44 クリスティーナの危機
前半だけ三人称視点です。違和感があったら申し訳ありません。
クリスティーナを攫った犯人をハデスだと断定したエミリア。
どうやら、エミリアはハデスと共に出かけた際に何か違和感を感じたらしい。
「ハデスちゃんとね、ちょっと前に舞台を見に行ったのよ。ほら、人間の中でも有名な演出家のやつがジプティアでやってたでしょう。そこで、主役をやってたお嬢ちゃんをね、凄い顔して見てたのよ。失礼でしょ、あたしというものが居ながら、ずぅーっとガン見してたんだから」
エミリアは憤慨しながら、ハデスと舞台を見に行った日のことを語った。
「間違いねぇ。そりゃあ、“月下の逃亡者”の舞台だ」
「では、やはりハデスという神様がルシア様を……」
ケビンとメリルリアは犯人がハデスだと確信したようだ。
「冥府の神、ハデス。魂を喰らう、死者の統率者。ルシアの魂が目をつけられた可能性が高いわねぇ。彼女の因果によって歪められた魂を気に入ったというわけか」
フィーナは的確にクリスティーナの狙われた理由を言い当てる。
そう、実際にハデスは食欲に近い感覚でクリスティーナを選んだ。不死の体を持つ彼には色欲という感情は乏しいのだ。
「エミリア、ハデスの居場所を教えなさぁい。あなたなら知ってるでしょぉ」
フィーナは続けてハデスの居住場所を質問した。クリスティーナは間違いなくそこにいるからだ。
エミリアはしばらく黙っていたが、ため息をついて質問に答えた。
「ふぅ、ハデスちゃんの住んでるところは、もちろん知ってるわ。でも、行ってどうするの? あの子は人間の言うことを聞くタイプじゃないし、あたしみたいに温厚でもないわよ。下手したら魂を抜き取られちゃうんだから」
ハデスの危険性はやはり大きいようだ。
冥府の神を怒らせると無事では済まないとエミリアは忠告していた。
「へっ、関係ねぇぜ。俺には天眼がある。神様だかなんだかわかんねぇけど、絶対にルシアちゃんを助け出してみせる!」
ケビンは忠告にまったく怯まなかった。修羅場を多く潜ったアーツブルク王国の元王子は多少の危険などには物怖じしないのだ。
「あら、勇敢ね。やっぱり、坊やはあたしの好みだわ。仕方ないわね、イケメンくんを殺らせるわけにはいかないし、このエミリアちゃんが、ひと肌脱いであげるわ。お友達を連れ戻すのを手伝ったげる」
エミリアはニコリと笑ってケビンにウィンクを飛ばした。
「えっ、へへっ、そりゃあどうも」
ケビンはゾクッと震えたが、苦笑いしながら耐えていた。クリスティーナの手がかりを失うわけにはいかないからだ。
「珍しいわねぇ。あなたが人助けだなんて、とても昔、国一つ消滅させたとは思えないわぁ」
しれっと恐ろしい過去を暴露するフィーナ。
そう、エミリアはかつてアーツブルグ王国だった場所に位置するブルズ帝国を一瞬で消滅させた過去があった。
破壊の神の名は伊達ではないのだ。
「もう、フィーナちゃんったら、そんな大昔の話をしちゃって。あのときは寝起きで少しだけ機嫌がわるかったのよー」
エミリアはそう言って頬を膨らます。まったく可愛くないのだが……。
「神様って、みんなこんな感じなのか? ちょっと、自信が無くなってきたぜ」
「ちょっと、ケビンさん? 何を弱気なことを言っているのですの? わたくしはどんな相手でも怯みませんわ。必ずルシア様をお救いしますの」
「おっ俺だって、その意志は失ってねぇぜ。ただ、想像以上のバケモノだっつーことを念頭に置いてだなぁ――」
メリルリアのダメ出しに反応するケビン。
二人は国を滅ぼすほどの存在と同格の者と争う覚悟が出来ているようだ。
「さぁ、エミリア。案内するなら早くしなさぁい。時間が惜しいわぁ」
「わかってるわよ。ハデスちゃんの居城までテレポートするわ。あたしの腕に触れなさい」
筋骨隆々なたくましいエミリアの両腕にフィーナたちが触れた瞬間、彼女らは姿を消した。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
私が首を縦に振り、ハデスのモノになることを認めると、彼は少しだけ満足そうな顔をした。
「ふっふっふ、人質を取るみたいなやり方は気が進まなかったが、やはりお人好しな君には効果テキメンだったね。愛されていた事実を教えてあげて良かったよ」
「私を見くびるな。仮にケビンとメリルがマルスたちの生まれ変わりじゃなくても、私は二人を助ける方を選ぶ!」
私はハデスの言動に反論した。
前世とは関係なく二人は私の大切な人間だからだ。
「さあ、儀式を始めようか。君の魂を器から取り出して、我と一つになるんだ」
ハデスは唐突に物騒なことを言い出した。
妻になれとは言われたけど、魂を取り出すって何なんだ? めっちゃ怖いんだけど……。
「えっ、たっ魂を取り出すって、何の話? このまま、一緒に居れば良いんじゃないの?」
私は動揺を隠しきれなかった。魂なんて取り出されたら死んじゃうんじゃない?
「君の魂に惚れたんだから、取り出さないわけにはいかないよ。きれいにずぅーっと永遠に愛でるつもりなんだからさ」
ハデスはこともなげに言うが、言っている内容は死ぬよりも恐ろしい話だった。
彼は本当に私の魂を永遠に手元に置いておくつもりだったからだ。
「それとも、君の友人たちの魂を差し出すか? それなら、我も諦めよう」
私の動揺を見抜いて、わざとらしい言い回しを彼はした。私が反論できなくなると知っているからだ。
「好きにしろ。鬼畜がっ!」
私は悪態をつくことが精一杯だった。
「そうか、それなら遠慮なく」
ハデスは私に抵抗の意思がないことを知ると、右手を白く発光させて、私の心臓に近づけた。
おそらく、クリスティーナという人生はこれで終わりだろう。
最期にみんなの顔を見たかったなぁ。死ぬのが惜しいなんて初めて考えたよ。
「ふっ……」
私は自嘲した。こんな時に自分に大切な人間が出来て良かったと喜びを感じていたからだ……。
そして、私は死を受け入れた――がっ、しかし……。
「ハデス様っ、何者かが結界を突破してここにっ!」
突如として、黒色のローブの一人の叫び声がこだました。
ハデスは反射的に手を止めて私の後方に目をやった。
私も釣られて後ろを振り返る……。
私の顔はこのとき、どんな表情だったのだろうか?
会いたいと願っていた、最高の友人たちの顔がそこにはあった。




