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09 殿下

 今日はアウレイナス殿下との顔合わせの日、あたしはグズグズと着替えを侍女のセリナとリリアに手伝わせていた。


「お嬢様! シャキッとしてくださいな。ほらっ、袖を通しますよ」


 ぐーたらなあたしを、侍女の中でも最年長のセリナが叱責する。


「あー、眠いなぁ。多分さぁ、あの時計が嘘ついていると思うんだよねー。嘘つき時計だよ、アレ」


 あたしは時計を指差しながらそう言った。


「ええーっ、そうだったのですかー。でしたら、焦らなくても良いですねー」


 間延びした口調でニコニコしているのは、最年少のリリアである。彼女はこんな感じだから、可愛い。妹のフィーネよりも可愛い。


「馬鹿なこと、仰ってないで少しは着替えに集中してください! 殿下との待ち合わせに遅刻など、ありえませんよっ!」


 セリナは容赦なくあたしの背中をバシバシ叩きながら、焦らせる。

 くっ、さすがにこれ以上は引き伸ばせないか? いや、諦めるな、考えろ! あと30分は時間を稼がねば……。


 あたしはおもむろに淡いブルーの薔薇の造形をしたコサージュを右手に取った。


「さあて、タネも仕掛けもございません。こちらのコサージュを――はいっ!」


 あたしが右手をくるりと回すとコサージュは忽然と消える。

 婚約者の心を掴む為に色々と迷った時期に手品の特訓をしたことがあったのだ。

 凝り性なあたしはそこらのマジシャンには負けないくらいの腕がある。ふっふっふ。


「わぁ、お嬢様、お上手ですぅ。魔法使いみたいー」


 リリアは拍手をして笑っていた。やっぱり良い子だなぁ。

 

「なんで、いきなり手品を始めたのですか? コサージュはどこに? 急いでるのですよ!」


 セリナは青筋を立てて怒り出している。そんなに怒ると体に悪いよ。


「まぁまぁ、セリナも落ち着いて。殿下は手品がお好きみたいだから。練習を……」


「だからと言って、今することですかっ!」


 セリナは別のコサージュを取り出した。ちっ、全然時間が稼げなかった。

 次だ、次っ!


 あたしは仮病を使ったり、靴を隠してみたり、色々と手を尽くしてみた。


 その甲斐があって、完全に遅刻は確定した。お父様の顔は青いが、知らん顔をしよう。


「あぁ、立ちくらみが……」


「クリスっ! これ以上、無駄な抵抗をすると本当に小遣い無しだぞ!」


「そんなぁ、パパったら、意地悪ぅ」


 あたしはお父様に抱きついた。さて、もう5分くらい……。


「今日はその手には乗らんからな。ホントに怒っちゃうぞ!」


「はーい」


 これ以上は無理か。まぁ、いいだろう。時間稼ぎは十分なはずだ。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 馬車に乗って、10分ほどで直ぐに【マーベラスキッチン】に到着する。

 殿下との約束の時間は30分以上前に過ぎてしまっている。お父様はあれでもない、これでもないと言い訳を考えていた。


 大丈夫だって、怒られないから。今頃、アウレイナス殿下はメリルリアと楽しく食事しているはずだから――。


 あたしは顔面蒼白のお父様を眺めながらそんなことを考えていた。


 

 

「えっ、どうして?」


 店の中に入って、あたしは思わず呟いてしまった。


 アウレイナス殿下も、メリルリアも店内に居たが、全く別の場所に座っていた。

 談笑していると思ったあたしの予想は大ハズレもいいところだった。


 そして、あたしのパパ、いや、お父様はすごい勢いで土下座した。

 それはもう、見事な土下座だった。角度といい、相手との距離といい、お手本のような美しい土下座。


 お父様、申し訳ない。あたしの為に……。

 と、感慨深く思っていると、お父様はあたしの方を見て大声で叫んだ。


「こらっ! お前も頭を下げんか!」


 うへぇ、やっぱりあたしも土下座かぁ。まぁ、親にだけ頭を下げさせる訳にはいかないもんな。


「もう十分だ、頭を上げよ。事故にでも遭ったのかと心配はしたが、多少の遅刻で余が親愛なる卿を咎めたとなれば、いかにも余が狭量ではないか。卿らが怪我などしておらぬなら、何よりだ」


 ウェーブかかった金髪に、サファイアのような瞳の爽やかな青年。

 アウレイナス殿下は微笑みながら、お父様とあたしに席に座るように勧めた。


 そういえば、フィーネが優しい人だと言っていたな。遅刻をしても、全く意に介さない所をみると、噂通りの器の広さなのだろう。


「しかし、殿下、時間に遅れるなどあってはならないこと。まことにこの度は……」


 お父様はさらに謝ろうとしていた。


「謝罪など良い。存外、想い人を待つ時間というのも悪くないものだったぞ。――麗しきクリスティーナが無事に来てくれたのだ。十分だ」


 アウレイナスはニコリとあたしを見て笑いかけた。

 きれいな歯並びだなぁ。あたしはそれくらいの感想しかなかった。


「クリスティーナ、ようやくそなたに会えた。やはり、そなたは美しいな」


 彼は真っ直ぐにあたしを見つめて、恥ずかしげも無くストレートにそんなことを宣う。


「ありがとうございます。殿下は、その、あたしの顔を気に入られたのですか?」


 あたしはアウレイナスを見つめ返して、少しだけトゲのあるセリフを吐いてしまった。思った展開と違って動揺していたからかもしれない。


「こら、クリスティーナ!」


 お父様は当然、叱責する。


「ふむ、そなたの何処が好きかと申すか。そうだな、もちろん見た目も素敵だと思うが――。率直に言うと――全部だな」


 堂々たる殿下の告白。


 あたしは既に面倒な予感があり有りとしていて、不安しかなかった。

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