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11 疑心

「デートって、えっ、そのう……。あたしと殿下がいわゆる、ええーっと……」


 あたしは思いもよらない言葉に戸惑っていた。

 これがアウレイナス殿下の言葉でなければ、特に変ではない。実際、町を歩いているときは、そのような男女をよく見かけるから。


 しかし、王族はそうはいかない。今日だって食事をするだけなのに、外は厳戒態勢だ。

 彼のようなランクの人間にとっては、町をのんびり恋人と歩くということは、非日常なのである。


 だからあたしは驚いているのだ。婚約などせずとも良いという言葉も含めて……。


「夫婦関係になるにあたってだ、余としてもお互いの事をよく知りもせず約束を取り付けるという習わしに些か違和感を感じていてな。余はそなたこそ、伴侶になるに相応しいとは確信しておるのだが、そなたは余のことを全く知らぬというのは、やはり不安もあるだろうからな」


 アウレイナスは腕を組みながら頷いた。それは、理想だとあたしは思った。

 だけど、所詮は理想。人が人を完全に理解するなど無理だ。


 どんなに誠実そうに見えても“裏切る人間”はいるし、なにより――愛や恋という感情は人を狂わせる。


 そう、人間という生き物は容易く変わる。

 現在(いま)の彼はあたしのことを好いていても未来(さき)の彼がそうだと言うことは誰にも証明できない命題だ。


 聖人君子と崇められていた賢王が色恋によって愚王へと変わる様をあたしは幾度となく見てきたから――。


 とどのつまり、あたしは、もう男性(ひと)を信じられないのだ……。


「そうですか、殿下がそれでよろしいと仰って頂けるのであれば、あたしはお言葉に甘えたいと存じます」


 しかし、あたしは殿下の申し出を受けた。

 いや、受けざるを得なかった。


 当たり前だ、殿下はここまで譲歩して、しかもあたしのことを気遣っている。

 それを無碍にすることは、さすがのあたしも出来ない。

 出来る事はその“デート”とやらで、せいぜい殿下に幻滅してもらうことだ。婚約を考え直すくらいに……。


「そうか、良かった。断られたらどうしようかと、ドキドキしていたからな。はっはっは」


 屈託のない笑顔の殿下をあたしは、眩しくて直視できない。心の中の重い物を吐き出さないようにすることで精一杯だった。


 アウレイナスとのデートの日取りは今日から一週間後、あたしの気は重かったが、愛想笑いで何とか食事会を切り抜けることが出来た。


 

 約2時間ほどの顔合わせだったが、かなり疲弊していた。モンブランの味も全く分からないほどに……。

 

 




 店を出るとき、言い争うような声が聞こえた。この声は……。

 

「もう来ませんよ。旦那様も心配しますゆえ、そろそろ……」


「嫌ですわ! わたくしはルシア様を信じております! 多少の遅刻を許容出来ないほど、バーミリオン家の淑女は狭量ではありませんわ!」


 メリルリア――まだ、居たの? ルシア(あたし)との約束を信じて……。


 あたしは殿下の気遣いとメリルリアの純粋な心が痛かった。


 くっ……、自分勝手な上にサイテーだ。あたしは……。

 ごめん、メリルリア……。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 ルシア様との約束の時間から4時間ほど経っても、彼は現れませんでした。

 アウレイナス殿下と先日お会いした女の騎士さんの食事会も終わった様で、この店にはわたくし達のみしかいなくなってしまいました。


 執事のクロムとアイルは何度も諦めるようにわたくしを諭してきます。

 彼は約束を反故にしたのだと――彼は来ないのだと――。


 でも、わたくしは動くつもりはありませんわ。必ずルシア様はやって来る……。そう信じておりますから――。




「ここが、タイムリミットですぞ。お嬢様、これ以上はさすがに許されません」


「そうです。そもそも、遅れることすら論外なのですから!」


 二人の執事の我慢も限界みたいですわね。


 ルシア様――なぜ、来てくださらないのですか? 


 


 わたくしが、諦めかけたとき、とある旋律がわたくしの聴覚を刺激しました。


 えっ? この音は、ピアノの音?

 そういえば、このお店のディナーの時間帯はよく音楽家が演奏をして雰囲気を盛り上げていましたわね。でも、まだ夕方……。早い時間帯ですわ。


 軽快な和音の連打、情熱的で、それでいて深い音楽……。この曲は“新月のソナタ”ですわ。“エデンの勇士”で主人公がお姫様の為に弾いた曲……。


 宮廷音楽家と遜色ない綺麗な演奏……。

 心が洗われるような、魅力的で繊細な旋律にわたくしだけでなく、執事たちも黙って聞き入っていました。


 一体、どのようなピアニストがこれだけの演奏を……。


 わたくしは耐えきれなくなって、立ち上がってピアノの演奏者が見える位置まで歩きました。


 

「まさか……。ぐすっ」


 わたくしの頬を涙が濡らしました。目の前には凛々しい表情で巧みにピアノを奏でているタキシードを身に着けた銀髪の男性が――。


「るっルシア様ぁ」


 わたくしは我慢できずにピアノに駆け寄りました。


「――ごめん。遅れて」


 琥珀色の瞳でわたくしの顔を真っ直ぐに見据えて、彼は微笑みながらわたくしに謝罪しました。


 神様、わたくしは今、幸せですわ――。


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