、なんて?」

「『今日は悪かった』だって」

「謝るくらいならするなよ、全く……」


 あんなズタボロにしてこなければ僕だってお世話になることはなかったんだ。

 ま、全てはあんなことを聞いた僕が悪いとは分かっているから、明日、お礼と謝罪をさせてもらおう。


「なにかあったの?」

「ううん、なんでもないよ。そろそろ出ようかな」


 そのためには体調を治さないと。

 ご飯を食べて早く寝よう。




「先生……昨日は、すみませんでしたぁ……」


 色々と言われたらキツいので今日も放課後に残って言わせてもらう。

 でも反応はいらないんだ、体調も結局治ってないしここで帰るだけでいい。


「待て、どうして今日は残らないんだ?」

「あ……お母さんから今日は早く帰ってこいと……」


 こういう時ばかり止めてくるもんだ、人間というものは。


「ふぅん、嘘ではないよな?」

「はい……体調も昨日、治りましたからね」

「いちいち放課後まで待つ必要はあるのか?」

「そうですね、一応、僕なりに誠実かなと思っての行動ですけど。ほら……謝ることは簡単ですけど、みんながいる前で適当にするのは違うような気がするんですよね。ま、これで言いたいことも言えたので帰ります、先生も気をつけてください」


 教室をあとにして、下駄箱に着いたら靴に履き替え外に出て。

 今日は雨じゃないからだらだら帰ればいい。相変わらず寒いけど、誰も邪魔をする人間はいないのだから。


「うぅ……寒いなぁ」


 もうちょっと12月だ、寒くて当たり前ではあるけれども、もう少しくらい遠慮してもいいと思う。

 でもいいや、明日は休みだしゆっくり寝ればいい。母はパートに行くので見咎められることはないのだ。


「待て」

「え」

「お前、体調が治ってないんだろ?」

「いえ、そんなことないですよ」


 ぴょんぴょん跳ねて「大丈夫です」と重ねた。

 というか、わざわざ追ってきてくれるなんて可愛げのある先生だ。

 先生のことが異性として好きなら、ここで告白してたね、絶対に。


「先生、惚れてしまうのでやめてください」

「は? はぁ、それだけ無駄口が叩ければ大丈夫か、心配して損した」

「ありがとうございます。でも、見てのとおり元気ですから」

「そうか、ならまた月曜日にな」

「はい、それではまたよろしくお願いします」


 やれやれ、やめてもらいたいね全く。

 自分が綺麗なことを自覚してほしい、僕が単純じゃなくて感謝してほしい。

 くっそ、余計に歩きにくくなったじゃないか。

 ま、それでも普通に歩いて家へと帰り、着いたらリビングのソファに寝転ぶ。


「はぁ……ダルい……」


 そういえばあの子達はどうなったのか分からないな。

 というのも、この2日間は全然近づいて来なかったから。

 僕に近づいて来たのは先生だけ、どれだけ僕のことが好きなのって話である。


「ま、とりあえずもうお風呂に入って寝よう……」


 お湯を溜めている間、なんとなくスマホを弄っていたとき、


「で、電話……番号は分からないけど」


 こういう時は出てから判断するタイプなので応答してみることにした。


「も、もしもし?」

「は、箱田啓くんですか?」

「うん、落ち着きなよ瀬戸さん」

「ふぅ……ごめんねいきなり」


 どうやって知ったんだろうか、紗織から聞くしか手段はないけども。


「いまから行ってもいい?」

「僕の家に? それは別にいいけど、泊まりとかはやめてね」

「うん。あ、でも……外、ちょっと怖いかも」

「……分かった、迎えに行くよ。あの場所で集合にしよう」

「うん、よろしくね」


 で、彼女は僕や紗織と違って頼み上手、甘え上手というところか。

 とにかく、向かうことにしよう。

先生をヒロインにしてえぇ……。

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