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08 古典

 食事の約束をして、メリルリアは頬が桃色に染まり、幸せそうな表情を浮かべていた。そんなに嬉しいものかな?

 

 ん? なんだ? 殺気を感じる……。


「お嬢様、どこの馬の骨かも分からない上に、女のように小柄な男が本当に強いのか疑問です。やはり、旦那様の仰る“試験”をさせて頂きたい」


 執事風の服を着た男の一人――褐色の肌でスキンヘッドが特徴的な体格の良い男が口を挟んできた。


「カルツ、貴方はわたくしの目を疑うのですか? ルシア様は確かに華奢に見えますが、貴方を遥かに凌駕する強さをお持ちです」


 メリルリアは不快感を全面に出していた。

 しかし、カルツと呼ばれた男は引かない。


「決してそういうわけでは……。しかし、お嬢様の婿となるやもしれぬ御方の情報。やはり、旦那様に虚偽の報告は出来かねます。少なくとも()()()()強くなくては、旦那様の仰る“強い戦士”の条件は満たせませぬ」


 カルツは上着を脱ぎながらそう言った。すごい筋肉だな。パワーには自信ありって感じか。


「あのう、ルシア様、試すような真似をして非常に心苦しいのですが……」


「ああ、いいよ。あのオッサンを仕留めりゃ良いんだろ? 簡単だって」


 あたしは手をひらひら振りながらニコリと笑った。

 せっかく上手く行きかけているんだから、邪魔しないで欲しいなぁ。



 

 勝負は一瞬だった――。



 カルツの喉元には剣の切っ先が突きつけられている……。


「はい、オレの勝ち」


 あたしは勝利を宣言して、ニカッと笑って見せた。

 カルツは悔しそうな顔をしながら、両手を挙げて降参のポーズをとった。



「ほら、これで文句ないだろ。お嬢さん――、ん? お嬢さん? おーい」


 あたしは剣を鞘に収めて、メリルリアの前に立った。彼女はボーッとして立ちつくしたままであった。


「――はっ、えっ、あっあの。もっ申し訳ありませんの。つい、見惚れてしまいまして、いえ、すみません。はしたない所を……。でも、ルシア様は凄かったですわ。まるで、“エデンの勇士”のワンシーンみたいでしたわ」


 我に返ったメリルリアは長編人気小説の“エデンの勇士”の名前を挙げた。


「へぇ、お嬢さんも“エデンの勇士”読んだことあるんだな。正解だ。実は伝説の勇士が暴漢から姫を助けるシーンのマネをした」


 あたしも“エデンの勇士”は大好きだ。小説の中の勇士は誠実で決して裏切らない理想の人物だから……。どの前世からなのか忘れたが、何回も読み返している愛読書である。


「ルシア様もお好きなんですね。わたくしも大好きですわ。ドキドキしますもの」


「わかる。いつも、続きが気になるところで終わるから、次の巻が出るまで待ち遠しかったなぁ」


 あたしが懐かしんでいるような顔をしていると、メリルリアが不思議そうな顔をした。


「うふふっ、ルシア様は変わったことを仰るのですね。“エデンの勇士”はもう100年以上前の古典文学じゃないですか。古典も読めるなんて、教養もお有りなのですね」


 そっそうだった。あたしはリアルタイムで読んでいたから肝心なことを忘れていた。確かに、今は古典扱いで読める人間なんて、キチンとした教育を受けた人だけだもんな。

 まぁ、深く受け止められなくて良かった。


「ああ、そうだったな。そのくらい続きが気になったということだ」


「そういうことでしたの。確かに名シーンが沢山ありますわね。わたくしは、記憶喪失になったお姫様の為に勇士様が思い出の曲をピアノで演奏するシーンが大好きですわ」

  

 くっ、趣味が合うな。あたしも好きなシーンベスト3を上げるならそこは外せない。


「ああ、あのシーンは良いな。おまけに勇士が弾いた曲“新月のソナタ”は名曲だし」


 “新月のソナタ”は作中の架空の曲に過ぎなかったが、この小説のファンの有名作曲家が著者に頼み込んで作曲し、名曲としてこちらも長い年月ファンが多い。


「そうですわね。かなり難しい曲ですから、わたくしはまだ弾けませんの――」


 ちょっとした雑談をした後、あたしは思ったよりも時間が経ってしまったことに気づき、用があるからと言って急いで例の木陰まで走った。



 そして、元の姿に戻ったあたしはガッツポーズする。

 【マーベラスキッチン】はアウレイナス殿下との顔合わせの場所だ。

 アウレイナス殿下はきっと、あの麗しきメリルリアに一目惚れするに違いない。


 ちょっとだけ遅刻をしよう。それで全てが上手く行くはずだ。

 

 この時、あたしは、完璧な作戦を考えたと思っていた――。

 まさか、あんなことになるなんて……。

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