01.『友達がいない』
10万文字を目指す。
文字数稼ぎだけど。
会話、会話、会話の連続。
「啓、誰からも興味を抱かれなくなったら、人間終わりだぞ」
これは父がまだ生きていた頃、僕、箱田啓が小さいときに言われた言葉だった。
その頃は正直、そんなの普通に生きてたら起こりえない事だと思っていた。
だって、人間はなんてことはないことで近づく生き物じゃんか。
そりゃ万人が相手をしてくれるなんて自惚れてはいないが、実際その頃は全然問題なかったわけだし。
まあただ、体や心が成長し、みんなも変わってきたいまなら意味が分かる。
(どうしてこうなったんだか……)
教室の済に席があるからとかそんなのは細かい要素でしかない。
簡単に言ってしまえば、実際にそれがいま起きてしまっているわけだ。
誰からも興味を抱かれず、なにかが劣っているんじゃないかと恐れて行けない毎日。
もう高校が始まってから7ヶ月は経過しているというのに、未だに必要なこと以外での会話をした回数は0と言えた。……どうしてこうなったんだろうと再度考えるが結果は同じで。
「箱田、ちょっと来い」
「げっ、西山先生……」
「どうした? 放課後になってもまだ残っているということは暇なんだろう?」
これも簡単に言ってしまえばサバサバしている女の先生、と言ったところだろうか。
先生は僕の席に手をついて、目だけで「逃さないぞ」と伝えてくる。
「あ、あの……今日はなんのご用で?」
「そうだな……ふむ、まあ手伝え」
「だからその要件は――」
結局こうして無理やり連れて行くくらいなら、最初からそうすればいいと思うのだが。
で、腕を引っ張られて職員室まで輸送され、先生が扉を開けようとしたときだった。
「きゃっ」
ちょうど知らない女の子は出てきたのは。
お互い固まって見つめ合う形となる。
「すまない」
ただそこは流石に大人、先生の方が先に行動を開始した。
女の子は「い、いえ……」と口にし、髪の毛をくるくるいじり始める。
そう、まあこの先生は行動こそ問題はあるが、なんというか格好いいのだ。
鋭い目つき、厳しそうな雰囲気、だけれども暖かさも持っているようなそんな人。
茶色の髪の毛を適当に後ろで縛って、あまり外見に拘らないところも格好良さに拍車をかけている――かどうかはともかくとして、女の子からモテるのだ。
「西山先生、入らないんですか? 入らないなら帰りますけど?」
「ふむ、特に用はないからな、さよならだ」
「えぇ……」
腕を掴むことをやめ、先生は本当に職員室へと入って行ってしまった。
……となれば僕が学校に残っている意味なんて微塵もない。
さ、寂しさから学校に残っていても、友達なんてできないのだから。
固まったままのその子に会釈をし、階段を下りていく。
「今年中に挨拶できる友達くらいできたらいいなあ」
僕の6ヶ月は実に無駄になってしまったが、これからは分からない。
無駄に悲観せず真っ直ぐに生きていれば恐らく、多分、ちょっと、ミリくらいの可能性はあるはずだ。
――自宅に到着。
「ただいま」
「おかえり」
「ただいま、お母さん」
玄関先で他所様の人間同士みたいな会話をすることとなった。
基本的に明るくなく、かといって厳しいわけではない。
こちらを見るその目が優しいことは分かっているから、僕もあくまで普通に返すだけだ。
「お友達はできたの?」
「残念ながら、って感じかな」
リビングに入って温かさを存分に味わう。
「制服、脱いできな」
「うん、ちょっと部屋に行ってくるね」
家に帰れば美少女の妹や美人な姉がいるとかでもない。
完全にあの学校では孤独であり、虐められていないことだけがかろうじて幸せだと言えるだろうか。
部屋で脱ぐとぶるりと体が震えて、慌てて長袖を着込んで。
リビングに戻ったらやっぱり寝っ転がるというわけ。
「温かいなぁ」
「啓、普段からその調子を出せばいいでしょ」
「出してるんだけど、誰も来てくれなくてね」
もう西山先生を友達扱いすればいいかもしれない。
まだ1年だけど、3年生になって彼女のひとりもいなかったら先生を求める――なんてね。
先生が受け入れるわけがないし、恐らくその頃までには僕の周りに女の子が沢山いるはずだから、大丈夫。
「西山先生に相談した方がいいのかね」
「いいよ、親が出しゃばってきたら恥ずかしいじゃん」
「息子に友達ができないんです!」なんて言うために学校に来られたら、恥ずかし死してしまう。
「だったらさっさとお友達を作りなさい」
「だけどさ、もう11月なのに0だよ? 無理なんじゃないかなぁ」
「もしできて連れてきたら、そのときはとんかつを揚げてあげる」
「ホントっ!? ……って、とんかつで釣られたところで、変わらないよ」
お肉料理の中で特に好きなのはとんかつではあるが……、だからって急に意欲的になり、友達がバンバン作れるようになるわけではない。この結果はつまり人間性を表しているというわけだ。
決して話しかけないでオーラを出していたとか、荒れた生活をしていたとかじゃないんだけどな。
寧ろ積極的に話しかけてオーラを出していたつもりではいたんだけど……。
「ただし、期限は今月までだから」
「じゃあ無理だぁ、……西山先生でもいい?」
「連れてこれるものなら、ね」
「……無理です、諦めます」
「リザインはなし」
「そんなぁ。おぇ……考えただけでも吐き気が……」
ここまでやってきて0だった僕に1ヶ月で頑張れとは酷である。
ただまあ、友達は欲しいから、少し頑張ってみることにしよう。
「西山先生!」
「言ってみろ」
翌日の放課後、僕は先生だけが残った教室にて元気良く質問をぶつけていた。
「友達を作ろうと頑張りましたが、今日も0人でした!」
「お前は究極的に下手くそだな」
「酷いですよ!」
「普通に話しかければいいだろう? どういう風にしたのか私でやってみろ」
「はい。ごほん、んん! ふぅ。やあ、元気かい――痛いですよ」
「お前は馬鹿だな」
「ちょ、教師が生徒にそんなことを言ったら駄目ですよ!」
男の子も女の子も微妙な顔してたなあ。
でも、無視はいけないと思う。嫌なら嫌って直接言ってくれればいいのだから。
同情でいてくれる人が増えればいいわけではないのだ。
友達になるからには対等の存在でいたいわけで。
「ふむ、お、ちょっとあいつの手伝いをしてこい」
「お、大変そうですね、手伝ってきます」
廊下を歩いていた女の子にできるだけ自然に近づいて、
「あの」
「ひゃう!?」
声をかけたつもりが、驚かせてしまったようだ。
彼女は持っていたノートを廊下にぶちまけ、あわあわとしていた。
「ご、ごめんっ、手伝うよ」
「う、うん……」
廊下までやって来ていた先生がニヤニヤしているのは気になるが、とにかく重要なのはこちらである。
ま、量が凄く多いというわけではなかったため、ふたりで拾ったらすぐに終わりを迎えた。
「貸して、半分……7割、8割……全部持つよ」
「そ、そういうわけには」
「いいからいいから。えと、これをどこに運べばいいの?」
「職員室の机の上」
「えと……誰の?」
「西山先生……」
「分かった」
なんてことはない仕事で、これまたすぐにミッション終了。
教室に戻ると先程の子はもういなくて、代わりにニヤニヤと笑っている先生だけがそこにいた。
「わざとですね?」
「なんのことだ? 私はずっとお前といただろう?」
「……まあいいですけどね、それでは失礼します」
「待て。お前にはまだこれを仕分けるという仕事が残っているぞ」
「あんた鬼ですか!?」
ニヤニヤしている間にもやっておけよ!
ひとりで持つと案外重かったんだぞ、さっきのあれっ。
「おい、教師に向かって鬼とはなんだ?」
「に、西山センセ……」
「はっ、まあもっと親しくなったら名前で呼ばせても構わないが」
「流石に教師を口説こうとはしませんよー」
「安心しろ。というか、私にだって選ぶ権利がある。友達0の男など選ぼうとせんよ」
「ぐはぁ……。これ、や、やらせていただきます……」
「ああ、ゆっくりでいいからな。さよならだ」
違う意味での「さよなら」に聞こえたが構わず始めていく。
もう17時過ぎてるし暗いんだよ、ひとりじゃ寂しいんだよ、寒いんだよお!
心は大荒れ、でも、手だけは止めず正確にそれを実行していって。
18時を越えた頃、やっと終わりを迎えた。
やはりというか鬼なのは確かなようだった。
「つか、これどうすればいいんだろう」
置いておくべきなのか、持っていくべきなのか。
大切な情報を一切吐かず、先生は教室から去ってしまっていた。
「あの」
「びっっくりしたあ!?」
「ひゃうっ!?」
真っ暗な廊下から人が現れれば誰だって驚く。
というかさっきの女の子じゃないかと、すぐに気づいた。
「……西山先生が置いておけばいいって」
「あ、そうなの? ありがとね! さてと、そろそろ帰ろうかな。気をつけてね君も」
「あの、お友達……いないの?」
「うん、いないんだよね、残念ながら」
知らない女の子になにを言われて、なにを言っているんだろうか。
「困ってるの?」
「いや、もし今月中に友達ができたら、お母さんがとんかつを揚げてくれるって話なんだよ。でもさ、そういう理由で友達を作ろうとするのって邪道だし、申し訳ない気がするんだよね。だから正直いなくても問題ないんだよね、なにを言ってんのこいつって話だけどさ」
「ふぅん」
「……帰るね、気をつけて」
「うん、ばいばい」
渾身の「ふぅん」いただきましたぁ!!
いや、普通あの流れだったら「私がなろうか? あ、いや、偉そうだけど困っているなら」って、照れるところだと思うんだけどなあ。
西山先生をはじめ、よく分からない人がいる学校だなここは。
「寒い……」
外に出てひとり呟く。
決して気温だけの問題ではないような気がしたが。
途中にあるコンビニに寄って、スナック菓子を買っていく。
家に着いたら制服から着替えてひたすらリビングでのんびんだらり。
「啓、お風呂」
「うん、行ってくるね」
食後の入浴が実に気持ちがいい。
問題なのは温かいけど寒くて出られないこと。
簡単に言えば追い焚きを必ず1度しなければ撤退ができない。
「勿体ないって分かってるけど、この快適さにはどうしようもない」
それでついつい時間が長くなって母に怒られるまでがワンセット。
でもまあ、あまり気にする必要はないだろう。
友達0は俺のが反映されてる。
ま、中学から仲がある男友達が1人いてくれてるけれども。