16 正体
「ふーん、88回も婚約破棄をねぇ。んで、投獄されて死ぬって……。うーん、何ていうかさぁ――」
ケビンは頭を掻きながら一言……。
「馬鹿じゃねぇの?」
「……」
絶句である。あたしの88回の人生についての彼の評価は辛辣だった。
「馬鹿って……。他に言い方あるんじゃないか?」
あたしは秘密を喋ったことを急激に後悔していた。
確かに馬鹿みたいな話かもしれないが、本人に突きつけなくても良いじゃないか。
「いや、だってよぉ。婚約しない方向で考えるのが89回目って、いくらなんでも多すぎるだろう。普通なら2~3回目で諦めるぜ? そして、今もまた俺の弟に口説かれてるんだろ? 何にも進歩してねぇよな?」
ケビンはからかう様な口調で、あたしの傷を抉ってきた。
くっ、仕方ないじゃないか。最後の方は意地になっていたし。幸せな結婚生活に執着していたんだから。
「まっ、せっかく因果の鎖から抜けだそうとやっと思い始めているんだ。頑張るんだな。ん、いや、待てよ……」
ケビンは何かを考えているみたいだった。
あたしは猛烈に長話をしたことを後悔していた。そして、メリルリアとの約束の時間が差し迫っていることに気が付いた。
「オレの話はこれで終わりだ。約束があるのでな、これで失礼する」
あたしはムッとしながらこの場を去ろうとした。
「おい、ちょっと待てよ。悪かったって」
ケビンは慌てて追ってきた。何だよ、人を馬鹿にして……。まだ、何かあるのかよ。
「オレは用事があると言ったはずだ。これから人に会うんだ」
「へぇ、その格好でか? もしかして、あの時のメリルリアちゃんだったりして」
「ムカつくほど、勘が良いんだな。そうだよ、何か文句あるのか?」
「マジかよ。冗談で言ったんだけどな。まさか、オメー、メリルリアちゃんと……」
ケビンは変な邪推をしているみたいだ。そんなわけないだろう。
「彼女にオレは酷なことをしてしまった。だから、今から真実を話して謝りに行くんだ」
「世の中、知らねぇ方が幸せなことだってあるんじゃねぇか? オメー、キレイな顔してるけど、やることは意外とエグいんだな」
彼の言葉はあたしに突き刺さる。しかし、何と言われようとあたしはこれ以上、彼女の心を弄ぶことは出来ない。
「だとしてもだ。例え、残酷な結果になってしまったら、オレはどんな事をしても罪を贖うつもりだ。命を賭けてでもね」
あたしは今、メリルリアに死ねと言われれば死ぬ覚悟が出来た。ここ何日か、保身しか考えてない事に気付いたのだ。
責任から逃げるなんて、なんて卑怯だったのだろう。
「ふーん、なるほど。思ったよりも“強い”んだな。よし、それなら俺も見守ってやらぁ。どんな結末になるのか見せてもらうぜ」
ケビンは頷きながら、感心したような声を出した。
「嫌だよ。なんで貴方と一緒にメリルリアに会わなきゃならないんだ。オレは一人で行く」
「安心しろって、ちゃんと気付かれないように距離をとるからさ」
「そういう問題じゃ……、ええい、勝手にしろっ」
あたしはイライラしながら、早足でメリルリアとの待ち合わせ場所に足を進めた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
待ち合わせの場所は城下町中央にある噴水の前。メリルリアは既に執事三人を引き連れて待っていた。
「ルシア様! よく来てくださいました」
メリルリアがあたしの姿を確認して手を振る。ニコニコと笑う彼女の顔を見ると決心が揺らぎそうだった。
「オレが先に着こうとしたんだが、待たせてしまったな」
待ち合わせの時間よりかなり早めに着いたつもりだったので、彼女が先に待っていたのは意外だった。
「わたくし、今日という日が待ち遠しくて仕方がなったのですの。ですから、いても立ってもいられなくなってしまいましたわ」
メリルリアは楽しみすぎて早く待ち合わせの場所に行ってしまったという。
そんなに今日を……。
「そっか、とりあえず歩くか?」
「はい」
あたしはメリルリアと歩みを進めた。
祭りを二人で練り歩く。メリルリアはよく笑い、何を思ったかあたしと腕を組んできた。
こうやって歩くのが夢だったと言われれば断れないのだが、彼女が幸せそうな顔をすればするほど胸が痛い。
『世の中、知らねぇ方が幸せなことだってあるんじゃねぇか?』
少し前のケビンのセリフがこれでもかと言うくらいの説得力を増してきた。
彼の言い分はいちいち尤もだったから、あたしの耳は痛かったのだ。
「でも、このままじゃ駄目だ」
「ルシア様? きゃっ」
あたしは意を決して、メリルリアをお姫様だっこして、執事達を撒くように全力で走った。
そして、人気の少ない建物の陰でメリルリアをおろした。
彼女は顔を真っ赤にしてあたしの顔を見ていた。
「あっあの、ルシア様。なぜ、このような場所に?」
メリルリアは緊張しているのか、少しだけ声が震えている。
「メリル。君にずっと嘘をついていたんだ。本当にすまない。どんな罰でも受けよう」
あたしはメリルリアを壁際に立たせて、顔を近づけて謝罪した。彼女は何を言っているのかわからないようだった。当たり前か。
「ルシア様、それはどういう? ――えっ……」
メリルリアが口を開いたとき、あたしは色素変化の魔法を解いた。髪は金髪に、目は青に戻る。あたしはクリスティーナとしての姿をメリルリアの前に晒した。




