35 ニューフェイス
レオルが【シルバーガーデン】で働き始めて三週間が経った。
彼は1ヶ月間だけという期間限定で入っているのであと一週間で雇用期間終了である。
意外というか、なんというか、彼の働きぶりはキチンと戦力になっていた。
指導しているケビンは死にそうな顔をしていたけど……。
演じることが、上手い彼は模倣が得意だった。ケビンの天眼とまで言わないが見て覚える能力は非常に高いと言えた。
ただ問題は“ヒース”になりきっているということだ。
舞台の脚本を読ませてもらったが、“ヒース”という人物はかなりの軟派男だった。
しかも、真剣に口説くものだから女性従業員は彼に夢中になっている。本性の馬鹿な部分を見ていないから粗も誤魔化せているのだろう。
メリルリアの計らいで新しく入った3人の従業員のうち2人は女性だが、既にどちらともとのデートが目撃されていた。
「リーナ、君が好きな花がちょうど売っていたから、ほら、受け取ってくれ」
「ヒースさん……」
さらにリーナともかなり親密になっているようで、よく二人で一緒にいるみたいである。
そんなこんなで、厨房の空気が妙なことになっている。
レオルもとい、ヒースの争奪戦が繰り広げられているのだ。
リーナと新人2人が特に争っている状況である。
これには私もうんざりしている。なんせ、料理長のリーナが精彩を欠いてしまうことが多くなっているからだ。
オーダーミスも日に日に増えてしまい、業務に完全に支障をきたしている。
レストランの営業時間が終わって、私は堪らずリーナに苦言を呈した。
「リーナ、最近の君はどうしたんだ? ミスも増えてるし、ボーッとしていることも多い。君は料理長なんだから、全体に影響が――」
「支配人……。ヒースさんは来週で居なくなってしまうのですよねぇ?」
私の話に被せて彼女はレオルの話を持ち出してきた。ふむ、重症だな。
まぁ、レオルが居なくなれば、元に戻るかもしれないが……。
「ああ、彼は来週の舞台のためにここで働いているにすぎないからね。だから、君もレオルに固執しすぎないよう――」
「私、絶対に諦められない――」
――ゾクッ
背筋が凍りつきそうな視線……。
リーナの目は何かに取り憑かれたように虚ろだった。そして、私に申し訳程度に頭を下げるとさっさと帰ってしまった。
「ルシア様、リーナさんは危険な状態ですわ」
リーナと入れ替わるようにメリルリアが事務所に入ってきた。
「ははっ危険って、大袈裟な。まっ、恋愛ごとでちょっとばかり周りが見えなくなるなんて、よくあることだよ」
私はメリルリアの言葉を笑いながら返した。
その恋愛ごとで何度も自殺してる私が言えることじゃないかもしれないが……。
「いえいえ、あのレオルという男が演じている“ヒース”、人を狂わせる何かを持ってますわ。ほら、脚本にも書いてあるじゃないですか、最もヒースに夢中になった女はやがて彼と共に行方を眩ませたと……。嫌な予感がしますの」
メリルリアは珍しく厳しい表情で私に訴えていた。
そうか、いや、でも演劇の稽古の延長線上で駆け落ちなんか……。
――しない、とも言い切れないか。
「うん、確かにメリルの言うことにも一理あるな。明日からリーナとヒース、じゃなかったレオルは少し距離を置くように手配しよう。残りの一週間、レオルには私と共に事務の仕事を手伝わせるようにするよ」
私はメリルリアの助言を聞くことにした。
「ええーっ! レオルがルシア様のお手伝いなんて……。彼の毒牙がルシア様を犯すようなことがあれば、わたくしはもう……」
メリルリアは頭を抱えて首を横に振った。
本気で心配してるみたいだ。毒牙って……。
「そりゃあ助かるぜ。ちょうど、あの空気には耐えられなくなってたんだ。支配人、絶対にヤツを厨房に入れねぇでくれ」
やつれた顔したケビンが掃除を終わらせてやって来た。
なんというか、お疲れ様……。
「だから反対したんだよ。まったく、今度から気を付けてくれよ、ルシアちゃん」
「ああ、苦労させてすまないね。レッドウッド氏の演劇の助けになりたかったんだ。明日からは私が見張るとしよう」
「頼んだぜ。ふぅ、やっと悪夢から解放される……」
ケビンは余程、レオルに気を揉んでいたのか、憑き物が落ちたような表情になった。
「明日から――悠長なこと言ってるとぉ。既に火事は起こってたぁ、なぁんてことがあるんだから。やっほー、ルシア、来てあげたわよぉ」
フィーナが事務所の中にテレポートしてきた。空間転移魔法を当たり前のように使える人間ってこの人だけなんだろうな。
「うわっ、フィーナ様、こんな時間に来られるなんて珍しいですね」
「なんだか、面白そうな予感がしたから飛んできたのよぉ。今日からしばらくこっちにいるから、よろしくぅ」
フィーナはウィンクしながら、微笑んだ。
しばらくこっちにって、どういうこと?
「この近くの家を買ったのよぉ。泊まりに来てもいいのよぉ。部屋は10個くらいしかない小さな家だけどぉ」
「はぁ? 家を買ったのですか? どうしてです?」
「そりゃあ、友人がいるんだからぁ、近くに家くらい買うわよぉ」
「買いませんよ!」
フィーナのぶっ飛んだ発言に驚きながらも、彼女と雑談をしてこの日の夜は更けていった。
フィーナは恐ろしい人だ。そう、彼女の言うとおり火事は既に起こっていた。
次の日、リーナとレオルが揃って行方不明になっていた。




